表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ただ美しく……  作者: 桐条京介
第1部
42/62

42

 北川希を置き去りにして歩いている最中、マネージャーから小言を聞かされる。といっても、私にご機嫌斜めになられてはかなわないので、かなりオブラートに包まれている。一般人相手にやりすぎです。美麗さんの魅力は、誰もがわかっていますからなど、様々な言葉を駆使しては私に改心させようとする。

「わかってないわね。私が良い子になったら、魅力が減少するわよ。人気のなくなったタレントを、貴方たちは今みたいにチヤホヤしてくれるのかしら」

 いつも決まって、こう指摘すると男性マネージャーは何も言えなくなる。優綺美麗は今が人気絶頂であり、事務所にとっては金の卵を産むニワトリも同然だった。

 丁重に扱うように幹部から直々に命令されているマネージャーは、常に私のご機嫌伺いをしなければならない。東雲杏里ならば大変だなと相手を気遣っただろうけど、優綺美麗は違う。周囲に尽くされて、当然の立場になっている。謙遜なんかは逆に嫌味となって、周りの人間に不快感を与える。だからこそ、私は女王様らしく振舞う必要がある。

「理解したのなら、その話はもう止めてもらえるかしら。貴方と一緒だと、息がつまりそうになるわ」

 まだ何か言いたげな男性マネージャーを振り切り、再び私はひとりで行動する。見慣れた街を歩き、過去の記憶を一致させては密かに懐かしさを楽しむ。

「……この公園は」

 とある公園に辿り着いた瞬間、私は思わず呟いていた。ここはかつて、東雲杏里が醜い己と決別するのを誓った場所だった。ここからすべてが始まったといっても、過言ではないかもしれない。悲しみの想い出が詰まった公園を前にして、両足が震える。けれどそれらはすべて東雲杏里の悪しき記憶であり、私――優綺美麗のものではない。口元に余裕の笑みを携えて、私はあえて公園に足を踏み入れる。

 いつかと変わらない風景に、ふと懐かしさを覚える。想像よりも忌まわしさは感じない。苦しみや悲しみと、見事に決別できている証拠だった。普段と同じ冷静さを取り戻した私は、少しだけ公園でゆっくりしていこうと考える。すると歩いているうちに、よく学生時代に親友と話していたベンチの存在を思い出した。

 そこは公園の奥でひっそりとしていて、あまり目立たない場所だった。ゆえに好んで利用し、学校帰りに2人並んで座ってはとりとめのないお喋りをした。手には必ずドーナツなどのおやつを持ち、美味しいねと言いながら笑いあった。顔立ちや体重を何も気にせず、楽しく過ごした。

「今とは……大違いね」

 またもや自然に呟きが漏れた。トップモデルとなった現在では、カロリーコントロールは当たり前。食べ過ぎて太るなんてご法度だった。だけど決して、昔を羨ましがっているわけではない。代わりに私は現在の美貌と名声を手に入れた。東雲杏里ではどんなに願っても、決して手が届かなかった代物だ。

 無意識に私は公園の奥を目指した。もう少しで到着するという時、滅多に利用されていないベンチがある場所から男女の声が聞こえてきた。普段はあまり人が立ち入らない場所なだけに、ここにベンチがあるのを知っている人間は決して多くない。一体誰だろうと、こっそり覗いてみる。

 するとそこにいたのは、記憶の中にある見慣れた顔だった。ひと組のカップルが、仲むつまじく肩を寄せ合っていた。とても楽しそうに笑いながら、一緒になってサンドイッチを食べている。交わされている会話の内容までは聞き取れないけれど、深刻な話題でないのは明らかだった。

 男性はまったく知らないけれど、女性の方は確かに知っている。かつて東雲杏里が、もっとも信頼していた女性だ。互いの価値観の違いから決別し、それぞれの道を歩んだ。その後どうしているか、全然わからなかった轟和美が、あの頃と変わらない笑顔でベンチに座っていた。


 知らず知らずのうちに、私は足を動かしていた。ベンチに座っている2人の視線がこちらを捉え、すぐに驚きに支配される。無理もない。テレビによく出ている超人気のタレントが、いきなり目の前に現れたのだ。驚かない方がどうかしている。

 轟和美の隣に座っているのは、人の良さそうな男性だった。中肉中背で美男子とは言い難く、歳も結構上みたいだ。けれど、どことなく愛嬌のある顔立ちをしている。進むべき道は別れてしまったけれど、轟和美には何の恨みもない。わざわざ恋人を奪って、からかおうなんて気は微塵もなかった。

「あれ。この人って、今日やってくるって皆が大騒ぎしていたタレントさんだよね」

 どこか間の抜けた声で、緊張感の欠片もない台詞を男性が口にする。どうせ今日限りの出会いなのだから、名前を尋ねようとも思わない。

「うん。そうだと思う。あの……道に迷われたりしたんですか」

 恐る恐るといった感じで、轟和美が質問してくる。昔みたいにおどおどしてる様子はなく、単純にこちらが芸能人だから気を遣っているという感じだった。恋人ができて強くなったのかどうかは不明だけど、彼女もまたしっかりと自分の足で人生を歩んでいるのだとわかる。

「いいえ……迷ってはいないわ。ベンチでひと休みしようかと思ったら、貴方たちがいただけよ」

 言われてすぐに轟和美が立ち上がろうとしたので、すかさず私はそのまま座ってなさいと目で制止した。

「貴方たちの邪魔をするつもりはないわ。そんなに長居もしていられないしね」

「そうですか……でも、本当にいいんですか」

「ええ。気にしないでちょうだい」

 あくまでもベンチを譲ろうとするカップルに、遠慮しないように告げる。それにしても轟和美は、私がかつての東雲杏里だとは気付いていない。実の母親でさえもわからなかったのだから、当たり前といえば当たり前だった。

「それにしても、よくここにベンチがあるって知ってましたね。地元の人間でも、知っている人は少ないはずですよ」

「そうみたいね。だから穴場だと聞いてきたの」

 元から知ってましたとは言えないので、あくまでも他者からもたらされた情報だと強調しておく。

「なら、やっぱり休んでいかれたらどうですか。私たちはこれで失礼しますから」

「本当に気にしないで大丈夫よ。それより、素敵な彼氏ね」

 急に恋人を褒められた轟和美は、少しだけ怪訝そうな顔をしながらも「ありがとうございます」とお礼を言った。彼氏も照れているようだけれど、散々出会ってきた男性たちとは違って、鼻の下を伸ばして私に見とれていたりはしない。

 悪戯心も手伝って、彼氏に私のことをどう思うか尋ねてみる。

「あ、凄く綺麗です。びっくりしました」

「そう。なら、彼女と別れて、私と交際してとお願いされたらどうする」

 普通の男性ならここで「え?」と驚いて、横に彼女がいても考え込んだりする。優綺美麗には、それほどの美貌があった。けれど轟和美の彼氏は違った。名前も知らない男性は、即答で「お断りします」と返事をしてきた。

「僕にとって、和美が一番大事ですから」

 やはり照れくさそうにはしているけれども、はっきりとそう口にした。要するに、私は振られたのだ。

「ふふ。凄いわね。私を袖にする男性がいるとは思わなかったわ」

 本当なら悔しいはずなのに、そうした感情は一切浮上してこない。むしろ安堵していた。

「本当に素敵な恋人ね。貴女は今、幸せかしら」

 質問する私に、満面の笑みを浮かべた轟和美が「はい」と返事をする。

 つられて笑顔になっているらしく、場には和やかな空気が流れる。常にピリピリとした緊張感をまとってきただけに、心癒される瞬間になった。

 幸せそうなかつての親友に出会えただけでも、この場へきてよかった。そう考えて、私はベンチの――仲の良いひと組のカップルの前から立ち去ろうとした。けれど直前で足を止めて、再び轟和美の方を向く。最後にしておきたい質問があったからだ。


「貴女……綺麗になりたいと思ったことはないの」

 私は素直な気持ちを、ベンチに座っている轟和美へぶつけていた。失礼ながら、彼女の容姿は高校時代とほとんど変わっていなかった。顔立ちはもちろん、体形も変わっていない。美しさだけを追求してきた私とは、対照的な生き方だった。

「正直……ありますよ」

 真面目に聞いてると理解してくれたのだろう。轟和美は怒ったり、悲しんだりせずに、本気で回答をしてくれた。

 東雲杏里と同じく、心が砕けそうになるくらい轟和美もまた酷い目にあっている。綺麗になりたいと願って、当たり前だった。けれど彼女は、東雲杏里と同じ道を歩いてくれなかった。私には、それが未だに心残りなのかもしれない。

「でも……私はやっぱり、このままでいいんです」

 かつての弱々しさはなくなっており、誇らしげに宣言しては胸を張る。申し訳ないけれど、私にはまったく理解できなかった。

「どうして、そのままでいいと思うの。この世界には、自分を変えられるものがたくさん存在しているわ。生まれた時から劣っている者でも、生き方次第では勝ち組になれるわ」

「すみませんけれど、勝ち組とか負け組みとか、私にはどうでもいいんです」

「どうでもいい? そんなはずはないわ。恵まれない容姿のせいで、嫌な思いをした人間は数多く存在する。そういう人たちは一生、惨めでいなければならないと言うの」

「そんなことは言っていません。ただ、私は綺麗である必要はないんです」

 あくまでも美しさを否定する轟和美に、私は「どうして」と声を荒げていた。強くなる一方の剣幕にたじろぎながらも、かつての親友はこちらを諭すように微笑んだ。

「私は綺麗になりたいのではなくて、幸せになりたいんです。そして今、とても幸せです。彼はこんな私でも愛してくれました」

 横目で見る轟和美の視線をしっかりと受け止めて、そのとおりだと頷いてみせる。私――優綺美麗が相手にしてきた男性たちとは、明らかに何かが違っていた。

 使える手段すべてを用いて綺麗になったけれど、私の目の前にそのような男性はひとりも現れていない。しかし何も変わっていない轟和美は、自らを心から大切にしてくれるパートナーと出会えた。

 本当に幸せそうに笑う轟和美を見て、ふと思う。私はあんな風に笑えるだろうか。心から幸せだと言い切れるだろうか。頭の中に浮かぶクエスチョンマークが、答えになる。

「だから、このままでいいんです」

「……そう。でも、容姿のせいで、辛い目にあうかもしれないわよ」

「わかっています。けど、良いも悪いも含めて私自身ですから。辛い目にあうかもしれないけど、幸せになれる可能性だって同じくらいあります」

 そう断言する轟和美を、羨ましいと思った。超人気のトップモデルとして、周囲から常にチヤホヤされている私が、だ。

「……なんて言ってますけど、実はそう気付くまでかなりの時間がかかりました。でも無駄にはなりませんでした。後悔してるとすれば、大切なお友達と喧嘩別れしたことくらいです。叶うなら……彼女に謝りたい」

 伏目がちになり、初めて轟和美が悲しそうな表情を見せた。大切な友人が誰を指しているのかは、すぐにわかった。彼女もまた、東雲杏里をとても大事に思ってくれていたのだ。進むべき道は大きく違ってしまったけれど、お互いに大切な友人だった事実は変わらない。単なる想い出のひとつかもしれないけど、私にはそれがなにより嬉しかった。

 悲しむ轟和美と、必死に慰めている恋人の男性。2人を尻目に、私は今度こそ公園のベンチ前から去ろうとする。けれどその前に、轟和美に伝えるべき言葉があった。正直迷ったけれど、ここで話さなかったら一生後悔すると思った。

「謝る必要はないわ。彼女も貴女の幸せを喜んでいるもの」

「え? あ、あの……も、もしかして……」

「……東雲杏里という女性はもういないわ。彼女がそれを望んだから。そして後悔もしていない。何故なら、とても幸せだもの」

 轟和美は一度も大切な友人の名前を口にしていない。にもかかわらず私は東雲杏里と発言した。これだけで、何が言いたいのかは理解してくれるはずだ。

 もう振り向かずに歩き去る私の背中を、轟和美の涙声が追いかけてくる。

「私……たった今、優綺美麗さんのファンになりました。ずっと……ずっと応援してますから、頑張ってください!」

「……ありがとう。貴女も、そこの彼と幸せにね」

 背後に2人の気配を感じなくなった時、私の右頬に熱い感触が伝わってきた。手で拭う暇もなく、ポタリと一滴だけ地面に落ちる。どうして流れてきたのか、理由は私にもわからない。ただ、何故か妙に心は晴れ晴れとしていた。

 容姿に関係なく、轟和美は幸せを手に入れられた。もしかしたら東雲杏里も――。

 そこまで考えて、私は首を左右に振る。かつての親友に告げたとおり、私は後悔など微塵もしていない。

 両親に娘と認識されなくなっても、親友と大きく道を違えても、心から満足している。

 ただ美しく……。

 それこそが私の願いであり、幸せなのだ。

R15の小説「ただ美しく……」は今回で最終話となります。ここまで読んでくださった方々、どうもありがとうございました。


昨今、何かと話題になる整形手術や虐めをテーマにした作品となりました。途中で、腹立たしくなる場面も数多くあったでしょうが、最後までお付き合いくださった読者様には感謝でいっぱいです。


今後も、何かしらの作品を公開していけるように頑張りたいと思います。

それではまた、別の作品で。

ご意見・ご感想をお待ちしています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一言でも感想頂けると嬉しいです。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ