闇の大神殿
ドSのスパルタンコーチ様の扱きにも慣れてきた頃。
大神殿に礼拝に行く事になりました。
これは日本で言えば、お参りのようなもので年に数回行くのが一般的、らしい。私はこれで二回目。
父と兄は黒いマントにフードを深く被り、母と私は黒いヴェールをすっぽりと被る。メイドさん二人も同様に。服は全員装飾の少ない真っ黒な長いローブ。これが礼拝に行く時の正装だ。
辺鄙と呼んでいい場所にある屋敷から馬車に揺られ続けて、だんだんと城下町に近づいて来ると行き交う魔物の数も多くなる。
空には翼を持つ魔物達が羽根を広げて飛び交っている。こういう空路も使う魔物のために大きなお店やお屋敷なんかじゃ屋上とかに発着場としてテラスが用意されていたりする。
この都だけでも大勢魔物が住んでいるけど、種族やその生態は多種多様。容姿も能力も様々。
体の大きさは勿論、肌や髪の色も黒、灰色、赤銅色、緑、青とカラフル。腕や脚の数もそれぞれ。
共通する事といえば、魔物はやはり総じて闘争本能が強い事。老若男女全員が戦士だ。
喧嘩なんかに縁のない私がやたらと鍛えたくてたまらなくなったのも、この本能のなせる業だったらしい。
この国で過ぎしてきて色々な事がわかった。この国の中の事や、外の事も多少ね。
例えば、我が家は礼拝に出かけるので今日は朝から準備で少し慌しかった。
この朝、というのも統一された時間ではないの。
もともとこの国は宵闇の国なんて名前だけあって、基本太陽なんて出る事はなく、一日中夜のように暗い。
それでも一応昼は夕暮れくらいの明るさで、夜は真っ暗になる。ただし、小さく月は出る。そして季節もあまりない。でも、住民が魔物でしょう? 我々吸血鬼含め、夜行性の魔物の多くは夜になってから起き出す習性がある。
だから今は、少数派の昼行性の魔物にとっては夜の時間だ。ついでに言うとそのせいか時間の感覚もバラバラでルーズ。各家庭にきっちり動く時計とかがあるわけじゃないから仕方ない。
後、人間の住む国とは当然良好とは言えない関係。人間達は時折、勇者というのを選抜して魔物、つまりこの国の国民の数を減らしにくる。それを迎え撃つ役割を持つのが魔王様ね。
まあ、元人間として言わせてもらうと食料として人間の血肉を好む魔物も多いから、敵対されるのも無理ないわ。
でも中立の立場を取ってる種族もいて、人間の国に暮らす魔物もいる。迫害し合っていたり、協力し合っていたり、関係も一概には言えないけど。
そう、人間といえば。
家でも普段の食事用にはあっさりした草食動物の血を買ってきてるんだけど、祝い事とか行事がある時には誰かが人間の血を調達してくる。入手経路は怖くて知りたくないわ。
特に吸血鬼は見た目が人間に近いせいもあって、一部は懲りずにエサを求めて人間の国に住み着こうとする。
太陽の光が強く射す土地に行くだけでも私達には危険なんだけどね。堪え性がなくて血への飢えが強い者ほど耐えられずにそうする傾向が強い。で、大抵がハントされてしまう。
あと、対象者の情報については、魔王様以降まるで出てきていない。
私も死ぬほど厳しいレッスンがあるし、好きに一人で外出も出来ないからなかなか難しい。
とりあえず自分の関わるルートのキャラだけでも知っておかないと、私も中ボスをしに行けないので困るというのに。
もう少し自由になる時間があるといいんだけど。
あら、そろそろ到着だわ。
久しぶりに来た大神殿は篝火に照らされ、闇の中にボンヤリと白く浮かび上がっていた。
あらゆる生物の幾多の白骨を使って組み上げられた壮大な神殿は、牙のように尖った歪なシルエットの中にもおぞましげな美しさを湛えている。
内部も、真っ直ぐなところなど何処にもなく全てが曲がり、うねり、巨大な生物の体内にでも入ってきた気分。
白という、もっとも忌まれる色でありながら、気品高く漂う不吉さと不気味さは、まさに悪魔の芸術品だ。
柱から首を伸ばす頭蓋骨にロウソクが乗せられて、ボンヤリとした光を放っている。すっかり闇に慣れた眼にはちょっと眩しいくらい。
通路を進み大広間に入ると祭壇の奥の壁に暗黒神様の大印が掲げられている。それは三つ目で十本脚の蜘蛛みたいなモチーフをより複雑化した物。
空いている時に来たらしく、祈りを捧げに来ているのは数人だけだった。
前の人の礼拝が終わったので私達も大印の前に進み出る。
各々、黒い短剣を取り出し、両手で胸の前に掲げ持ち、床に跪く。そうして膝の前に短剣を置き、額ずき祈りを捧げる。
作法としてはこの祈りを捧げる間に、何度か上体を起こし腕を振り上げる。
この回数が多く、素早いほど信仰が深く祈りが強いとされるので、皆一生懸命ピョコピョコするのだ。
無論、私も負けじと風を起こす勢いでピョコピョコする。この礼拝の動作も当然、鬼コーチの指導の賜物だ。
皆の額に汗の玉が浮かび、自然と地獄から這い上がるような低い声がお腹の底から出てくるようになる。
「「オオオォォオオオォォ……」」
ふわー気っ持ちいい! この唱和する一体感!
私も最初こそ恥ずかしかったけど一回やったら病み付きになってしまった。
祈りを終え、汗を流しながら息も荒く立ち上がり帰ろうとすると、奥から足音が響いた。何人かが急いで走っているようだ。
何かあったのかしら?
ここの神官様達は勇者が討伐に乗り込んで来た時も平然とシャナリシャナリ歩いていたと評判の剛の者揃いなので、大急ぎで来た参拝客かしら。
何と出てきたのは一番偉い大神官様。前に来た時にチラリと見ただけだけど冠と立派な法衣ですぐ分かる。
大神官様がこんなに慌てた様子を見せるなんて!
はああっ、きっと天変地異の前触れだわ! 何なの? 勇者以上の災厄が起こるというの?
皆が唖然と見守る中、大印の両脇に控えている神官様二人が、何事かとそちらに駆け寄る。
大神官様が何かを言うと、二人は驚いた顔をしてこちらを振り向いた。両目を見開いて信じられないといった表情。
その視線が向いている先には私達家族しかいない。
大神官様がこちらに来る。厳かな雰囲気ではなくて、何かに興奮しているみたい。四つの眼が赤くギラギラ輝いて尻尾が震えているもの。肌が黒い鱗に覆われているから顔色は窺い知れないけど。
良く分からないけど、とにかく頭を下げて、礼を失しないようにする。
顔をお上げなさいと言われ、姿勢を戻す。私達の顔を順番に舐めるように見つめると、両手を開いてよく通る声で話し出した。
「今、礼拝を捧げていたのは貴方方で間違いありませんね?」
代表して父がはいと答える。二人の神官様もそれに頷く。確かに、少なくとも十分以上は祈りを続けていた。
大神官様は目を瞑り、少し顔を仰向る。口元に薄っすらと浮かんだ笑み、目元には涙が光っている。
「つい先ほど、百年ぶりに我等が暗黒神様からの啓示を賜ったのです。新たなる巫女となるべき者が今、礼拝堂にて祈りを捧げている、と」
大神官様は私を食い入るように見つめた後、この場にいる全員に聞こえるように声を張った。
「聞け、皆の者。喜ぶが良い! 数十年空席であったが、ついに闇の巫女が決まったぞ!」
不敬ながら事ながらちょっと何言っちゃってんのよぉ、と本気で思ってしまった。
響き渡る宣言に、私達家族は口をポカンと開けたまま、謎の事態に眉を顰めるのみでした。