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妾は気弱な闇の女王  作者: ヒラサカ
7/14

恐怖をもたらす者

再開! 再開ィ!

再開します。

 私がこっちに来てからずいぶん経ちました。

 他の人が言うには背も僅かに伸びて美貌にも磨きがかかったらしいけど、あんまり育った気がしないわ。特に胸はイラストに比べて小さい気がする。スッカスカするわ、気のせいだといいんだけど。


「はあ、やっぱり吸血鬼は血を飲まないと栄養が摂れないのかしら」


 慣れてはきたけれど、ミザリーとして生活するにおいて困った事。

 窮屈なドレスもそうだけど、一番はやっぱり食事。

 体は吸血鬼だから、夜目も利くし、子供ながら身体能力も高い。真っ暗な中でも不自由なく全力疾走で走り回れるくらい。

 でもやっぱり血は飲めない。

 もともと私が血が苦手で、見るとすぐに貧血を起こすくらいだったから余計だ。

 怪我のせいで味覚も変わってしまった事にして一般の食事を食べたいと父上に頼んだ。メイドさん達はレキシーさんを始め普通に食事をする種族の魔物も多かったから、厨房ではそっち向けの料理も作られていたし。

 それを私向けにも作ってもらえる事になったので助かった。まあ、食材がこの国の物だから、人間から見ればゲテモノ料理。これは我慢しなければ。

 ちなみに私が始めて食べたこの世界の料理は、真っ青にテカるオムライスのような物と、何かクネクネ動く根っこのソテー。グロイ見た目と口の中で暴れまわるのを別にすれば、案外味はイケた。


 兄のカミュさんから魔法を教わるようになって数日で、雷なら静電気くらいのが出せるようになった。ショボイと思ってたんだけど、これでも結構筋がいいと言われた。

 それってお世辞でなく?

 魔物なんだから生まれつき魔法が使いこなせるのかというとそうではなく、やはり反復練習なのだそうだ。

 そういえばゲームでのミザリーは攻撃魔法を主に使っていたけど、接近するとムチと格闘技も使ってきたな。

 魔法だけでなくそっちも鍛えなくっちゃ!

 

 というわけで。


「あの、どうでしょう? これで大丈夫かしら?」


 ドレスのお尻がシワになっていないかと気になってさっきから何度も手で直している。

 どういうわけだか衣服も身に着けてしまうともう鏡に映らなくなってしまうので、誰かに聞くしかないのだ。


「ええ、大丈夫ですわ。とてもお可愛らしいです」


 レキシーさんは笑顔でそう言うと、やっぱりこちらがいいかしらと言って黒いリボンにルビーがあしらわれたシックな髪飾りを選ぶ。

 彼女がやりやすいように頭を傾げると、そこにしっかりとそのリボンが飾られる。上品なデザインの濃いグレーのドレスに身を包み、薄く白粉と淡い色の口紅を施してもらった。


 今日は大事な日だ。靴にも埃が付いてないかと確認する。

 よし。


「そろそろいらっしゃる時間ですよね。広間に行って待っていましょう」


「お嬢様、お客様がいらしてから行けばいいのでは……そう急がれなくても」


 分かってます。でも朝から落ち着かなくて。さっきから座ったり、立ったり、歩き回ったりの繰り返し。

 

 今日は家庭教師の方がいらっしゃる日なの。

 今まではメイド長さんとかにマナーやダンスのレッスンを頼んでいたんだけど、私も成長した事だし本職の方に教えていただきたいと父に頼んだところ、国内でも有数の方が来てくれる事になったのだ。

 ただ、腕も良いけど凄く厳しいとも評判の方。しかしその手にかかればどんな駄豚でも一人前以上にしてくれるらしい。

 初日なんだから余計に緊張するし、普段よりしっかりしておかなくちゃ。だけど、気恥ずかしいお嬢様風丁寧口調も板についてきたし、テーブルマナーとかもたくさん練習したし。ダンスもカミュさんにリードしてえばそれなりに踊れる。

 そんなに怒られるような事はないはずだ。

 お願いするのはダンスやマナーもだけど、魔法と剣術がメイン。本当はそっちが専門の方だそうだし、それだってカミュさんに教えてもらって訓練していたので、普通の女の子よりは出来る自信があるんだから。


 うん、きっと大丈夫だ。


 時間ぴったり、いやちょっと前くらいにその方は到着した。さすが教師だけあって時間にルーズな魔物には珍しい。

 外套を脱いだその姿は中肉中背といった感じで見た目は人間にそっくりだった。パッと見て分かるような角や尻尾はない。

 一つに束ねた長い髪は灰色というかくすんだ銀色というか、地味めなカラーだ。

 顔立ちもそこそこ整ってはいるけど、何というか、極々普通で平凡な印象。眼鏡をかけていて目元がはっきり分からないから余計そう見える。

 でも、服装はパリッとかつキチッとしてるわね。シャツにはシワもヨレもない。

 何しろ種族によっては半裸もしくは全裸で外を出歩いている魔物だっているんだから、格好からしてもキッチリした性格なんだと予想出来た。


 家族達と挨拶を済ませた後、応接間で二人きりにされる。あ、メイドさんが壁際に控えてくれているけどね。

 今後の授業の内容について話し合っているわけ。


「なるほど、ではダンス、マナーに加え、剣と魔法も習いたいと」


「あ、は、はい。一通りこなせるようになりたくて……」


 先生は眉の辺りをピクリとさせる。はっ、早速気に障る事をしてしまったのかしら!?

 片手で眼鏡の位置を直すと、そうですかと小さく答える。

 軽く笑みを浮かべようと、表情筋を動かすも調整が利かず思い切り牙を剥き出しにしてしまった。慌てて手で口元を隠す。


「いえ、剣や魔法まで、とはお嬢様はなかなか意欲がおありになるようですね?」


 キラーンと効果音が聞こえてきそうな仕草で、眼鏡を光らせる。

 ひっ怖い! 

 その時に彼の眼鏡の奥の目が恐ろしく鋭い事に気付いた。まるでフェンシングで使うフルーレの先っぽのように尖った鋭さだわ!

 こちらを見つめるその圧力に、私の体中から冷や汗が吹き出す。

 落ち着こうとテーブルの上のお茶のカップに手を伸ばす。ああ、手がブルブルと震えている。

 厳しい目でその手を見られているのに気付き、思わず手を引っ込めた。カップに触れていたせいでカチャンと揺れ、僅かにお茶がソーサーにこぼれる。


「!」


 ああああああ、やってしまったぁ!

 さらに目付きが恐ろしくなったわ。もう視線だけで殺されそう。

 私は椅子に座ったままガタガタと震えだした。歯の根が合わないとはこの事だ。


「……教えがいがありそうですね」


 ニヤリと酷薄な笑みを浮かべられた。


「ひっ!」


 う、動けない。

 絶体絶命の危機を感じる! これが真の魔物というものなの!

 人間ぽい見た目に騙されたけど、彼は正真正銘の捕食者、獲物を甚振り弄んでから喰らう獰猛な肉食魔獣だわ、プレデターよ!

 私と比べたら、プロの料理人とその手に握られた産みたての卵だ。ああ、割られるも茹でられるも彼の思惑一つなのねって感じの!


 もうこの時点で彼を教師に選んだ事を激しく後悔していたけれど、では授業は明日から開始しますと言い切られ、はいと頷いてしまうのだった。

 私には、はい、の選択肢しかなかったのよ……。

 あまりの恐怖に意識が朦朧としてしまい、後の記憶はあやふやだけど汗ビッショリの私のドレスにレキシーさんが驚いていた事だけを覚えている。


 翌日もカッチリとしたデザインのドレスを選び、震えながらもレッスンを待っていた。

 現れた彼は何と細いムチを手にしていて……。

 ねぇ、それで何を打つんですか? 武術の練習に使うだけですか? 


「おはようございます、お嬢様 」


 慇懃な挨拶に私もお辞儀をしながら返す。


「ほ、おぱようございまちゅっ」


 噛んでしまった……。私、本番に弱いの。

 恐る恐る顔を上げる私に先生は絶対零度の微笑を返してくる。嫌な予感しかしない。


 結論として、彼が鬼コーチと化し私をムチで打つようになるまでそう時間はかからなかったわ。結局全てを一からやり直す事になりました。

 魔力を練って魔法に変換する練習をしている時も。


「お腹に力を入れて、余計な事は考えない! 雑念が多過ぎますよ! もう時間切れです、ハイ発動!」


 先生の声に吃驚して溜めた魔力が霧散してしまい、旋風の魔法は発現しなかった。


「……魔力の集中に時間がかかり過ぎています。生まれて三日の小妖精ピクシーだって貴女よりは上手に魔法を使うでしょうね。存在そのものからやり直したほうが早いかもしれませんね、お嬢様?」


「およっ、お許しをぉぉー」


 私の命乞いのバリエーションは日に日に増えて、次々と面白い悲鳴とやられポーズを世に送り出す事になったのだった。


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