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ただ美しく……  作者: 桐条京介
第2部 1章 君臨
43/62

おはようございます。

一年以上ぶりでしょうか。それくらいの続きとなりました。お待たせして申し訳なかったです;

今作はこれで完全完結となります。

どうか最後までお楽しみいただければ幸いです。

 あらゆる舞台は私のために用意され、渦巻く歓声が究極の美を絶賛する。新雪よりも眩く白い肌は降り注ぐ照明すら跳ね返し、圧倒的な存在感を誇る。

 私の一挙手一投足に群衆は注目し、お金を落とす。群がる権力者は躊躇いなく跪き、言われるがままに靴さえ舐めようとする。

 身に着けただけで衣服の価値は圧倒的に増し、飛ぶように売れる。雑誌の表紙はすべて私が支配し、他の女どもは引き立て役として使われるだけ。

 私は女帝。

 私は女神。

 私は――優綺美麗ゆうきみれい。極上の美貌を手に入れた女。


 都心で開催されたファッションショー。ステージのヒロインは私以外にいない。

 他の女たちならいざ知らず、優綺美麗として絶大な人気を誇る私が、ステージ脇で熱狂する観客に媚を売る必要はない。

 誰もが瞳どころか心まで奪われる容姿の端麗さを披露してあげるだけで、感謝されて当然の存在なのである。

 うっとりとした女が私の名前を呼ぶ。冷めた視線を送るだけで、まるで絶頂でもしたかのようにその場へ崩れ落ちる。

 なんて無様なのかしら。嘲るように唇を吊り上げても避難などされない。逆に氷の女帝と、さらなる賞賛と陶酔を浴びるだけだ。

「今回のショウに、特別に参加していただきましたのは優綺美麗さんです。皆様ご存知の通り、彼女は日本――いや世界のヒロインと言っても過言ではありません」

 有名なアナウンサーらしいが、名前すら覚えていない若い男性の司会者が私の紹介をする。内容に偽りはない。すべてが真実だった。

 世界でもっとも美しい顔で一位を獲得し、テレビに出演すれば私見たさの視聴者が殺到して軒並み高視聴率。カリスマなんて安っぽい呼称ではなく、今や女神とまで呼ばれる存在になっていた。

 共演者や視聴者だけでなく、テレビ局やスポンサーの動向でさえも関係ない。すべては私の思うがまま。何かに配慮する必要などないのだ。

 広大なステージを一人で闊歩する。前座同然の他のモデルは、ステージ脇で拍手をしている。純粋な憧れを抱いている女は一人もいない。露骨に敵意を剥き出しにしているか、媚びるような笑顔を浮かべる取り巻きタイプばかりである。

 ああ、つまらない。仏頂面を崩そうともせず、ステージの上でわかりやす過ぎるくらいにため息をつく。

 本来なら嫌悪感を抱かれるはずの動作でさえ、私が行うと神々しさを伴う。ステージ上の女神に与えられるのは賞賛だけだ。

 私のために調整されたスポットライトを浴び、一度だけフンと鼻を鳴らす。本当にくだらない。

 纏っていたドレスの裾をふわりとさせ、私は身を翻す。向かったのはステージの出入口。

 これからステージ上で挨拶やらがある予定だったが、そんなものに付き合ってる暇はない。私の姿を一目見られただけでも感謝するべきだ。

「あ、ありがとうございました。本日の特別ゲストの優綺美麗さんでした」

 機転を利かせた司会者が、さも予定通りだとばかりに会場内の客たちへ告げる。

 声が聞きたいと不満そうにする者は皆無だ。逆にこの横暴さこそが、氷の女帝たる優綺美麗だという声が上がる。

 飼い慣らされた可愛い犬たちは微笑ましいが、餌はもうあげた。律儀にスケジュールをすべてこなす必要はない。そもそも私が出演すると宣伝した時点で入場券は完売。主催者もおおいに儲けたはずだ。

 その他大勢で着替える他のモデルとは違い、私には個室が用意されていた。これも異例のことだが、優綺美麗にとっては当たり前。そこらの石ころと同じ扱いをされては、せっかくの宝石に傷がついてしまう。

「美麗さん。さすがにやりすぎです」

 控室に入り、ソファに腰を下ろした私に、生意気にも一人の女が注意してきた。

 女は付き人だ。芸能界へ身を置くようになって、何人目の担当かは数えていない。替えの利かない私と違い、幾らでも補充が可能なのでほんの少しだけ羨ましかったりする。

「どうしてかしら。ステージには上がったわよ。それとも、私に文句でもあるの?」

「いえ、それは……」

 何度か自己紹介をしたみたいだが、興味もないので名前は覚えていない。その程度の女が、私に意見するなど不愉快極まりない。

 足を組み換え、委縮する女を睨みつける。ますます何も言えなくなり、室内に緊迫した空気が満ちていく。

 私に気を遣う主催者はむやみやたらと控室に入ってきたりはしない。言い換えれば、女を助けようとする者は誰も来ないのである。

「実に不愉快だわ。今日の仕事はすべてキャンセルね」

「なっ……だ、駄目です。深夜まで分刻みのスケジュールになっているんですよ!?」

「それが? 私は不機嫌なの。誰かのせいでね。事務所に多額の債務が発生したら、その人が損害賠償という形で責任を取ればいいだけよ」

 所属する事務所にとって、私は絶対の存在。問題が発生した際にどちらを守り、どちらを切り捨てるかは想像するまでもなかった。

 女の顔色が面白いくらいに変化する。青を通り越して白と言ってもいいほどだ。付き人という仕事をしているからこそ、私が仕事をキャンセルした際の損害額を想像できるのだろう。

 すべての責任が自分にのしかかってくるよりはと考えたのか、中の上程度には見れる女が顔をくしゃくしゃにした。

「あらあら、せっかくの美人が台無しよ。そうだ。私の代わりに貴女が仕事をすればいいじゃない。これで問題は万事解決ね」

「ま、待ってください。ほ、本気じゃないですよね……?」

 窺うような視線を向けてきた女に、私は冷笑と共に本気の一言を届けた。絶望に染まった顔が面白すぎて、お腹を抱えて笑いそうになる。

「ゆ、許してください。お願いします。私なんかに、とても美麗さんの代わりは務まりません」

「大丈夫よ。貴女、美人だもの。自分でも、結構自信があるんでしょ?」

「と、とんでもないです。美麗さんに比べたら、私なんて全然綺麗じゃないです」

 女は涙目だ。いつ涙腺が決壊して、大洪水となってもおかしくはなかった。

「そうなの。なら考えてあげなくもないけど、謝罪するなら方法があるのではなくて?」

 反抗的な態度は一瞬で掻き消える。見下された女になすすべはなく、女神たる私に逆らった罰をその身で受けなければならない。

「きちんと自分がどのような存在なのかも加えて、誠心誠意謝罪をするのよ」

 組んでいる足の爪先に、女の顔がある。私の足元に膝をつき、屈辱と恥辱に顔を歪める。

「ううっ……。ぶ、不細工の分際で、美しい美麗様に、ぐすっ、注意などして申し訳ありませんでした。どうかお許しください……」

「どうして泣いているの? 私が虐めているみたいじゃない」

 足元で土下座中の女に追い打ちの言葉を浴びせる。

「これは貴女が自らの意思で行っているのよね。謝罪と……そして私を楽しませるために」

 楽しませるという一文が新たに加えられても、女はもう逆らおうとしない。頭を上げずに、その通りですと返す。

「それなら足りないわね。そうだ。どうせなら全裸で謝罪してみてくれる? そうすれば私の機嫌もきっと直るわよ」

 顔を上げた女の瞳に懇願が宿るも、無視をする。しなければどうなるかわかるわねという威圧を送ると、いともあっさり陥落する。

 目を伏せ、おずおずと伸ばした手で、まずは履いているジーンズを脱ごうとする。本気で実行するつもりだと理解した瞬間、私の女に対する興味は消え失せた。

 この程度で負け犬になるのね。私の高校時代はもっと辛辣だったわよ。元から綺麗な貴女にはわからないでしょうけどね。

 心の中で矢継ぎ早に呟いたあと、足元の女に「もういいわ」と告げる。

「貴女の貧相な体を見て、本気で喜ぶとでも思ったの? 使えないわね。そこらの野良犬の方がまだ価値ありそうだわ」

「……っ! も、申し訳……うぐっ、うええ……あり、ま……せん、ひぐっ、ううう……でした……」

 裸にならなくて済んだと安堵するのではなく、まみれた屈辱に耐えきれなくなって女は床に突っ伏した。

 その姿が過去の自分を彷彿とさせるようで、余計に腹が立ってくる。

 私は優綺美麗。捨て去った過去のフラッシュバックに苦しめられる理由はない。それなのにこの有様だった。

 苛立ちを付き人にぶつけて発散しても、解決には至らない。直後にこうした気分になるからだ。

「さっさと立ちなさい。分刻みの予定に遅延を出して、本当に損害をその身に背負いたいの?」

「ひぐっ、す、すみません。す、すぐに次の場所へ行く準備をします」

 泣きながら動く女に、ステージ途中で戻って来た私を諫める気概はもうなくなっていた。


 テレビ局に到着すれば、プロデューサーどころか局の幹部がお出迎えする。彼等からすれば私は金のなる木。VIP待遇をするのは当然だった。妬んだり文句を言ったりするのは、己の身の程を弁えられない愚か者だけだ。

 控室に入れば、ひっきりなしに業界の人間が挨拶に来る。芸歴が長かろうと関係ない。番組のスタッフや共演者は常に私に最上の気遣いをする。

「やあ、美麗ちゃん。収録が終わったら食事でもどうかな」

 モテ男と知られる四十代半ばのイケメンタレントが、海外ブランドの高級財布を手土産に誘ってくる。

 飢えた安い女じゃあるまいし、この程度で私を釣れるとでも思ってるのだろうか。表情一つ変えずに突っ返す。

「私よりもお付き合いなさってるという三流のグラビアアイドルにでも渡したらどうです? とても良くお似合いの彼女にね」

 これほどまでにわかりやすい挑発をされても、男は怒らない。まいったなと後頭部に手を当てて笑うだけだ。

「美麗ちゃんが言う通りの三流のグラビアアイドルとは、勝手に噂になっているだけさ。僕はいつでも君一筋だからね」

「まあ、気持ち悪い。出演までの準備がありますから、そろそろ出て行ってくださいます?」

 付き人に目で追い出せと合図するも、彼女は暗い顔で俯いており、こちらを見てはいなかった。

「何をしているの? 彼がお帰りよ。お見送りしなさいな」

「え? は、はいっ!」

 声をかけられてようやく我に返った付き人の女が、言われたとおりにタレントの男性を廊下へ送りだす。

 その様子を眺めながら、私はため息をつく。この分だと、明日からは彼女と顔を合わせることはなさそうね。


 翌日となり、私は前日の予想が正しかったのを知る。

 超高層の高級マンションとなる一番上の部屋まで私を迎えに来たのは、事務所の社長だったからだ。

 私専用の移動車両となるリムジンで事務所へ向かう。セレブを気取りたいわけではないが、女帝であり女神でもある私が電車に乗るなど考えられない。その他大勢に身分の差を理解させるためにも区別は必要だ。

 私の稼ぎで新しいビルに構えられた事務所には、当然のように専用の部屋がある。革張りのソファが中央に置かれ、大理石のテーブルと豪華な調度品が室内を彩る。

 ソファに肘をついてリラックスすると、社長が先日まで付き人だった女が辞職したと言った。私にはどうでもいい話だ。

「あら、そう。二週間程度かしら。意外と持たなかったわね」

「まったくだ。天下の優綺美麗の付き人ができるのだから、もっとしっかりしてほしいね」

 所属する事務所の社長ですらこうだ。社内で面と向かって私に文句を言える人間は誰もいない。そうした意味では、注意を決行した昨日までの付き人は貴重だったともいえる。

「次はもう決まっているの?」

「ああ。今度は男性だ。君を崇拝しているらしいし、どんな仕打ちにも耐えると言っていたから採用したよ」

 とんでもない採用基準で付き人に指名したらしい男を、社長がテーブルの上の内線電話を使って呼び出す。

 すぐにドアがノックされ、つまらなさそうにする私の前で社長は「入りたまえ」と廊下に立っているであろう新付き人の男性に入室を促した。

 ゆっくりと開かれるドア。黒いの革靴と、紺色のスーツ。そこまでは想定通りだったが、男の上半身――特に顔を見た私は驚きで一瞬だけ思考を停止させてしまった。

「初めまして。本日付で美麗さんの新しい付き人となります、糸原満です。どうぞ、よろしくお願いします」

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