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妾は気弱な闇の女王  作者: ヒラサカ
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破壊神な少年 前編

 ねぇ、突然だけれどよく少女マンガな展開であるじゃない? 男の子と女の子が曲り角でブツかって~の流れで知り合いになったり、ちょっと気になる相手になるっていうシチュエーションが。

 転校生と主人公のパターンが多いわよね。登校時に遅刻しそうで走ってて、トーストなんか咥えてればもう鉄板でしょ。

 ああいうのに実際に会った事がある人ってどのくらいいるのかしら。


 私はある。

 ブツかったのは同じ学校の男の子。お互い外を走っていて校舎の角を曲ろうとしたら正面衝突だったのよ。ちょうど二人とも校舎の壁スレスレを走っていて向こうから人が来るなんて見えてなかったのね。


 マジ痛かったわ~。きっと頭同士が当たったのね。本当に目の前に星が飛んでいるのが見えた。

 尻餅ついてキャッ痛ぁーい、なんて可愛いものじゃない。

 運悪く砂利道だったから余計にね。小石だらけのところに転がったもんだからあちこちが血豆だらけになったわよ。

 相手が男の子でやっぱり突進力が強かったせいか、私のほうがより吹っ飛んでて怪我も多かったし。

 その男の子と仲良くなったりしたのかって?

 そんな風になるわけもないのよね、何ていうかお互い相手の不注意のせいでこんな怪我を……みたいな感じだったし。




 気絶していたらしい私は、強烈な痛みに目を覚ました。


「あ、うわわっ、だ、大丈夫……?」


 オドオドとした小さな声に目を開ける。

 途切れ途切れで聞きとり難いけど、子供の声。たぶん男の子。今さっき私が落下から庇った子だろう。

 なんて事したの、危ないでしょ! とさすがに頭に来たので私にしては珍しく初対面の人に対して怒鳴りつけようと思った。同年代くらいだし。


 でも。

 はうう……痛くてとてもじゃないけど声なんて出せない。呼吸もまともに出来ない、絶対アバラ骨とか折れてるわ。

 吐き気。

 急に込み上げてきた圧迫感に反射的に口を押さえようとした。

 熱い鉄の味が口内に充満する。


「うぐ……、ごはっ!」


 口から盛大に吐血する。やはり内臓に大ダメージを受けたらしい。


 男の子がきゃあああ、と悲鳴を上げて、乱暴にポケットからハンカチを引っ張り出すと血だらけの私の手に握らせてくる。

 こ、これで今何をしろと言うの? 口元をお拭きなさいとでも? そんな場合か!

 私がガクガクと震える手で広場のほうを指差すと、ようやく誰か呼んで来ると足をもつれさせながら走って行った。

 傷を治すために私の体中から魔力がギュンギュンと急速消費されていくのが分かる。おかげで意識が薄れてきた。

 嗚呼、私ってこんな役ばっかりなのね。


 誰かに抱き上げられる感触で薄っすら意識が戻る。

 男の子はどこかで下働きをしているような風体の豚みたいな顔をした太り気味のオジサンを連れて戻ってきていた。そのオジサンの力強い腕が私を抱え上げ、近くだと言う彼の自宅に連れて行ってくれる事になった。



 彼とオジサンは知り合いらしく、一般の民家という感じの部屋のベッドに寝かされて数時間休ませてもらった。

 お医者を呼ぶ必要もなく、それだけで歩けるほどに回復していた。前の怪我は治るのに一晩かかったというのに自分でも驚きだ。



「そう、それで飛び降りたんだ」


 私がポツリと言うとその子は深く頷く。

 仰向きに寝かされた私のベッドの脇の椅子に座っているのは、見た目も弱々しそうな顔立ちの小柄な男の子。ひとまず彼にはどこも怪我はなさそう。

 白い髪にちょっと浅黒な肌。端正な顔立ちの中でも際立つのはこの国で最も貴いとされる真紅の瞳。

 大神官様とはまた違う色合いの赤は、吸い込まれそうなほど美しい。今は涙で滲んでしまっているけれど。


「うん。僕、魔力がまるでなくて……」


 消え入るような声でそう語る彼は、結構上流の身分の子供らしく、よく見れば着ている灰色のローブも靴も、質の良い物だ。

 身分の高い魔物というものはほぼ例外なく強い魔力を持っているものなのだ。例え筋力に優れ、肉体を使った物理的な戦い方のほうが得意な種族であっても、上位種であればある程度以上の魔力をその身に備えている。

 しかしその身分ある上位の魔物に生まれながらも、彼には全く魔力がなかったのだという。大勢いるという異母兄弟の中でもそんなのは彼一人だけ。ほとんどの子は父譲りの強い魔力を持っていて、そのせいで彼はずっとイジメ抜かれてきたそうだ。

 母親からも白い目で見られ、劣等感や絶望に耐えられなくなり……。


「百年ぶりに、闇の巫女様が決まったって聞いて。その巫女になる子も高い魔力の持ち主なんだって。それで、もう……」


 それが彼の最後の一押しになったのだという。


 ……。

 えええええ。

 マジですか! 

 ど、どうしよう。私のせい?

 強烈な罪悪感が沸き起こる。


「で、でも、誰かを巻き込む気なんてなかったんだ! 大怪我させちゃって、ほんとに……ごめん、ね。うううっ、何て謝ったらいいのか分かんないよう!」 


 涙をボロボロ溢しながら謝られる。うわー困った、私!


「う、ううん! 凄く痛かったけど、貴方が無事で良かった。ホラ、私頑丈だから大丈夫だしっ」


 起き上がれるようになった私がそう言ってみせると、彼は申し訳なさそうに頷いた。


「じゃあ、もうあんな事しない?」


 慎重に聞き返すと、彼は困ったような表情を浮かべ迷っていたが、しない、と小さく呟いた。

 今、余計な事は言わないほうがきっといいはず。お互いに平常心じゃないもの。

 私はそう思い込む事にした。


 それにすっかり忘れていたけれど、神殿に戻らなくちゃ。完全にリハーサルはすっぽかしてしまったわね……。

 もう歩くのに不自由はなさそうだし、早くお暇しよう。

 ドレスの前は私の血で真っ赤に汚れていたが仕方がない、このままでいいか。神殿になら何かの着替えはあるだろうし。

 神殿に知り合いがいるからそこに戻ると言うと、心配したオジサンが送っていってくれる事になった。


 彼の事は正直凄く気になるけど、どうしたらいいのか分からない。

 神殿前でオジサンにお礼を言って別れ、数時間の遅刻をして神官様のところへ向かった。

 てっきり起こられると思ったけど血だらけの私の姿を見て大騒ぎになった。

 確かに怪我をしたのだけど、もう大丈夫だと答えたが逆に心配されてしまい、さらに休まされた後、私から頼んでちょっとだけリハーサルをさせてもらって帰途に着いたのだった。

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