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妾は気弱な闇の女王  作者: ヒラサカ
12/14

儀式の日

 いよいよ今日は新月。就任の儀式だ。

 

 顔に白粉をはたき、朱色の塗料で隈取をする独特のメイクをする。

 唇に眦に、額に。

 髪は綺麗に梳いてから緩いハーフアップのような形に結う。


 巫女服はドレスではなく和風の着物にも似た衣服で、裾も長いから歩きにくい。転ばないように気を付けないと。

 色は黒を基調としていて、長い袖の裾等に小さな赤い玉が付けられている。帯は黒に赤と灰色の文様が縫い込まれた物。

 この上から黒く輝く石で飾られた肩掛けをかけて、細い金属に赤い水晶の付いた額飾りをし、最後に黒いヴェールを被る。

 これで衣装は完璧だ。


 そして。私の精神のほうは緊張なんて生易しいものでなく、失神寸前である。

 もうとっくに心臓はバクバクだ。何回行ってもトイレに行きたい。

 逃げ出したいけど無理なので仕方なくここにいるだけだ。

 ああー! 今この時に勇者とかが来て儀式がウヤムヤになって中止にならないかしら! 巨大隕石の襲来でもいいわ!


 しかし私の必死の祈りは暗黒神様に届かず、滞りなく出番の時間を迎えた。

 とにかく練習した通りにまずは礼拝堂に入って。ええと、そのまま外に出て行っていいんだっけ?

 最後のチェックにメモ帳を取り出すと、何度も読み返す。

 ポタポタと赤い液体がメモに垂れた。あら、血の涙?

 じゃないわ、汗で溶け落ちた隈取の塗料だった。世話役の神官様がまた汗を拭いてくれて、隈取をやり直してくれる。


「しっかり、ちゃんと出来ます! それに失敗したって貴方が巫女になるのは変わらないんですから、気負う必要なんてありませんよ! 皆、道端の石ころか吐瀉物だと思えばいいんです」


 そう言って励ましてくれるわ。ありがとうございます。


 背中を押されて礼拝堂へと一歩を踏み出した。

 第一関門のお辞儀はクリアー。目線を上げなくていいのはご来賓の方々を見なくていいから良かったわ。

 そのまま静々と歩いて行く。

 ここでのお辞儀も無事済ませた。よし、次は祭壇まで進むのね。手にこっそりと書いておいたカンペを盗み見る。

 祭壇の上には大神官様がいらっしゃるわ。知ってる人がいると少し落ち着くわね。

 しかし、うっかり目線を上げてしまった罰なのか、見てはいけないモノを見てしまった。

  

 神妙に並ぶ列の前のほうに、この国の支配者、魔王様がいるのを。


 何度かポスターで見たから間違いない。今日は主役ではないためか、少し地味な格好だけど魔王とその親族だけはフードを被らなくていい決まりなので顔が丸出しだし。

 初めて生で見た婚約者だけど、こんな偉い方がいると実感してしまったら、余計緊張してしまう!

 勿論、来る事は事前に聞いていたのだけど……。し、心臓が口から飛んで行きそうだわ。


 ……ええっと。

 次何だっけ?

 頭が真っ白になっちゃったわよ! カンペカンペ! 落ち着け私!

 ちょっと怪しい動きをしていただろうけど、何とか大神官様の前まで来られた。

 手には、次はペンダント、と書かれている。

 よし、暗黒神様の印を象ったモチーフのついたペンダントをかけてもらえばいいのよね。

 私は大神官様の前に跪き、軽く頭を垂れて目を閉じる。

 祭壇横に赤々と火が焚かれているからその熱気が頬に感じられた。


「我等が偉大なる暗黒神よ! 今ここに、新たなる巫女を捧げまする!」


 大神官様が朗々と響く声でゆっくりと厳かに宣言する。

 カチャリと小さな音がした。きっとペンダントを持ち上げたんだわ。

 動きと気配で頭の上辺りに大神官様の手があるのが分かるわ。

 このくらいかしら、と私はそれに合わせて頭の位置を調整する。

 ……。まだかしら。


「……、……って」 


 小さく囁くような声がした。

 え? 何? 誰?

 訝しく思いながらも片目だけ薄く開いてちょっぴり顔を上げる。


「……、……って」


 何かしら、この声? もしやこれが暗黒神様のお声? 聞き覚えがあるような気がする。

 驚いてさらに顔を上げると、厳かな表情を湛えた顔を皆に向けながらも、四つの瞳で私を見つめ、必死に唇だけを微かに動かしている大神官様のお顔が見えた。

 何だろう。読唇術?

 私は目を眇めてその真意を探ろうとする。


「頭、ヴェール取って」


 大神官様は聞き取れないくらいの小声でそう繰り返していた。

 あたま、ヴェールとって?

 この意味をポカンと考える。はて?


 あっ!

 そういえばっ!

 跪く前にヴェールを取るんだった! このままではペンダントがかけられないから困っていたんだ!

 ようやく気が付いた私は大急ぎでヴェールを鷲掴みにすると頭から引き毟った。髪がモジャッとしたようだけど、この際気になんてしていられない。

 大神官様は表面上は何事もなかったように、静かに私の頭から首へとペンダントをかけた。すうっとさりげなさを装い、その鱗に覆われた手が髪を何とか直そうと頭を抑えてくる。

 ……そんなに酷い頭になっちゃったの? ヤバ。


 大神官様が大きな声で祝詞を終えると、他の高位の神官様達も同じ言葉を繰り返していく。最後に私だったはず。

 はあ、完璧に忘れてたわ。今のうちにカンペを見直しておこう。

 それが終わったら、全員で数回深いお辞儀をして一応儀式は終了。

 その後は外に行き、お披露目というか輿に乗ってちょっとしたパレードを行う。広場を一周するだけだからそう時間もかからないだろう。

 輿に乗ってしまえば後は大人しくしていればいいそうだから、そこまで行けばもう終わったも同然だわ。


 祝詞が終わり、大神官様が一歩後ろに下がる。やっとお辞儀だ。

 立ち上がる前にグイッとヴェールを被りなおし、隠蔽工作を図る。隠せたかしら。

 響き渡る太鼓の音と共にお辞儀をする。この太鼓の音が終わった時が儀式終了の合図。

 全体の緊張の糸が、少し緩んだのが空気で分かるわ。はあ、長かったー。


 大扉が開け放たれ、熱い空気が出て、冷たい外気が入って来る。

 皆が外に出た後、私は大神官様の後について、ゆっくりと外に出て、待機している輿に乗った。

 うわあ。外も大変な人だかり。特にする事もないとはいえ、こんなに注目されるとは……。

 再び、私の身体が震えだした。せっかく終わったと思ったのに。

 見られるのが怖いので、顔が隠れるようにヴェールを引っ張る。


 輿が動き出す。

 あ、最前列にうちの家族発見。手をブンブカ振ってるわ。


「!!」


 私は顔がさらに引き攣ったのが分かった。

 何とレキシーさん始め、体格に優れたメイドさん数人が『巫女ミザリー!』と書かれた横断幕を広げているのだ。

 皆、いい笑顔ね……。思いっきり恥ずかしいけど。

 思わず私も小さく手を振り返してしまった。

 次の瞬間、近くにいた他の知らない人までこっちに手を振っていた。満面の笑顔で。

 あ……。しまったぁあー!

 また私は墓穴を掘ってしまった。

 何もしないで座っていれば良かったのに、これのせいで巫女は手を振る皆に手を振り返す、というパターンを生み出してしまったのだ。

 他の人にはしてたのに自分には手を振り返してくれなかった、なんてクレームが来たら困るので私は引きつった愛想笑いを浮かべ、手を振るマシーンと化した。


 一時間も経ってようやくパレードが終わった。

 輿がノロノロなのと、記念だからと魔王城をバックに、貴重な念写オーブでの撮影会まで行われたせいだ。魔王様まで乱入して来ちゃったしね。



 神殿の控え室に戻り、顔を洗って化粧を落とす。大体汗で落ちてたけどね。

 服も自前のシンプルなワンピースドレスに着替える。今日は家に帰してもらえるのだ。やっとゆっくり休めるわね。

 身支度を整え、大神官様に挨拶に行く。


「お疲れ様でした、巫女殿。儀式もつつがなく終わり、これで貴女は正式に巫女となりました」


「あっ、ありがとうございます。でも、私ちょっと忘れちゃってて……すみませんでした」


「いや何、あれくらい大した事ではありませんよ。巫女が存在する、という事が重要なのですから。あ、そうですね、それと」


 疲れていそうだけど機嫌良く笑みを浮かべる大神官様。なんて心の広いお方なのかしら。


「何でしょう?」


「公の場で巫女として発言する時もあるでしょうから、先にお教えしておきます。巫女として話す時は、私ではなく妾を使ってください」


「は、はい。わ、妾ですか」


 何故妾なのかというと、特に理由はなくそのほうが偉そうというか厳かだからとか、雰囲気作りのためらしい。

 ついでに言葉遣いを少しそういうのに合わせろという。なるほど。

 確かに古風な口調のほうが厳めしい雰囲気になるわよね。

 しばらく打ち合わせを行ってから、やっと帰る事が出来た。


 しばらく激動の日々が続いていたから、自宅に戻って数日間はゆっくり過ごそうと思っていたのに、それはあっけなく打ち砕かれた。

 今度は正式な巫女として魔王様にご挨拶に行く事になってしまったのだ。

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