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妾は気弱な闇の女王  作者: ヒラサカ
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恐るべき婚約者

 私は唯一といえる安全地帯、自室で絶賛篭城中だった。このまま永遠にここにいたいくらいだ。


「あの、レキシーさん、誰か格好良くて人気のある男性とか知ってますか?」


 レキシーさんとは私の怪我の面倒を見てくれていたあの角のあるマッシブなメイドさんの事。彼女は大鬼オーガというとても筋力に優れた、戦闘能力の高い種族らしい。

 その手には小さ過ぎるティーカップにお茶を注いでいた彼女は、その言葉に赤銅色の頬をさらに赤く染める。


「それはやはり大旦那様と若旦那様ですわ。大人気ですのよ」


「あー。いえ、この家ではなく他の人で。街で、とか他のお屋敷で、とか」


 差しだれたお茶は毒々しい紫色をしていて湯気は何とも甘ったるい香りを放っている。砂糖とか入れなくても良さそうだけど……果たして私が飲んでも大丈夫なのかしら?

 さっきからずっとそれを淹れる様子を見ていたが、ポットに入れていたのは植物の破片らしき物体だったからおそらく『お茶』だろうと予想しているんだけど。

 レキシーさんがそうですねーと考えている間に、恐る恐るプクプクと泡立つそれに口を付けた。うん、香り通りに甘い味だ。喉越しはツンツンでシュワシュワしている。ホットの炭酸ジュースといえばいいだろうか。ただし結構炭酸が抜けている感じだ。

 少しずつ飲んでいると、レキシーさんが驚きの発言をした。


「国一番の有名人で人気がある方といえばやっぱり魔王様でしょうか。お嬢様の婚約者でもあられますけれど……。後は舞台俳優の、ええと名前何だったかしら?」


 ま、魔王がいるの、この世界!? 大丈夫なの?

 でもまた問題が一つ浮上。


「ブフォオッ? 待って、婚約者ってどういう事ですか?」


「まあ! お嬢様、まさかこれもお忘れに? 旦那様や奥様に知られたらマズイですわ、今から私が説明しますから良くお聞きくださいね」


 飲んでいたお茶を吹き出し、今回はテーブルクロスに紫のシミを作り出した私にも構わず、レキシーさんが焦った顔で背後の扉に走り、近くに誰もいないか確かめると内側から施錠した。

 確かに魔王との約束を忘れていたなんてバレたら大変な事になりそうだ。良くて串刺し、悪くて八つ裂きではないだろうか。私も急いで口元を手の甲で拭うと窓が閉まっているかを確認する。


 この国を治める魔物の王、それが魔王様である。つまり我等の大ボスだ。

 何でも父である伯爵がもし自分に娘が生まれたら主である魔王様の妻に、と大昔に約束を交わしていたらしい。

 しかしその魔王にはすでに百名を超える妻がおり、今現在婚約中の相手だって公表されているだけでも三十人は下らないらしい。魔王に就任して二百年は経つそうだけど、さすが魔王様、まさにハーレムの持ち主だった。

 魔物は種族がとても多く、それぞれが異なる特徴を持っている。そして皆派閥争いがあるわけで。

 あちらの種族からは友好の証にと姫君を輿入れさせて、こちらの部下からは忠誠の印にと我が娘を献上し、とやっていくだけでも自然と奥方の人数が膨れ上がってしまったらしい。

 レキシーさんはその婚約者のうちの一人がミザリー様です、一応と言う。順番通りに結婚していけば、私は百二十四番目の妻になるそうだ。

 何故一応が付くかと言うと、何しろ昔の事であり、魔王本人が忘れている可能性が大だから。しかし忠実なる配下であるこちらが忘れているわけにはいかない。

 それにもう大勢奥方がいるせいか、他に好きな人がいるなら別にそっちとくっついても良い、らしい。魔王様、大雑把というか寛大というか。

 そのくせ、他国に気に入った姫君がいたりすれば、種族を問わずすぐに浚ってきてどこかの塔に軟禁状態にして囲ってしまったりするというのだから、自由奔放過ぎる。


 大体魔王の奥さんになるとか、想像するだけでも恐ろし……いやいや、恐れ多くて身の毛もよだつわ。私が相応しくなさ過ぎなだけですので、決して不敬な事は考えておりませんよ、魔王様!

 もしも魔王様がテレパシー能力とかをお持ちだったら困るので、精一杯念じておく。 


 ヒントをもらって脳細胞が刺激されたのか、ゲームには魔王ルートもあったのをだんだんと思い出してきた。

 そうそう、自由で傲慢でこの国最強の力の持ち主で、当然一緒にパーティを組んでくれるパートナー達の中でも最強キャラなんだけど。

 彼のルートに行くとそれまでのステージ攻略が楽になる代わりにラストダンジョンである魔王城では一人で進む事になり、ラスボスである魔王と一騎打ちをしないといけないんだった。

 最高難易度の上級者向けルート。ガッチガチのアクションゲーマーなら楽勝だろうけど、ライトユーザーな女性がやるには難しかった。攻略サイトを見てどうにか頑張って一回だけクリア出来たんだっけ。あれは奇跡の一回だったわ。


 ははぁー、なるほどね。それなら、一応の婚約者であるミザリーが中ボスになる理由が出来る。じゃあ私が出張るのは魔王、もしくはカミュのルートって事でいいのかな。もしかしたらもう一人くらいいたかもしれない。


 私が考えに耽っていると、レキシーさんは少々お待ちくださいと言って部屋を出て行った。

 戻って来ると何やら布に包まれた物を恭しく抱えている。

 テーブルの上に置かれたそれは額に入った水彩画だった。バッチリとポーズを決めた男性の絵で、まるでアイドルのポスターみたいだ。


 頭からニョッキリと生えた二本の大きな黒い角。長い尻尾も黒い。威圧感……威厳のある風貌だ。 青黒い肌色の筋肉質な体に禍々しくも豪華な黒いローブを纏っている。肌蹴た胸元がセクシーさをアピールし。野性味ある金色の瞳に背中に豊かに波打つ長髪は白色。

 力強い手には宝玉がいくつも嵌められた杖を握り、彫りの深い顔は明後日の方向を向いていて、カメラ目線でこっちに流し目を送っている。


「こちらが魔王様の姿絵ですわ、手に入れたばかりの最新版でございます。いつ見てもなんて神々しいお姿。ああ、素敵ですわ。お嬢様、もしもいずれ魔王様にお会い出来ましたら、このレキシーめにどうか魔王様直筆のサインをもらってきていただくわけには……?」


 絵に見惚れていたレキシーさんが火傷しそうな熱い期待のこもった眼差しを今度は私に向けてくる。伸しかかってくるようなその巨体の影に完全に私の姿が覆われた。長く鋭い爪の生えた手が私の両肩に置かれ、ヒッと小さな悲鳴が私の口から漏れる。

 え、えええ~? そんな恐ろしげなお方にサインをねだるだなんて、それなんて無理ゲー……!

 でもまずは今目の前に迫っている危機オーガを回避しなくてはならない。

 考えるのよ、私! 正しい答えを!


「あ、ああ……そ、そうですね。仮にも婚約者なら、いつか直接お会いする日が来るかもしれない、ですよね。でもお忙しそうだったら無理にお願いするのはやっぱりマズイかなぁと思われるので、お暇そうだったら、という事で……」


「ありがとうございます、お嬢様! 私これで結構ミーハーなんですぅ、キャハッ」


 必死で絞り出した答えにレキシーさんは満足してくれたらしい。太い両腕でそのブ厚い胸を抱き締めるようなポーズをして悶えている。

 はあ、どうやら答えを間違わずに済んだらしい。一命を取り留めたわ。


 その時危機感で走馬灯がフル回転したのか、何かのイメージが頭の中にフラッシュバックしてくる。

 ああー! 思い出した、この顔は!

 この顔があって、右隣にカミュさん、その隣にエロっぽいヤツ、左隣に陽気そうなヤツ、その隣に暗そうなヤツが円に並んでいて。

 中央に大きくあるのは、赤いマントを羽織ってフードを深く被った少女の後姿。短めのスカートに膝下までの革のブーツ、手には銀色の細剣を持っている。顔は見えないけど、フードからこぼれる髪は甘いストロベリーブロンド。


 このゲームのパッケージイラストだ。もっとも細部まではハッキリしない、ぼやけたイメージだけどね。

 似顔絵が描けるほどには思い出せないが、それでもあるとないでは大違いだ。

 対象者は残り三人か。探す人数が分かるだけでも助かりものだ。大まかな特徴までも分かってしまったし、これはもうすぐ見つけられてしまうんじゃないの?

 ヒロインもピンクの髪と知っていればすぐに気付くはず。ピンク頭なんてそうそういるわけないもの!

 我ながら単純だけど、打ち拉がれていた所に急に救いが舞い込んできたのだ、ホクホク気分になるのも仕方がない。

 私は新たに判明した事を早速戦略ノートに書き留める。

 魔王様のポスターへ祈りを捧げるため、絨毯の上に跪きピョコピョコと土下座を繰り返すのに忙しいレキシーさんは、私の行動を気にもしていないようだ。どうやらかなりの魔王様ファンらしい。

 ニヤニヤ笑いが止まらない。ふんふん、今日は大いなる進展があったわね。


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