少女吸血鬼の過去
壁に飾られた、一番最近描かれたという姿絵を見る。鏡に映らないのは実に不便だ。
立派な額縁に入れられた、ミザリーの家族達が描かれてる物。その絵の出来具合を見れば人物を的確にかつ写実的に描いているのが分かる。
つまり、描かれている通りの外見だと信じていいだろうということ。
絵の中の奥様と一緒にソファに腰掛けた少女を見つめる。
黒いレースで縁取られた真紅のドレスに共布のヘッドドレスを着けている。緩く巻いた長い黒髪にちょっとだけ釣り上がった金色の瞳。雪のように白い肌、小振りだが赤い唇に幼い見た目に似合わぬ妖艶な笑みを刷いた少女。
うん、とっても美少女だ。
そう、少女なの。十二歳くらい。本当の私のほうは十六歳だったから三、四つ若返ったわけだ。
でもこういう世界の人のほうが精神年齢高そうだから、私のほうが幼い性格である可能性は高い。たいした年齢差でもないし、精神は大人チートは無理だと思われる。
イラストのミザリーはどう見ても二十歳くらいだった。大人びて見えるタイプみたいだから十代後半かもしれないけど。
ということは、まだ時間の猶予があると思っていいみたい。少なくともヒロインが現れるのは四、五年は先なんじゃないかと思う。もっともイレギュラーが起きた場合も考えなきゃいけないけど。
彼女には最低一人とは仲良くなってもらわなくてはいけないのだから、スムーズに進むよう先に私が根回しをしておかなくちゃ。
とりあえず、手近なところで兄になったカミュさんにでも好みのタイプを聞きに行ってみよう。
部屋に行ってもいなかったので、外かと思って探しに行くと。裏庭の片隅に拵えられた訓練場で何やらやっているカミュさんを発見した。
「あ、あれはまさか魔法?」
風を操っているらしく彼の手元から旋風が巻き起こっている。
凄い! 魔法なんて素敵パワーがあるなら、後で私も絶対教えてもらわなきゃ。私の戦略ノートに魔法の習得、と書き加える。
さて。
人見知りの私には、兄とはいえ急に出来た相手だから話しにくい。
キャラとしてはクールで落ち着いた性格で、やや口数は少なめ。仲良くなると薔薇の花を捧げてくるキザ男だったけど、実際のところはどんな人なのかしら。
深呼吸深呼吸。ゲームでのミザリーの口調を思い出しながら声をかけに近付いて行く。
「あ、あのっ兄上様! 私にも魔法を教えてください!」
「ああ、構わないが珍しいな? お前今まで魔法の訓練なんて興味なかっただろう」
手を止めると、訓練場に現れた私に珍しい物を見るような目を向ける。
「はい、今目覚めました。 私も吸血鬼にふさわしい魔法を使えるようになりたいです!」
そう、体を霧に変えたり、コウモリを操ったり、空を飛んだり……。なんて素晴らしいの! 夢が膨らむ!
あれ……じゃなかった、思わず脱線してしまったじゃないの。そもそもの目的を忘れるところだった。
「で、突然話を変えますけど、好みの女の子のタイプは? むしろ女ならなんでも来い、でしょうか?」
「ああそうだな、お前の潜在魔力は強いから期待でき……って急だな、いきなり!」
「あっ、ホントすいません! でも、どうなんでしょう? カワイイ系? キレイ系?」
ノートを開きながら質問をする私をカミュさんはジロッと見て。
「そうだな。話の脈絡が全く分からない相手は困るな……」
なるほど。女子にありがちなおしゃべりで取り留めのない話題を飛び回るタイプは苦手って事か。ふんふん。
主人公はどうだったかと考えて。アクションステージで黙々と敵を抹殺する姿を思い出す。まあ、プレイヤーがそう動かしてるからなんだけど。
「うん。きっと無口なタイプのはず! せいぜい喋っても、はあっとか、でやっとかの気合声くらいに違いないです」
「それで会話が成立するのか?」
「はい、彼女は物理で語るタイプだから。あ、あと兄上様は体を霧に変える魔法を特訓したほうが良いです。他人にもかけられるくらいに」
怪しまれないように無理やり作ったニッコリ笑顔で答える。押し黙る兄上。ううむ、その不審そうな顔からして、どうやらカミュさんは妹をとにかく甘やかす溺愛兄というタイプではなさそうだ。
今まで彼とミザリーはどんな兄妹だったのかしら。ミザリーとしての記憶がないから分からない。
少なくとも自分から進んで魔法の練習をするような女の子ではなかったようね。でも、私としては魔法があるならぜひ使えるようになりたいので、その日から魔法訓練を日課に組み込んだ。
私が中ボスもといお邪魔虫役になるのはカミュ以外のルートでは誰だったのか。
いや、そもそも他の対象者キャラってどんなのだったっけ……?
戦略ノートを開いた私は机に向かって唸っていた。羽ペンはあまりに書きにくいので、木炭を手に記憶をほじくり返す。
ううーん。
そう、主人公の武器はボウガンに、ムチ、それと定番の剣で、結構ムチが便利だったはず。攻撃力は低いもののリーチがあるし、何かに引っ掛けてぶら下がりとかも出来る。ボウガンは遠距離から撃てるし威力も高いけど、慣れないと当てるのが難しいし矢を消費してしまう。遠くの的に当てて解除するトラップとかもあるから無駄撃ちは厳禁。剣はリーチは短いけど攻撃力は高い。
相手によっては聖水なんかのアイテムも活用するとよい……って違う知識を思い出したわね。
でも主人公を見分ける時に役立つかもしれないので、きちんとノートに残しておく。剣とムチとボウガンを携えた少女がいたらきっと彼女に違いない。
ダッシュ中にジャンプでより高く飛べる。
うん、これも違う。そんなの言われなくてもご存知ですっての。
道具屋には特売日が存在する。
おお、これは有用! メモメモ。
うーんあんまり他のキャラのこと覚えてないみたい。ロクなのがいなかったのかな。
一応スチル集めのために全キャラやったはずなんだけどなー。それともカミュみたいに会ったら思い出すかしら?
確かミザリーが中ボスになるルートはカミュの他にも後一人、二人くらいいた気がする。何かしら関係のある相手のはずだし。
ははぁーん、父の伯爵とか? 吸血鬼だからか見た目も若くて美形だし。
でもこれだと登場人物中、吸血鬼枠が三人にもなってしまうし、可能性は低そう。きっと違う種族の魔物だろう。
でも家族(メイドさん達含む)以外の魔物にはまだ会ってない。
ミザリーとして生活を始めて何日も経ったけど、学校とかには行っていない。というかこの国にはそういう制度はないみたい。勉強したい人は教師を個人で雇って教えてもらうのが一般的らしい。
そもそもまだお屋敷の塀の外にも出ていないしね。
お嬢様だから一人でホイホイ出歩いてはいけない、というのもあるけど、このお屋敷は僻地にあって、周囲は山だの森だのばかりでどんな魔物がいるか分からないから危険らしい。
新入りメイドの若い女の子の一人も、趣味で森にキノコ狩りに行ったきり、行方不明になって早一月。単独でも山歩きに慣れていた彼女が遭難したとも考えにくく、おそらく森に棲む魔物に食べられた可能性が高い事。彼女と仲が良かった数人が探しには行ったらしいけど、捜索のため大規模な山狩りを行ったりはしないんだって。
何故なら易々と食べられてしまう弱い魔物が悪いのであって、別の魔物の生息域をむやみに荒らす事のほうが憚られる行為だからなんだそうだ。
以上、メイドさん達が青い顔で誰かの荷物を処分しながら囁き合っていた話です。その荷物が誰のものだったのかは恐ろしくて聞けませんでした。
何という弱肉強食! 文明は発達しててもワイルドライフに変わりはないのね。
いくら自分も魔物になっているからって、こんな魔物ばかりの国で暮らすなんて危険すぎるじゃない!
獰猛な魔物に食べられてしまってジ・エンドなんて悲惨すぎるでしょう!
怖い、怖すぎる。出来る事ならこのお屋敷から一歩だって外には出たくないくらいだ。
外に出るとか考えただけでも私の心臓は早鐘のように高鳴り、冷や汗が吹き出してきた。囁き合うメイドさん達の後姿がフラッシュバックしてくる。
でも、閉じこもってばかりじゃ処刑エンドが回避出来ないかもしれない。
「あううぅ~」
溜め息とも呻きともつかない声を漏らし頭を抱え込む私を、ちょうど近くにいたメイドさんが憐れみの目で見てくる。 処理し切れないショックや悩み、ジレンマで時折こうなる私を、皆さんは怪我の後遺症による記憶障害や苦痛に苦しんでいるのだと思っているらしい。
まあこちらにとっても都合が良いからいいんだけどね。私、凄く可哀想な子だと思われてる……。
少なくとも自衛の手段を手に入れるまでは無理な行動は慎むべきだろう、うん。
なのでまだ外に出るのは私には時期尚早と判断して、屋敷内での情報収集に励む事にしたわ。
部屋の中を探した結果、日記や手帳、手紙などの分かりやすい手掛かりは見つからなかった。そういうのをマメに書くタイプではなかったみたいね。
本棚にいくつかあった本を開いてみると、こっちの字も問題なく読める。ちなみに本は詩集で数回は読んだらしい形跡があった。クローゼットにはドレスや靴がたくさん。小さな宝石箱には可愛らしいアクセサリーがきちんと仕舞ってあった。
やりかけの編み物や刺繍の道具なんかもあったから、普段はこういう女の子らしい事をしていたらしい。ベッドや机周りを見るに、そちらも割と少女趣味でまとめられている。
何となくミザリーの好みは把握出来た気がするけど、今までの行動をつかめるような物は出てこなかった。
ミザリーの交友関係とか誰に聞けば分かるだろうか。やっぱり母か兄? このくらいの年齢ならきっと母親にはよく友達の話とかしているはず。
「お友達……そんなの特にいなかったでしょう? パーティで何人かとご挨拶しても顔見知り以上にはならなかったようだし」
部屋で大蜘蛛にレース編みをさせていた母上様に尋ねてみた結果。思い出すように首を傾げながらそう言われた。
そ、そうですか。
やっぱり怪我の後遺症で記憶が曖昧なのね、大丈夫なのと心配そうに尋ねられる。
学校もないんじゃあ、自分から交流を求めにどこかに行かないと知り合いは作れないという事か。
……。
人見知りな私には大変な苦痛だ。
これまでの知人が少ないのは、ミザリーとしての記憶がない分ボロが出なくて有難いのだけど。家の皆は私がちょっと変わってしまったのは頭を大怪我したせいだと思ってるしね。
これが学園物だったりすれば、適当に顔面レベルと人気が高い男子に目星を付ければいいところなんだろうけど。
困ったなぁ。どうやって探せばいいのかしら。
首を捻る私を母が訝しげに見ている。とりあえず変に思われても困るから、曖昧に笑って話を切り上げると早々に部屋に引き下がった。