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ただ美しく……  作者: 桐条京介
第2部 4章 美麗と杏里
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 目を覚ました時に見たのは、どこのかもわからない見知らぬ天井だった。

 頭がズキズキと痛む。上手く思考回路が働いてくれないので、何がどうなっているのかを把握できない。

 薄っすらと開いたばかりの目を左右に動かす。どうやら私はベッドの上で仰向けになっているようだ。

 少しずつ思い出す。私は誰? 優綺美麗だ。業界で頂点を極め、そして――。

 ――人生に別れを告げた女だ。

 勢いよく上半身を起こす。かけられていた毛布が膝元へ落ちる。

「起きたみたいだね。君は丸一日以上、眠っていたんだよ」

 部屋の隅から声が聞こえた。顔を上げる。視界に映ったのは一人の男性だった。

「満……? ここは? 私はどうなったの?」

「ここは山中の一軒家さ。廃屋と言った方がいいかもしれないね。その代わり知っている人間以外には滅多に見つからない」

「そう……。ねえ、私と満は海に飛び込んだはずよね。どうして助かったの?」

 素朴な疑問をぶつけてみたが、満は何も言わない。

 私のベッド横に置いてある緑色の丸椅子に座り、どうしようかと悩むような表情をする。

 詳細な説明を受けてはいないが、その態度でピンときた。

「貴方、最初から死ぬつもりはなかったのね」

 一瞬だけ私の目を見て、満は申し訳なさそうに顔を伏せた。

「その通りだよ。すまない」

「嘘をついたのね!」

 怒鳴りつけられた満は、小さく首を左右に振る。

「最初に言われた時、僕は間違いなく君と死ぬつもりだった」

「それならどうして二人とも生きてるのよ!」

「僕が君と生きたいと願ったからだよ。走らせた車をギリギリで止めて、眠った君を抱いて外へ出た。そのあと車を海に落としたんだ」

 剥ぎ取るようにタオルケットを体の上からよせ、ベッドに腰掛ける形で正面から満と向き合う。

「私を裏切ったのね」

「結果的にはそうなる。でも、僕は恨まれても君と一緒にいたかった。だから自分は睡眠薬を飲まなかった。僕が口にした錠剤はただのビタミン剤だよ」

 道理で私が眠ったあと、元気に動いて色々と細工できたはずである。

「君が怒るのも当然だ。でも聞いてくれ。僕は確かに望みを叶えた。優綺美麗は死んだんだよ」

 そう言って満は、ベッドに寝ながらでも見やすいようにポータブルのDVDプレイヤーを準備した。

「これは先日のニュース番組を録画したものだ。まずは見てほしい」

 いまだ混乱は収まっていないが、とりあえず言われた通りに画面を見る。

 カメラの前で、キャスターが悲痛な顔で最新のニュースを読み上げる。

「本日未明、人気女性タレントの優綺美麗さんが崖から海に転落したという一報が入りました」

 画面が切り替わる。人気絶頂だった頃の私の顔写真がアップで表示され、右上に人気タレント謎の死と大きく出る。

 崖の上から落ちた車が海で発見され、引き上げられた車内には私――優綺美麗の私物があった。同時に衣服の一部が海から見つかり、消息不明ながらも生存は絶望的とも説明された。

 一通り事件の詳細が報じられると、各コメンテーターがこぞって最近の私の様子などを話し始める。眠っている間に、世間では死んだ扱いになっているらしかった。

「……どういうこと?」

 私はもう一度、満に尋ねた。

「簡単に言うと、優綺美麗は死んだということさ」


 一緒に死んでと言われた満は、私だけに睡眠薬を飲ませ、車から脱出したあとにすぐ事務所へ電話したという。

 交渉し、私と満が海へ飛び込んだことにしてもらう。社長は事務所を大きくしてくれた優綺美麗への恩を返すという理由で最終的には承諾したらしかった。

 だからこそ短い時間で発見に至り、すぐニュースにもなった。今頃は事務所の関係者が宿泊していたホテルの後始末をしていると満は言った。

「同行していたのは若い男性で、僕とは違うことになっている。そのために僕もホテルへ一度顔を出して社長と会ってきた」

 優綺美麗はマネージャーである満を散々我儘で振り回していた。今回もそうして勝手に若い男と遊んでるうちに事故へ至った。

 事件の可能性もなかったことから、警察は優綺美麗と恋仲にあった男性との心中と結論付けた。一応の操作は続いているみたいだが、本決まりらしい。

「事前に準備していたこの家に君を運び、寝かせた。その際に勝手に着替えさせてもらったのは謝るよ」

 言われてようやく、自分の衣服が袖の長いシャツとジーンズというラフなものに変わってるのを把握する。

 優綺美麗が海で消息不明になった証拠として、衣服を海へ落とす必要があったのだと満は説明した。

「車とは別々に発見させたかったしね。社長もそれがいいだろうと言っていた」

 いまだポカンとしている私に向けて、満はさらに言葉を続ける。

「これで優綺美麗は死んだ。君の願い通りにね」

 人々の記憶には美しかった頃の優綺美麗だけが残る。多数発売されていた記憶媒体も同様だ。

「人の良さそうな顔をして、ずいぶんと計画的な犯行を練ったものね」

 徐々に思考が回り出し、皮肉めいた言葉が勝手に口から飛び出す。

「そうでもないよ」絶賛苦笑い中の満が後頭部を掻く。「これでもギリギリだったんだ」

 私が眠りについて、決行するまでの数時間で慌ただしく準備したので、細かいところは適当らしい。

 それでも満が必死になって動いたのは、こちらの世界でも私と一緒になりたいから。

「後で君に伝えるといった言葉を今言うよ。愛してる」

 魔法の言葉だった。それだけですべてを許してしまえるくらいの威力があった。

 けれど素直に従えない自分もいる。

「確かに優綺美麗は死んだかもしれない。だけど私は生きている。醜く老いるだけの存在として」

「それでも君に生きていてほしかった。東雲杏里として、これからも僕と一緒にいてほしかったんだ」

 二人以外誰もいない廃墟に、彼の声だけが響く。

「満はズルいわ。私に何も言わずに決めてしまうんだもの」

「こうでもしなければ、君は優綺美麗から東雲杏里に戻ってくれなかっただろうからね」

 満が私の手を握る。

「許してくれとは言わない。憎んでも構わない。ただ僕のそばにいてほしい」

「直球な愛の言葉ね」

「お気に召さなかったかい?」

「いいえ。スマートな口説き文句を披露していても、頭の中はベッドインすることだけで一杯な連中よりはずっとマシだわ」

 ここでようやく私は微笑めた。

 吹っ切れてない部分はあるが、策を練ったのが心から信じた満なら仕方ないという思いが強い。

「そうした世界ともお別れになるね」

 寂しいと聞かれたので、即座に否定を込めて首を横に振る。

「業界でのし上がろうとしたのも、私の美しさを世間に認めさせるため。整形という手段で、劣等感を払拭したかっただけ。それはもう達成したわ」

 追い落とされこそしたが、確かに優綺美麗は様々な人間が蠢く世界で頂点に君臨した。

 スポットライトの下は多少惜しくはあるが、今さら戻るのは不可能だ。すでに私は死んだ人間なのだから。

「顔が崩れていくほどに、優綺美麗からは遠ざかるわね」

 美しさのみを追求してきたがゆえに、抱く喪失感は凄まじい。

「私が醜い老婆みたいになっても構わないの?」

「もちろん。それに僕だってしわくちゃの老人になるんだからね」

「それもそうね。裏技を使った分だけ、私の衰えは早いでしょうけど」

「僕は気にしない。外見が変わろうとも杏里は杏里だ。優しくて読書好きな女性だよ」

「ありがとう」

 お礼を言った私の隣に腰掛け、満が肩を抱く。

「それで、返事を聞かせてくれるかな」

 緊張気味の満を前に、私は首を傾げる。

「何の?」

「酷いな。さっきしたプロポーズのだよ」

「えっ。あれ、プロポーズだったの!?」

 本気で驚いた私に、いまだかつてないほどのショックを満が見せる。思わず謝ってしまいそうなくらいに憐れだった。

 捨てられた子犬のように心細そうな目を向ける満に体を預け、そっと彼の太腿を撫でる。

「そんな顔をしないで。気が付けなかったのは悪かったけど、求婚は受けてあげるから。でも覚悟が必要よ? 私はとても我儘だもの」

「十分わかってるし、慣れてるよ。逆に君の夫は僕以外に務まらないね」

「あら、ずいぶんと自信家になったものね。でも旦那様だと考えると頼もしいわ」

「任せておいてくれ」

 ややわざとらしく胸を叩く満に危うく吹き出しそうになる。

 不審そうな目になった満に、なんとか笑いを堪えた私は今後について問いかける。

「これからどうするの。私達は死んだことになってるのよね」

「ああ。だからしばらくはここで暮らすんだ。食料は運んであるから二、三日なら問題なく過ごせるよ」

「ならこれは新婚旅行みたいなものね。こんな風に趣のある宿泊施設もいいものだわ。一生忘れられない思い出になりそう」

 にっこり笑って、満をベッドに押し倒す。

「ええっ。起きたばかりでかい? 何か食べた方がいいよ」

「いいじゃない。どうせ数日は二人きりなのでしょう? なら存分にイチャつかせてもらうわ」

 大学時代にできなかった分というわけではないけれど、彼の首に手を回して持ち上げた顔に唇を寄せる。

 そうしてどちらからともなく、さらに体を密着させた。


 運動をして、余計に空いたお腹を食料で満たし、今度は一緒に眠る。

 そのうちに夜となり、周囲に誰もいないのを確認してから外に出た。当然、満も一緒だ。

 二人並んで立ち、思ったよりも山の中だった家の前で夜空を見上げる。ビルに覆われた都会とは違う無数の輝きがとても綺麗だ。

「星空を見たのなんて、どれくらいぶりかしら」

「僕もだよ。ずいぶんと忙しかったからね」

「我儘なタレントの仕事を取るためにね」

「まったくだ。仕事をキャンセルされるたびに、頭を抱えそうになったよ」

 冗談である。こうしたやりとりができるほど、私と満の親密さは増していた。肌を重ねるたびに愛情がより強くなるのだから、不思議でもある。

 夜風が肌を冷やすも、満の腕に抱かれてるおかげで寒さは感じない。

「世間ではまだ大騒ぎになっているのかしら」

「事務所が対応をしてくれているはずだよ」

「そうね。それに里亜砂なら今回の一件を利用して、さらに自分のイメージアップを図りそうだわ。彼女に真実は知られていないのよね?」

「ああ。今回の事件の裏側を知っているのは当事者の僕達と社長だけさ」

 所属タレントが自殺を装って失踪する手伝いをしたなんて知られたら、社長も批判は避けられない。恐らくだが、秘密は墓まで持っていってくれるだろう。

「あとは私達がどうするかね」

「周辺から人が少なくなったら、君がお世話になった整形外科に行こうと思う。色々と話も聞きたいしね」

 優綺美麗は死んだと報道はされているが、実際はここにいる。私が不特定多数に顔を晒したら、一瞬にしてバレる可能性もある。

 最近では街で声をかけられる回数も激減していたとはいえ、一世を風靡したという事実に変わりはないのだ。

「冷えてきたね。中に戻ろう。立派な住居ではないけどね」

「気にしないで。最初は取り乱したけれど、満がいてくれればどこであってもハネムーンよ」

 にっこり笑って抱き合う。

 唇を重ねたままベッドへ戻り、私達は再び愛を確かめ合った。

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