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整形手術で私は美貌の維持に務めてきた。お金はかかるが、これからもずっと続けるつもりだった。
だから、唐突に終わりを告げられても呆然とするしかなかった。
「何を……言ってるの……?」
診察室に座り、医師の説明を受けたばかりの私の声が擦れる。
「だから、新たな整形手術はもう限界だ。かなり手を入れてきたからね。私ではもう処置しきれない」
これ以上手を加えるとバランスが壊れ、顔が崩れる事態になりかねない。かなり限界まで踏み込んでいるとも告げられた。
「ふざけないで! 美貌がなければ私は咲き続けられない。美しさを失ったら、女神ではなくなるわ!」
医師の肩を揺さぶる。冷静さなんて、すでに放棄した。整形手術ができるかどうかは、私にとって死活問題なのだ。他に何も考えられないくらい必死になって当然だった。
「医師として、これ以上君の顔にメスは入れられない。失敗の可能性も高くなるからね」
「それでも私は……私は……!」
椅子から滑り落ちるように床へ両膝をつき、みっともなく泣きじゃくる。
整形手術ができなくなれば、重ねる年齢に合わせて美貌が失われていくのは当然の理だった。
私は美しさを得たからこそ優綺美麗に慣れた。それが消えれば東雲杏里に逆戻りだ。
「嫌よ! あんな惨めな人生はもう嫌! 私はスポットライトが当たる世界で輝いていたいの!」
「その結果、見られない顔になるかもしれない。今ならまだ他の女性よりは綺麗でいられる。それで満足せんかね」
私の望みは誰よりも美しくあること。叶わない人生なら必要ない。
はっきりと告げたが、やはり医師は頷いてくれなかった。
「今日はもう帰りなさい。ゆっくりと考えるんだ。また後日話そう」
普段は色々と話しかけてくる受付嬢も、今日に限っては立ち去る私を見送るだけだった。
魂を失った人形のようにとぼとぼ歩く。誰かに見られるのも気にならない。
気がつけば私は事務所に戻っていた。無意識のうちにタクシーではなく、付き人の満に連絡をしていたらしいのである。
「驚きました。美麗さんがお一人で歩いていたので」
「私だって一人で歩くわよ。珍獣か何かだと思ってたの?」
普段以上に他者を考慮する余裕を失った私は、ささくれ立つ心そのままに満へ八つ当たりする。
棘の付いた辛辣な言葉の数々は、当事者以外の心をも重くする。
沈んだ空気をなんとかすべく、お茶汲みの少女が意を決してあえて明るい声を場に響かせた。
「美味しいレモンティーが入ったんです。皆さんで飲んで安らぎ――」
「――今はそんな気分じゃないのよ! 紅茶を入れるしか能のない女が、私の近くで不愉快な声を出さないで!」
「す、すみません。あの、ご、ごめんなさい……」
「泣かないで! ああ、鬱陶しい! さっさと消えなさい!」
「ひっ!」
持っていたスマホを足元に投げつけられた少女は、涙目で退散する。二度と戻ってこなかろうが、どうでもよかった。
「ど、どうしたんだい、美麗君」
少女と入れ替わりに顔を出したのは社長だった。
「どうもしないわよ。何か用なの?」
「あ、ああ、君に会いに大城さんが来てるんだよ」
社長に紹介され、背後から大城が顔を出した。
「この間の収録依頼だね」
許可も求めずに室内へ入り、大城は私の正面側のソファに座った。
「ええ。いともあっさり若い娘に乗り換えるとは、大城さんもお好きですね」
「……まだ冷静さは戻ってないのかい? 私はね、君の度胸と頭の回転の良さを評価していたんだ。多少落ち目になった程度で取り乱すとは君らしくないじゃないか」
私が怒りを増幅をさせてるとも知らず、大城は説教じみた台詞をさらに追加する。
「従来のやり方が通じなくなったのなら、モデルチェンジをすればいい。本格的に女優業に挑むのも手だ。君は私と手を切りたがっているみたいだが、早まった真似はしない方がいい」
「早まった真似? 若い女に尻を振られてホイホイついていく男を見限って何が悪いのかしら。どうせここに来たのも、目当ての女がいなかったからでしょ。生憎と私はもう貴方と無関係なの。里亜砂とよろしくやってなさいな。男として枯れる前にね」
「……残念だ」
挑戦的な言動と台詞をぶつけられ、表情を消した大城が一言だけ発した。完全な別離の言葉だとわかっても、私には撤回するつもりも彼を引き止める気もなかった。
募る苛立ちと焦りは自制心を失わせ、これまで一緒に仕事をしてきた人間や取り巻きにさえも当たり散らすようになった。
一方で里亜砂は、事務所の支援もあって加速度的に人気を得ていた。デビュー当時よりも業界の知識と余裕を手に入れた彼女のもとに、私を支援していたはずの人間たちも流れていった。
あんな恩知らずどもはもう必要ない。すぐに愚かな判断を後悔させてやる。
そうは思っていても、満が取ってくる仕事はろくなものがない。今朝もさほど有名でもない衣料ショップのセレモニーとかいう、わけのわからないスケジュールが組まれていた。
「こんな低レベルな仕事を私にさせるために付き人をしているの!? だったら貴方はもう不要よ! 何の役にも立たなかったあのお茶汲み女みたいに辞めてしまいなさい!」
ほんの少し私に怒られただけで翌日に辞職願を出した女とは違い、糸原満はすぐに頭を下げて謝罪した。
「申し訳ありません。私の努力が足りませんでした。今後はもっと頑張りますので、どうか美麗さんのそばに置いてください」
「……フン! わかればいいのよ。さっさと他の仕事を取ってきなさい!」
「はい。失礼します」
満がいなくなり、一人ぼっちとなった室内で爪を噛む。社長ですら、私の個室には近寄らないようになっていた。
私はこんなところで終わる女じゃない。魅力を活かす仕事さえできれば、人気も人脈もすぐに復活する。
「見てなさい。必ず、周りの人間を私の美しさで跪かせてあげるわ……!」
移り変わりの激しい芸能界。明確な後ろ盾を持たない者の人気の下がり方は顕著だ。
事務所が力を入れるのは新人の里亜砂。かつてはビジネスパートナーだった大城も全力で彼女を支援している。
例のハゲ社長も里亜砂についたようだ。どんな見返りがあったのかは不明だが、きっとろくでもない条件を交わしたのだろう。
表では清純ぶって、裏では男に媚を売って尻を振る。そんな女に負けたくはない。
気持ちは強いのだが、いかんせん結果に表れてくれない。
これだと思う仕事をしても評価は上がらず、頼みの綱になりつつあったトーク番組の視聴率も二桁を切るのが当たり前になった。
局内で公然と打ち切りを囁かれるようになり、焦りや不安が爆発。私は自ら番組の降板を喧嘩腰で申し出た。
事後報告をしても事務所は――社長は怒らなかった。淡々と番組降板に伴う業務を行った。
――私がもっとも気に入らない形で。
「どういうことよ!」
番組降板から一週間後。所属する事務所の社長室で私は声を荒げていた。背後には付き人でここまで同行中の満もいる。
疲れたような顔つきで、椅子に座ったままの社長が立派な机に肘をつく。
「君が知った通りのことだ。勝手な降板で局に迷惑をかけたからね。優綺美麗に匹敵するタレントを、うちから代わりに提供しただけの話さ。番組を嫌だと言って降りたんだ。君にはもう関係ないだろう」
「ああ、そう。私を使い捨てにするつもりだったのね。いいわ。こんな事務所、こっちから願い下げよ。辞めてやるわ!」
憤って社長室を飛び出た私の耳に社長と満の会話が聞こえてくるも、立ち止まって内容を正しく把握したいとは思わなかった。
元に戻すと社長が言っていた警護の数は、すでにゼロになっている。所詮、私は事務所にとってそれだけの存在だったのだ。
なら正しく評価をしてくれる場所に移籍すればいい。簡単な話だ。
駆け足で追ってきた満が合流するなり、彼に告げる。
「決めたわ。私は事務所を移籍する。貴方はどうする?」
「……私は最後まで美麗さんのそばにいます。ですから、移籍するというのであればご一緒させていただきたいです」
「そう。なら勝手になさい」
スマホを手に取り、まだ事務所内だというのに知り合いの芸能事務所の社長に連絡をする。
「なっ――! 私が必要ないとはどういうこと!? だったら後で後悔してなさい!」
涙が流れそうなくらいに悔しかった。
電話をかけた事務所に、ことごとく断られる。片っ端から話を持ち掛けたのにだ。
「どうしてよ! この私が移籍をしてあげると言ってるのよ。諸手を挙げて歓迎すべきでしょう!」
同意するのは満ただ一人。電話向こうの相手は、面倒くさそうに通話を終了するばかり。
抑えきれない憤怒が勝手に私の体を動かし、作られた握り拳が横から事務所の壁を叩く。
ドンと強い音が鳴り、壁が軽く震動する。手に伝わる痛みなど、微塵も気にならない。
事務所の各部屋から何人かが顔を出したが、音の発生源が私だと知るとすぐに顔を引っ込めた。
「フン。君子危うきに近寄らずとでも言うつもりかしら。どいつもこいつも!」
もう一度壁を叩く。今度は誰も様子を見に来なかった。
荒い呼吸を繰り返す私に、背後から満が遠慮気味に声をかける。
「美麗さん。よろしければ私が他の事務所にコンタクトを取ってみましょうか?」
少し考え、半ばどうでもいいという感情と一緒に役目を満に押しつける。
「なら任せるわ。私は帰るから。送らなくて結構よ」
後ろを振り返らずに言うと、そのままの足で事務所を出る。
サングラスをかけているだけなので、見る人間が見ればすぐに優綺美麗だと気付く。
少し前は一瞬で人だかりができたのに、今はそんなこともない。何人か気づいたものが、指差すように私の話をするだけだ。
そうした視線や声から逃れたくて、足を速めて適当に歩く。
気がつけば見知らぬ場所――寂れた道に入っていた。住宅街だが並ぶ家は年季の入ったものが多く、個人で運営しているような小さな町工場もある。
機械類が置かれており、数人の従業員が忙しなく動き回っている。何を作っているのかは知らないが、なんとなく目を引かれた。
「お茶が入ったわよ」
工場と隣接している家屋から、一人の女性がラップで包んだおにぎりや麦茶らしき液体の入ったコップを乗せたおぼんを持って現れた。ふとその顔を見た瞬間に、私は言葉を失った。
その女性はかつて私が業界から追い落とした華憐――北川希だったのだ。彼女は笑顔で若い男性の一人に話しかける。
作業員が協力して簡易スペースを作り、テーブル代わりにしたダンボールにおぼんが置かれる。各々がおにぎりを手に取り、美味しそうに頬張る。とても幸せそうな光景だった。
やがて作業員の一人が、自分たちをじっと見る私の存在に気づいた。近所の風景に馴染まぬ出で立ちに興味を覚えたらしく、他の人間にも伝えていく。
もちろん質素な服装にエプロンをつけた北川希も知ることとなり、憎んでいるであろう私をその視界に捉える。
ハッとしたように親しげにしていた若い男性の隣から立ち上がり、小走りで近寄る。
「貴方、優綺美麗さんよね。久しぶり」
憎悪などひと欠片も感じさせない声と表情だった。
意表をつかれたみたいになり、私も無意識に「お久しぶりね」と応じていた。




