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ただ美しく……  作者: 桐条京介
第2部 1章 君臨
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 優綺美麗の後継者。新たな女王。

 様々な呼称で呼ばれ、あらゆる場所でもてはやされていたはずの華憐という女は、最初から存在しなかったかのようにメディアから姿を消した。

 人気が凋落していたところに加え、まだ女帝と扱われていた私へ手を出したのが大きな問題となった。華憐の低迷によって、優綺美麗の存在感が一層際立っていたせいでもある。

 やはり女帝に代わりなどいない。優綺美麗の王制は絶対だ。そんな囁きがそこかしこから漏れ聞こえ、華憐に手を貸していたはずの者達もこぞって戻ってくる。

 この世界で生きている以上、手のひら返しは日常茶飯事。糾弾するなんてみっともない真似はしない。優雅な微笑みを携えて、迎え入れるだけだ。

 器の大きさと女としても魅力は、枕営業などしなくとも存分にアピールできる。求めても応じられない寂しさは、他の女で解消すればいい。その結果、私の価値はより高まる。

 勝手に自爆した女のおかげで、市場における私の商品価値は増大した。あくせく働かず、余裕で仕事を選べるほどに。

 朝は事務所の個室でゆっくりするのが日課となり、今日も常に用意されているお気に入りのレモンティーを片手に適当なテレビ番組を眺める。

「栄枯盛衰とは言うけれど、これほど顕著な例も珍しいわね」

 私の言葉に、同席中の社長が頷く。華憐との一件を経て、社内における優綺美麗の評価も最上となっていた。

「この状況を見抜いていた君の慧眼には恐れ入るよ」

「社長だって最初からわかっていたでしょうに。枕営業なんて長続きしないわよ。のし上がるための手段として否定はしないけどね」

「そうだな。過去にはそうして大物になった人間もいる。単純に彼女がその器になかっただけだな」

「己の身の程も弁えずに夢を見るから落ちぶれる。太陽に近づきすぎてしまった英雄みたいね。フフ、彼女と一緒にされたら過去の英雄たちが怒るかしら。撤回しておきましょう」

 レモンティーのおかわりを運んでくれた若い女性スタッフも、私の言葉に一緒になって笑う。部屋の隅で待機している付き人の満だけは、いつもと変わらぬ真面目な顔をしたままだが。

 糸原満の評価もずいぶんと上がっている。付き人という職務が長続きしていることもそうだが、彼が補佐するようになって以降、私もより魅力的になったからというのが理由らしい。

 魅力的といえば聞こえはいいが、要はスタッフいびりが減って扱いやすくなったというのが本音だろう。特に憤る理由はない。最初は何者もよせつけなかった女帝が徐々に心を開く。民衆はそうした展開に弱いものだ。私の人気を盤石とするためには、利用できるものはすべて利用するつもりだった。

「さて、そろそろ仕事をしに行きましょうか。今日の予定はどうなっているの?」

 視線を向けずに、声だけで付き人の満に尋ねた。

「はい。本日はこれよりCM撮影と映画の試写会。契約するスポンサーの新商品の発表会への参加。その後に河合プロデューサーとのお食事の予定となっております」

 河合という名前の男は、大城が懇意にしている例の男だ。彼の番組で、私は華憐となった北川希と久しぶりの体面を果たした。

 まだ人気が出る前だったにも関わらず、華憐が私に噛みついても河合だけは慌てていなかった。恐らくは彼女がそうすると事前に知っていたのだ。

 事務所に所属したての華憐が媚と肉体を売り、最初に取り入ったのが河合である。彼と知り合って以降、人気が高まり出したので間違いない。実際に愛人関係じゃないかという話もちらほらと聞こえていた。

 その河合が私と食事をしたがるのだから、華憐を見捨てて乗り換えるつもりなのがわかる。肉体を提供するつもりは毛頭ないが、面白そうだから付き合ってやろうと予定に組み入れていたのである。


 華憐人気の急降下っぷりは、どこに行っても話題となる。

 散々チヤホヤしていたくせに、今さらになって優綺美麗のライバルを名乗るなんておこがましいなどと言ったりもする。

 メディアに見放された華憐を、今さら救ってやろうとする者はいない。せいぜいが欲望の解消相手として利用し、枠が余った深夜番組の水着モデルをやらせるくらいである。

 ここでも華憐――北川希は間違いを犯した。私と対等に話せる位置まで戻りたい一心で、小さな制作会社の人間とも寝るようになったのだ。

 人気が低下していようともテレビで名前を売っていたのだから、もっと自分を出し惜しみしてもよかったのだ。遠回りのようでいて、意外な近道となる。なのに彼女は地方のADにまで色目を使った。

 どんな形でも毎日テレビへ出演するのを選択し、そのために惜しげもなく自分の肉体でさえも使った。事務所は彼女を止めず、逆に背中を押した。期待などしておらず、最初から使い捨てる気満々だったのである。

 それをまだ目をかけてもらえていると勘違いした華憐は、顔と名前を忘れられないためにどんな小さな番組でさえも嬉々として出演した。

 過激な写真集も出した。Tバックはもちろん、手ブラやシーツ一枚で体を隠した全裸などの淫らな姿などだ。そうなると余計に清純さを求める仕事は来ない。

 ねっとりとした濡れ場のある映画に出演したかと思ったら次はVシネマで乳房を晒し、公開に合わせてとうとうヌードにもなった。

 火が消える前の最後の輝きも同然で、彼女の姿を完全に見なくなるのも時間の問題だった。

「お疲れ様でした」

 控室で新商品発表会での仕事を労われていると、満に案内されて大城と河合がやってきた。

「まあ、お二人揃って私を見に来てくださったんですか?」

「そんなところだよ。美人は見ているだけで目の保養になるからね」

 大城は笑う。彼は誘われても華憐になびかず、私への支援を続けたうちの一人だ。おかげでより懇意な関係になっている。

「今日の食事会に同席することになったよ。彼が美麗君と私に、是非とも案内をしたい店があるのだそうだ」

「楽しみですわ。期待させてもらいますね」

 視線を向けると、河合は「もちろんです」と何かを企んでそうな顔で頷いた。


 案内されたのはキャバクラと呼ばれる夜のお店で、その中でも高級な部類に入る。

 慣れた様子で案内する河合に続いて、付き人や関係者に周囲を守られた大城や私が入店する。マスコミ対策であり、もちろん人けのない裏口から店内へ移動した。

 一晩借り切っているようで他に客はいない。立ち並ぶ接客担当の女性の一人に、河合は軽く手を上げて挨拶する。

「この前の約束通り、業界の有力者の方々を連れて来たよ」

「ありがとうございますぅ。他の薄情な人たちと違って、河合さんは本当に頼りになります。このお礼はまたあとでゆっくりとさせていただきますね」

 河合に腕を絡め、煌びやかなワンピースから覗く乳房を扇情的に押しつけたあと、女は案内されて店内に立った私達を見た。

「いらっしゃいませ。本日……は……」

 自分が誰を接客するのか気づいた瞬間、女の――北川希の表情が険しくなった。

 動揺を隠しもせず、苛立ちを含めた視線で河合のニヤけ顔を射抜く。「これはどういうこと!?」

「さっき言った通りだよ。VIPの方々を立たせたままにはしておけないので、早く席に案内してもらえないかな」

 河合はこの店の上客らしく、店長自らが案内を行う。呆然としていた華憐も促され、渋々といった感じで席につく。

「美麗さん、知っていますか? こっちの子は少し前まで華憐という芸名で人気だったんですよ。この店でも同じ名前なんですけどね」

 河合の台詞に対して、わざとらしく首を傾げる。

「あら。こうしたお店では別の名前を使うものだと聞きましたが、どうして変えられなかったのでしょうか」

「それはですね。店で知り合った客に取り入り、もう一度光の当たる舞台へ戻ろうとしたからです」

 私と河合のやりとりに、華憐が唇を噛む。とても接客どころではなさそうだ。

 彼女の前に私を引きつれて罠にはめるつもりかと思ったが、どうやら違うみたいである。

 大城まで同行させたのは、完全に華憐を切って私――優綺美麗を支援するから、これまでのいきさつは水に流してほしいというものだ。

 自らが身を置く世界をそういうものだと受け入れている私は、嫌味など言わずに調子を合わせる。それが彼を許した証拠となる。

 大城も同様の考えのようで、針のむしろとなった華憐を言葉で甚振る。

「戻ったところで居場所はないでしょう。最終手段を最初から使ってしまったのですからね。まあ、それなりにいい思いをした者もいるでしょうが」

「これは手厳しい」河合は苦笑する。「ですが否定はしません」

「誰と誰がビジネスパートナーになるのかは強要できません。仕方のないことですわ。それに彼女も十分な見返りを得たのでしょう?」

 私の問いかけに頷いたのは華憐本人ではなく、この店を接待場所に選んだ河合だった。

「もちろんですとも、特殊な遊びにも付き合ってもらいましたからね。力の限り支援しましたよ」

 おかげで華憐はヒエラルキーの頂点まで登りつめた。そこで満足した彼女は知らなかった。辿り着くより、維持する方がずっと難しい事実を。

 単純に肉体だけで人を繋ぎとめられると侮っていたがゆえに、転落の時期も早まった。再浮上しようにも最大の武器はすでに飽きられていた。なすすべく転がり落ちた。

「タレント業だけで食えなくなった彼女に、この店を紹介してあげたのも私です。少しでも身分の良い客を見つければ尻の軽さを発揮して、順調に指名を増やしているみたいですよ」

 華憐の近況報告を知らされた瞬間、私は吹き出してしまった。この女は何一つ懲りず、学びもしていなかったのである。

「笑うな! 河合さんや大城さんと一緒にいるってことは、アンタが裏で手を回して私の活躍を妨害したのね。絶対に許せない!」

 怒りで肩を震わせても、周囲では私の関係者及び店の黒服が目を光らせているので危害を加えるのは不可能だ。恐らくは河合が事前に店長へ、今夜の一件についての説明を行っていたのだろう。そうでなければもっと騒ぎになっていてもおかしくない。他の女性スタッフが平然としているのを見ても明らかだ。

「難癖をつけるのはやめてもらえるかしら。すべて貴女が招いたことよ。枕なんて一時的な成果しか生まない。しかもすぐに飽きられて終わる。今の貴女みたいにね」

「知った風な口をきかないで!」

「人の忠告は素直に聞くものよ。貴女以外にも枕をしてもいいという若くて綺麗な女性がいたら、すぐに取って代わられるわ。肉体を使うなら、仕事を取ったあとがもっとも大切になる。けれど貴女は舐めた。人気でさえも自分の魅力でどうにかなると思った。チヤホヤされて天狗になってしまったのね」

 ワンピースの裾を両手で掴み、顔が変形しそうなほど奥歯を噛む。それでも華憐は何も言い返せない。すべて図星なのだ。

「私は貴女と違う。絶対に媚びない。それが優綺美麗という女。私が無視をしていた理由が理解できたかしら。最初から勝負にならないとわかっていたからよ。そんな相手の言動を、いちいち真に受けても仕方ないでしょう?」

 じわりと、華憐の瞳に涙が溜まる。調子に乗っていた女が、完膚なきまでに叩きのめされる瞬間だ。

「そんなに仕事が欲しいのなら、私の足でも舐めてみる? 丁度、可愛らしいワンちゃんを飼ってみたいと思ってたの」

「く、う……う……ふざ、けないで……!」

「あらそう。残念だわ。大城さん、河合さん、本日は楽しかったですわ。私はこれで失礼します」

 言って立ち上がり、私はこちらを睨みつけもできずに顔を伏せ続ける華憐――北川希を一瞥する。

「私のいない世界でナンバーワンを目指すといいわ。もっとも夜の舞台も、負け犬風情が簡単に極めれるような甘い場所ではないでしょうけどね」

 歩き去る私に追いすがるよう、女の嗚咽が届いてくる。勝者が敗者を振り返る必要はない。成功へと続く前だけを見て歩けばいい。

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