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ただ美しく……  作者: 桐条京介
第2部 1章 君臨
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 バラエティに留まらず、ドラマや映画にも華憐の名前が躍る。主役でないとはいえ、脇役でもない。スターダムに駆けのぼる女のシンデレラストーリーに、お茶の間も夢中になる。

 相も変わらず公然と優綺美麗がライバルとのたまうので、各メディアは面白がって対比を掲載するようになった。ここで事務所が圧力をかけたりしたら、勝てる見込みがないのかと言われかねない。

 社長は痛し痒しかもしれないが、私は泰然自若そのもの。すぐそばまで迫られたからといって、焦る必要はどこにもない。

 それは華憐の存在が世間に認知されだした頃から、ずっと私が言い続けていることだった。同じ土俵に立たず、ただ時期が来るのを待てばいい。

 私より早く映画の主演になろうとも、多くのCM契約を抱えようとも、騒がず喚かず悠然とする。それこそが優綺美麗なのだから。

「美麗さん、これより雑誌の取材が入ります。よろしいでしょうか」

 事務所にあるいつもの私の個室。付き人である満が許可を求めた。

「ええ、構わないわ。先方の質問に答えてあげればいいだけだったわね」

「はい。私も同席し、NGの質問が出た際には取材を一時中断、最悪の場合は中止にします。主な話題は、先日出演した映画についてです」

 頷きを返事として渡す。サブヒロインとして出演した映画は、漫画原作のアクションだった。公開まで一ヶ月を切っており、各出演者による宣伝活動にも熱が帯び始めている。

 満に促されて、雑誌社のインタビュアーの女とカメラマンの男が入室する。女は三十代後半、男は二十代前半といった印象だ。対面に座り、名刺を差し出して軽くお辞儀をする。

「本日はよろしくお願いします」

 名刺をテーブルの上に置いたまま、取材が開始される。事務所の女性スタッフが、上質の紅茶を人数分カップに入れて運ぶ。

 香りを楽しみ、軽く含んで口内を爽やかにする。邪険に扱うつもりはないが、真剣に応じるつもりもなかった。

 差し障りのない受け答えをしているうちに、取材も終盤に差し掛かる。一瞬の躊躇いの後、女は意を決したように新たな質問をぶつけてきた。

「ライバルである華憐さんのご活躍ぶりを、どのようにご覧になっていますか?」

 ドアを開けたまま室内の様子を窺っていた社長を含めた事務所スタッフが、にわかに殺気立つ。要求した覚えはないのに、その話題がいつの間にやらタブーになっていたせいだ。

 一方で忠実な付き人だけは動かない。私が特に取り乱さず、相手の質問を受け入れたためだ。

 優雅かつ落ち着いた動作で静かにカップをテーブルへ置く。相手を真っ直ぐ見て、向けられれば男女問わず蕩ける極上の微笑を披露する。

「とても嬉しく見ていますわ。業界に活気が満ちるのは良いことですもの。彼女であれば、きっと誰よりも高く羽ばたけますわ」

 嫌味でも皮肉でもない。偽らざる私の本心だった。


 やがて取材も終わり、雑誌社の男女はお礼を言って退室した。その際に交わした小声での会話が耳に届く。

「優綺美麗、ずいぶんと余裕でしたね。足元を脅かされるどころか、とっくに華憐に追い落とされたってのに」

「しっ! 聞こえるわよ。貴方はまだ若いから知らないでしょうけど、この世界はそう単純じゃないの。それと発言には気をつけて。巻き添えで社に損害を与えられたらたまらないわ」

 若い新入社員を、ベテランが叱る。女の言ったとおり、単純なようでいて複雑なのがこの世界だ。

 綺麗も汚いもすべて一緒くたに詰まった場所で生き抜かなければならないからこそ、先読みの能力とブレない胆力が必要になる。目先の成果欲しさに、手っ取り早い手段を用いてはいけない理由がそこにあった。

「あの、美麗さん」

 少しだけ言いにくそうに、テレビ番組の収録のための移動を満が告げる。彼の気持ちは理解できる。共演者に華憐の名前があるのだ。

 判明した時点で社長は断るべきだと言ったが、私の一存でオファーを承諾した。恐れる必要も、避けて通る理由もない。

「ええ、行きましょう。どのような展開になるのか、少し楽しみではあるわね」


 トークを主体としたバラエティ番組への出演は、映画の宣伝も兼ねている。

 華憐も私とは別の映画に準主役で出ており、一部マスコミではどちらがより多い観客動員を得るのか記事にしていた。その結果で優綺美麗は女帝の座を追われるとも。

「お久しぶりね、負け犬さん」

 収録が休憩に入るなり、他の出演者を押し退けて華憐が私のもとにやってきた。

「ずいぶんと乱暴な言葉を使いますわね。人気のタレントなのですから、気を遣った方がよろしいですわよ」

「余裕じゃない。あ、そうか。私との差を知るのが怖くて、テレビや雑誌に一切目を通していないのね。それなら、負け犬にならなくて済むものね」

 黙って小首を傾げると、憤った華憐が私の胸元を掴もうとした、さすがにそれはマズいと、近くにいた共演者が慌てて彼女を止める。

 少し離れた位置で面白がっているのは、人気では私どころか華憐にも到底敵わない女たちだ。嫉妬の炎が全開となった視線が、焦がすように肌へまとわりつく。

 華憐同様の手法を使ってきた者も少なくないだろうに、上へ行かれると呪い殺さんばかりに嫉妬する。特に一度でもスポットライトを浴びた人間ほど、その傾向は強くなる。

「私はもうアンタを超えた。出演していたCMだった奪ってやったわ。けど、これで終わらない。ムカつく面が泣き顔に変わるまで、徹底的にやってやる!」

 先日、私が出演していたCMの一本が契約更新をされず、華憐に代わっていた。枕営業を暗に示され、断った男が会長を務める企業のものだ。

 てこでも首を縦に振らなかった私と違い、華憐は求められるままに何度も応じたのだろう。どのような状況であろうと、どのようなプレイであろうと。

 自身の肉体を対価として得た仕事なのだから、大切にしてほしいものだ。

「頑張ってください」

 演技ではない。本心であるがゆえに、ますます相手の怒りを煽る結果になる。

「どうしてよ! ここまでされて、まだ私を無視するの!?」

 共演者に肩を掴まれながらも、飢えた野犬のごとく血走った目で迫る。

 たいした迫力ではあるが、この程度で臆したりはしない。けれど、せっかくなので相手にしない理由だけでも教えておいてやろうと私は口を開く。

「私が貴女を相手にしない理由は、すぐにわかるわ」

「負け惜しみもそこまでくると立派だわ。見てなさい。アンタなんか、奈落の底まで落としてあげる……!」

 高級ブランド物の財布で私を口説こうとした業界人も、華憐に熱を上げている。近辺にいる者はこぞって彼女を口説いている印象だ。

 それを人気の象徴だと思っているみたいだから、愉快この上ない。さらに彼女を真似て、他の女まで同じ手を用いている。愚劣にもほどがある。

 おかげで周囲は淫らな誘いの言葉が飛び交い、私までその真ん中を歩かされるはめになった。もっとも他の連中と違って、素通りしているだけだが。

 休憩が終了して、撮影が再開される。収録の間中ずっと華憐は敵意を剥き出しに、何かあるたびに私へ絡んできた。


 それからも華憐の人気は続き、天下を取ると思われたが、収録での対面から一ヶ月ほど経過した後に状況が徐々に変わりだした。

 出演した映画は鳴かず飛ばず、ドラマの視聴率も悪い。挙句には短期契約だったらしく、CMも次々に終わっていく。

 次の契約を求めても、なかなか応じてもらえない。当たり前だ。彼女に仕事を提供した男たちは、最終目的であった肉体奉仕をすでに得ている。愚かな女は何度でも同じ方法で成果を積み上げるつもりだったのだろうが、富や権力が相手なら簡単に股を開くとわかった女にそこまでの魅力を感じるはずがない。大抵は見返りに渡した仕事が終わるまでの関係となる。

 それを理解できなかった華憐は今後もよろしくと猫なで声を出しては、男の上で淫らに踊ったのだろう。当初は奉仕相手も満足してその気になっていただろうが、誰でも彼でも寝れるとわかれば価値は激減する。

 私達の肉体は商品と同じだ。一度安い価格で販売してしまうと、元の値段に戻った際には誰も手をつけてくれなくなってしまう。ゆえに苦しいからといって、簡単に値下げをしてはいけないのである。

 華憐を筆頭に、枕営業で業績を伸ばしていた女達は、私が黙って見ている間に一人また一人と消えていった。

 男というのは我儘なもので、妻にしたい女性でもなければ、それこそ一夜限りの関係だけを求める。手っ取り早く貪れると知れば、二度目三度目もあるが決して深い関係にはなろうとしない。だからこそ飽きれば簡単に切り捨てる。枕営業というのは短期で成果を得られる代わりに、自身の価値を低下させてしまう諸刃の剣だ。東雲杏里時代にスナックでの勤務経験のある私は、似たような女を何人も見てきた。先に待っている最高の結末は、肉体を提供した相手との婚姻関係。それ以外の末路は悲惨なものだった。

「美麗さん、そろそろ番組収録の時間です」

 控室で出番を待っていた私を、スタッフから伝えられた満が呼びに来る。私の付き人としての期間は、すでに歴代最長を更新中だ。

 収録を行うスタジオへ入る。その際にはプロデューサーが大きな声で「優綺美麗さん、入られます」と場にいる全員に教えた。

 渦を巻くように、挨拶が一斉に起こる。これから撮影されるのは、特番のバラエティ番組だ。舞台を彩るのと男性視聴者のために、背後には複数の女性たちが水着姿で立っていた。

 椅子に座るのも許されず、露わにされた胸元を強調して揺らすだけの仕事だ。本来ならこんな低俗さを伴う番組に私は出演しない。今回は特別だった。

 水着女の一人に目を止め、薄い唇を吊り上げる。きっと当人には、邪悪な魔女みたいに見えているだろう。

「あの女、薄汚れていそうで私の背後を彩るには不適格だわ。変えてくださらない?」

 無礼とされる指差しをして示したのは、露出度の高い水着を纏って肩を震わせる華憐――北川希だった。

 肉体に飽きられ、権力者から相手にされなくなった華憐がこんな仕事を受けたのには理由がある。業界でも一目置かれている大城の仲介だったからだ。

 私が大城に頼んだとも知らず、新たなコネクションを作れるかもしれないと、つい最近まで人気絶頂だったはずの女は意気込んで水着になる仕事を受けた。恐らくはこの後に枕営業もするつもりで、体に磨きをかけてきているはずだ。

 けれど実態は違う。すべては格の違いを知らせるために、私が仕組んだこと。大城にもすでに許可は取ってある。彼女の事務所も把握している。知らないのは本人だけだ。

「男相手に体を売る牝豚のにおいって苦手なの。早く退出させてもらえるかしら」

 クスクスと笑う周囲の女たち。華憐の成り上がり方は異常だったので、どのような方法を使っていたかは業界に身を置く人間なら誰もが知っている。

 多かれ少なかれ手を染めている人間もいるだろうが、華憐の場合は度を超えていた。そのため周囲に彼女の味方はいない。取り巻きだったはずの女どもまでが、落ちぶれた姿に嘲笑する。

 恥辱に耐えきれなくなった華憐が激昂する。周囲が制止する暇もないほどの勢いで並んでいた列から飛び出し、私の衣装の襟を掴んだ。

「あの女なんて呼ぶな! 私には華憐という名前がある! 北川希という本名だってあるんだから!」

 慌てて寄ってきた男性スタッフが彼女を引き剥がす中、掴まれた襟を正しながら私は感情のこもらない声で告げる。

「貴女の名前なんて誰も覚えてないわ」

「――っ! ……あ、ああ……うああ……! あああ――っ!!」

 己の敗北を知った憐れな女が泣き崩れる。

 これで理解できたかしら。私は優綺美麗。東雲杏里とは違う。虐められるだけの存在ではないの。敵意を剥き出しにするのなら、容赦はしない。

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