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妾は気弱な闇の女王  作者: ヒラサカ
9/14

闇の巫女

や、やっと次でヒーローの本格登場ッ!

 大神官様からのお言葉は、暗黒神様からのお言葉。

 ある意味で、統治者である魔王様よりも発言力は強いのだ。

 その決定は、覆らない。

 まして、神よりの啓示である。何があろうと最優先で遂行される。

 私は選択の余地なく闇の巫女に決定された。


 先代の巫女が勇者に倒され亡くなってから、ずっと空席だった巫女の座。巫女はいつの時代も暗黒神様からの啓示を受けて選ばれてきたのだという。

 手続きなどは後でいいと、その後すぐに巫女になる教えを受ける事になった。

 衣装を作るために体のサイズを測られながら、大神官様の説明を受け、次の新月に巫女就任の儀式を行う事に決まった。

 他の家族はやっと頭が追いついてきたらしく、金の瞳を輝かせて喜んでいる。とても無邪気に子供のように。

 肝心の私が全く追いついていないのだけど。誰か、もう少し噛み砕いて教えてくれないかな……。


 闇の巫女になるからには、神殿で行われる儀式や行事に出席しなくてはならない。

 舞を披露したり、捧げ物をしたりというのが役割になる。

 大勢の前で舞を披露するなんて考えただけで、今からお腹が痛くなりそうだわ。


 屋敷に帰れたのはもう明け方近くでクタクタだったけど、私以外は浮かれてそんな事気にもしていないようだった。

 次の新月まであと何日もないので、急いで就任の儀式に必要な作法を覚えなくてはいけない。明後日にはまた神殿に行く事になっているのでスケジュールはキツキツだ。


 短い仮眠を取って、起こされるともう鬼コーチ到着の時間だった。

 レキシーさんも興奮していて、昨日から何かというとおめでたい、と繰り返している。 


「お嬢様、早く着替えて、お作法のお勉強を頑張ってくださいね! まったくおめでたい事ですわ!」


 鬼コーチはいつもと変わらず。でもこっちは家族総出(メイドさん達含む)でお出迎えだ。父だけは魔王様に報告に行っていていない。


「先生、この度、わ・が・い・も・う・と・のっ! ミザリーが闇の巫女に選ばれたのです」


 クールキャラが崩壊しているカミュさんが吸血鬼には見えないほど、生き生きとした顔で告げる。テンション高っ! ほっぺがピンクになってるよ!


「ええ、存じております。街でもその話で持ちきりでしたから。これからは神殿での作法も授業に加えるという事ですね」


 感情のカケラも見せない、全くの平常モードでそう返してくる。それがどうしたと言わんばかりの表情。こっちはテンション低っ!

 兄を初めとして皆ががっかりしたような、悔しそうな顔で俯く。まるでサプライズが失敗した時の顔だ。

 ドS様はカミュさんを一撃で沈めた事にその嗜虐心を満足させたのか僅かに口元を歪めると、眼鏡をキラリと光らせ今度は私のほうを向く。あ、いや私にはそう見えるんですけど。


「お嬢様、おめでとうございます。次の新月が就任の儀式の日と聞いております。付け焼刃になりますが、仕方ありません。早急に儀式関連の作法をビシバシお教え致しましょう」


 そう言って笑みを深める。うーん、やっぱりさっきのは私の見間違いではない気がするわ……。 


 いつもダンスの練習をしている部屋で作法の勉強をする事になった。


「そうですね、大印に捧げる礼拝はたくさん練習したからまずは大丈夫でしょう。優雅に見えるよう少しスピードを落とすように。就任の儀式では大印の前で大神官から巫女の証のペンダントを首にかけてもらう事になるんですが、まずは控えの通路から出てきてお辞儀をします。それのやり方は――」


 さすが国有数の家庭教師は何でも知っているのだなぁと感心した。最後に行われたのはもう百年以上も前なのに。もしかしたら噂を聞いて昨日のうちに資料集めに奔走してくれたのかしら。

 大神官様の前に行くまでにもいくつもの手順を踏まないといけないらしい。今までやった事のないお辞儀の仕方だし、方向や回数も色々。ややこしいわ。

 祭壇に上って宣誓の言葉も述べないといけないそうでその文言も一言一句間違えないように暗記しなくてはいけない。

 時間がないのは分かってるんだけど、彼の言うビシバシとは普通で言うフルボッコと同等、もしくはそれ以上だった。

 でも休憩時のお茶の時に良く知らなかった闇の巫女に関しても教えてもらう事が出来た。


「あの、先生。何故私が巫女に選ばれたのか分からないのですが、何か条件とかがあるのでしょうか?」


「……条件、ですか。強いてあげれば暗黒神に気に入られた、でしょうかね。過去巫女のいない時代も多かったですから。歴代の巫女達も身分や種族などはマチマチです」


「気に入られたんですかね、私。信じ難いです」


 私のどこかを暗黒神様が気に入るなんて心底信じられないので素直にそう言うと、ニタリとドSな笑みを向けられる。嫌な予感。


「ふふっ。巫女になると暗黒神から何らかの加護が得られるそうですから。貴女のようにあらゆる物事全てが不得手という方には幸運なのでは?」


 そ、それは加護が得られれば少しはマシになるんじゃないって事ですかー? 心が抉られるっ、やっぱりこの人私の事をゴミ虫と思ってるんだわっ!


「しかし、闇の巫女は神殿では非常に重要とされる立場の者です。暗黒神の代弁者ともいえる存在ですからね。知っていますか? 闇の巫女は魔王様と対比させて闇の女王とも呼ばれているんですよ。もっと昔は暗黒神に娶られた者として闇の花嫁とも呼ばれていました」


 何やら大事のような話ではありませんか。

 椅子に蹲るように座り、水分と糖分で必死で体力の回復に努めていた私は、不安に押し潰されそうになった。

 代弁者って事は大神官様のように啓示とかも受けるのかしら。もし出来なくてエセ巫女だって思われたらどうしよう!

 そんなんなったら生きていけないー!


「代弁者ですか! 何なんですか、私にはそんな大それた事無理ですー! しかも魔王様との対比ってどういう事なんですか?」


「落ち着きなさい。魔王様は現在のこの国の武力、力の象徴です。対して闇の女王は過去の暗黒神と宗教的観念の象徴という事のようですよ」



 また馬車で神殿に向かっている。場車内には私だけ。

 いつの間にか御者さんと二人だけで神殿まで行く事にも慣れてしまった。

 御者さんはうちのお屋敷でも何人か働いてくれているゴブリンさん。緑色で小柄ですばしっこい。皆顔がそっくりだと思ったら、兄弟らしい。

 指定された時間は夜行性時間だとまだ寝ている時間だったけど、何しろ神殿には逆らえないので時間を調整して向かった。

 これで何回目の打ち合わせだろう。もう日が迫っているので今日は儀式のリハーサル練習だ。その前に一人で復習しておきたいので、かなり早めに神殿前の広場に着いた。

 この広場をはさんで大神殿と魔王城の城門が聳えている。

 馬車を降ろしてもらってから、去っていくのを見送る。私が帰る時間まで半日以上あるし、御者さんは忙しいので一旦屋敷に戻るのだ。

 なのでここからは単独行動、私は広場を抜けて小さな路地に入る。この辺りはさすがに治安が良いので子供が一人で歩く姿も珍しくはない。


 人気のないのを確認すると植え込みの陰でメモ帳を取り出す。今のうちに一人で練習をしておくのだ。

 ええと、まずは通路から出てくる時は顔を伏せて、両掌を合わせた状態で。目線も上げ過ぎない事。メモの通りにその場で実行していく。誰かに見られたら恥ずかしいので隠れてやってるの。

 そして先に祭壇に向かって手を合わせたまま片膝を着き深く頭を下げる。これを三回。で、次に礼拝堂にいる神官様達の方向に二回。

 それが済んだらやっと祭壇の直線状まで進んでよし。そこまで来たらまたお辞儀を三回。そのまま祭壇下まで進んだら今度は跪いて礼拝の祈りのポーズ。

 膝が土で汚れるけど失敗して怒られるよりずっといいので、構わず祈りのポーズを取り、上を見上げた。


 神殿の屋上のテラスを囲む手すりと、薄暗い空が見える。普段なら寝ている時間だけど、まだ少し空が明るいのねぇ。

 大きな鳥が飛んでいる。

 鳥は自由でいいなぁ、私も好きに飛んでいきたい、なんて昔は思ったものだけど、ワイルドライフの厳しさを身をもって知る今ではそんな風には思えなくなった。

 そんな詩に憧れるようなセンチな精神じゃ、食うや食わずで寝床もなくて、いつ死ぬかも分からない、そんな生活に耐えられっこない。

 弱い者が生きていけるのは、そこが秩序正しくて守ってもらえているからなのよね。


 私が珍しく哲学的な思想に耽っていると、ふと視界に何かが入り込んできた。

 テラスの手すりのそばに誰かが歩いてたのだ。遠いから顔までは見えないけど、背格好からしてたぶん子供。お祈りに飽きてお散歩かしら。いいね、私は儀式で忙しいのに。

 ボンヤリと下を眺めていたその子は徐に手すりに足をかけるとよいしょ、といように体を持ち上げ、乗り越えてしまった。

 何する気なの、あの子?

 不穏な行動に跪いたまま私の目は釘付けになる。


 その子は俯いていた顔を空に向ける。そのまま何もない空間へその身を放り出した。フワリと擬音が付きそうな軽やかさだったけど。

 背中に羽根のないその子はきっと硬い石畳に激突する事になる。


 ちょっと待ってよ! 羽根なしの魔物のくせに何してんのッ!


 無意識のうちに私の体は走り出していたようだ。腕を伸ばして受け止めようとするが、絶対無理だ、間に合わない。

 太ももにグッと力を込めると、華奢な足からは想像できない力強さで地面を蹴った。この体の頑丈さを信じて、その子と地面の間に滑り込む。

 先に背中に何かが激突した衝撃が走る。それに押され腹が地面にぶつかる。

 上と下からの衝撃に胴体が潰れる感触。悲鳴すら上げられず意識を失った。

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