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妾は気弱な闇の女王  作者: ヒラサカ
2/14

苦痛の目覚め

 私は自宅の階段を降りようとしていた。

 止せばいいのにスマホをいじりながら。当然目も意識もそっちに釘付け。今はちょっと忙しいの。だって新発売の吸血鬼ものの漫画のチェック中だから。

 絵は結構好み。でも設定がイマイチそう。これなら別にヒロインが吸血鬼である必要なくない? 昼間も普通に出歩いてるし。おまけにサブヒロインぽい。

 明日、高校の帰りにでも買ってみようかと今月のお小遣いの残りを計算しながら考える。


 何気なく降ろした一歩。

 ロングスカートの裾を踏みつけ、足をするんと滑らせて。


 実に見事に転がり落ちた。


 歩きスマホ、ダメ、絶対。



「あいだだだだだだだだだだだー!!」


 若干お間抜けな悲鳴はどうやら私のものらしい。


 後頭部に衝撃を感じたが、それを痛いと思う間もなく。

 そのまま意識が暗転した。



「あいだだだだだだだだだだだー!!」


 ちょっとぉ! 絶望的に痛いんですけど!

 それに家の階段こんなに広くて長かったっけ?


 転がって手足が変な方向に曲がり、お尻、背中、頭部と体を満遍なく打ちつけながらやっと下まで到着する。

 だ、誰かいないの? お母さーん、お父さーん。誰でもいいからちょっと来てー。

 待っても誰も来てくれないので、仰向けになったまま、痛みを堪えて何とか目を開いた。

 高い天井には大きなシャンデリアがぶら下がっていた。揺らめくたくさんのロウソクが控えめな明かりを演出している。……揺れているという事はあれは本物のロウソク?


 何これ。


 当然、建売4LDKの一般家庭で本当のロウソクのシャンデリアなんてぶら下がっているはずがない。そういう趣味の人はやるんだろうから絶対ないとは言わないけれど、我が家にないのは確かだ。


 床の硬さと冷たさに驚くと、触れている掌にザラリとした感触がある。

 あれ、フローリングの床にカーペットが敷いてあるはずなのに。これじゃあ石の上に寝転んでいるみたいだ。


 起き上がろうとして激痛に引きつる。あまりの痛みに息も出来ない。動かそうにも言う事を聞いてくれない体。本来曲がるべきではない箇所が曲がっている気がする。

 これ絶対どこかの骨が折れてるよ!


 何とか動かせる左手で頭の後ろを撫でる。さっきからそこが特にジンジンしてるんだもの。


 手にベットリと付くナニカ。


 ヤダ何コレ真っ赤。


「……ぎゃあああああああ、血ィィィーッ!」


 再び上がった私の悲鳴に今度こそ、誰かが走って来る足音がした。


 良かった、本当はもう少し早く来て欲しかったけど。

 また遠くなる意識の中、これで助かるかと安堵する。


「ああっ! お嬢様大丈夫ですか!」


 お嬢様? 誰それ。一瞬そんな事を思ったけど、それ以上は覚えていない。



 痛みを感じて、重い瞼を開ける。

 広いベッドで目が覚めた。なにやら薄い布に囲まれている。病院や保健室によくある仕切りのカーテンかと思ったら違った。

 天蓋付きの大きなベッド。女の子の憧れるアレだ。私も欲しかったけど、こんなの部屋にとても設置できないから諦めていた。


 サプライズプレゼントかな? 誕生日でも何でもないけど。


 寝ぼけているんだろうと、目を擦ろうとして満足に動かせない体に気付く。

 そうだ、階段から落ちたんだっけ。良かった、どうやら助かったらしい。


 でも、身体中が痛い。

 頭には包帯がグルグル巻きだし、頬にも湿布らしき物が貼り付けられていて、ロクに目も開けられない。足はやっぱり骨折していたのか、片足が硬い物で固定され突っ張り棒みたいなので吊るされている。右腕も同様。まさに満身創痍。


 今までせいぜい転んで擦り傷くらいの怪我しかしなかったから、こんな重傷初めてだ。全治にどれくらいかかるんだろう。


 ふと周りに目をやって違和感を覚える。

 薄目しか開けられないのと天蓋のせいもあってよく見えないけど、何となく病室っぽい雰囲気じゃない事に気付いたのだ。

 当然自宅の自分の部屋でもない。もっと広い部屋にいる。

 こんな怪我なら普通は救急車で運ばれて病院で目が覚めるものだろう。


 まさか救急車呼ばないで手当てしたの? え、誰が? お母さんが? 医療関係者でもなんでもない主婦なんですけど。

 不安になって誰か呼ぼうとしたんだけど、喉が掠れて声が出ない。


 私が動いたのに気付いたか、誰かがベッドに近付いてくる。部屋の隅にある椅子に座ってたみたい。

 大丈夫ですか、と聞かれるのに、すいませんお水下さいと返す。聞いた事のない声。看護師さんだろうか。

 カーテン越しに動くシルエットの服はスカートみたいだし声からしても女の人だろう。


「痛み止めの薬湯をご用意いたします」


 やくとう? ああ、どうやらお湯に鎮痛剤を溶いて持って来てくれるという事らしい。とても有難い。


 そして天蓋を捲り上げて私にカップを差し出してくれたのは。


 二メートルは優にあろうと思われる筋骨隆々の肉体と赤銅色の肌を持ってはいるが、そのバインバインとした胸部から明らかに女性である、黒いロングワンピースに白いエプロン、所謂メイド服(クラシック風)の人物だった。

 しかもコスプレの一部なのか彼女の頭にはツンとした小さな角が。


「ぇあっ!?」


 えええ。何ここ、メイドカフェならぬ、メイド病院?

 私は相当驚いた顔をしていたはずだけど、包帯と湿布でほとんど隠れていたし、口も動かせなかったのが幸いして大声を出さずに済んだ。

 身体がビクリと震えた拍子に激痛が走ったけど。

 

 でも、何なの、ここ。不安だ。


 

 私は彼女に体を起こすのを手伝ってもらい、はあどうも、なんて言いながら小さなカップを渡してもらった。唯一動く左手で苦いそれをチビチビと飲みながら、最近は病院も色々あるんだなぁ、なんてのん気に思っていた。


 そのメイド看護師さんが旦那様にお伝えしてまいりますと言って、数人を連れて戻って来るまでは。


 旦那様は私の事を娘と呼ぶ。

 奥様も私の事を娘と呼ぶ。

 見知らぬ若い男は私の事を妹と呼ぶ。

 メイド看護師さんは私の事をお嬢様と呼ぶ。


 自宅の階段から転がり落ちて大怪我をした私を心配し、口々に質問をされる。本当に少しだけど、間抜けだなぁーという色を目に滲ませながら。


 でも私はこの人達とは初対面です! 大体お兄さんなんていないし!

 怪我人にこんなドッキリをするなんて、不謹慎じゃないの! 早く本当の家族を呼んで来てよ。

 意味の分からない会話に私が憤りを覚え始めた頃。でも怖いので黙って聞いていましたが。


「ミザリーはまだ怪我が治りきっていないのだ。きっと明日には良くなって元気な顔を見せてくれる。もう休ませてあげようではないか」


 ムッツリと黙る私に気を遣ったのか、旦那様とやらが奥様と若い男にそう言うと、二人もそうだそうだと頷く。お休みの挨拶をして三人が去ると、メイド看護師さんが私も出て行きますがお側にいますので、と出て行く。

 

 訳が分からないまま部屋にポツンと残される私。

 そりゃあ明日は今日よりは良くなってるでしょうよ!


 怒りながらも寝るしかないので目を閉じた。


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