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ただ美しく……  作者: 桐条京介
第1部
4/62

 ついに迎えた告白当日。結局、昨夜はほとんど眠れなかった。おかげで今朝は食事の時間を減らしてまで、洗面所の鏡で目の下にクマができてないか確認するハメになった。

 元気のなさを察した親友の和美があれこれと言葉をかけてくれたが、正直どれひとつとして覚えていない。告白以外にも不安を抱える部分があり、そのせいで悩んでいたためだ。その不安こそが、他ならぬ和美だった。とはいえ、親友がどうこうではなくて、告白する相手――牧田友行に関係する。

 轟という苗字は珍しく、通っている高校にも和美以外にはいないはずだった。だからこそ牧田友行が、轟という苗字を探せばすぐに発見できる。そして和美の友達といえば、私しかいない。そこへプラスアルファの用事が加わる。勘の良い人間であれば、こちらが何をしたいのか簡単に気づける。

 相手男性自身も、自宅近くの公園に女性から呼び出されたということで、用件については大体察しているはずだった。ゆえに和美を探し、用事があると言っている女性が誰か知ろうとする。人間なら当たり前に近い反応だと思うので、男性がそのような行動をとったとしても責められなかった。

 私が一番恐れているのは、その後の展開である。誰彼構わずに言いふらし、一躍学校内で有名人にされる。そんな状況になれば、様々な人間にからかわれるのは明らかだった。冷やかされるだけならまだいい。最悪の場合は、辛辣ないじめに発展する可能性も考えられる。心配のしすぎと言われればそれまでだが、無駄に考える時間があるほどに余計な想像をしてしまう。

 人はこういう状況をネガティブ思考と呼んで嫌ったりもするが、自分に自信がないからこのような状態になる。簡単な解決方法は、ひとつでもいいから何かに自信を持つことだと言う。けれど当事者にとっては、それが何より難しいのだ。アドバイスされたくらいで自信が持てるのなら、とっくにひとりで乗り越えられている。

 なおも心の中でぶちぶちと文句を言い続ける私に、誰かが話しかけてくる。何だろうと顔を上げれば、目の前には親友の轟和美がいた。

「杏里ちゃん。もう、授業……終わったよ」

「え……そうなんだ」

 少しだけ長く、考え事をしてしまったようだ。反省しつつ、2時間目の授業の準備をしていると、和美が衝撃的な台詞を口にしてきた。

「あの、1時間目だけじゃなくて、全部……終わってるの」

 さすがの私も、この時ばかりは絶句してしまった。


 あっという間の放課後。またやらかしたと、自分の席で頭を抱える私に、親友の轟和美が「早く帰ろう」と声をかけてくる。仕方ないなという顔をしてるあたり、日中から私が心ここにあらずな状態をある程度、察していたのだろう。

 情けなさに自分の頬を人差し指でポリポリ掻いてみるも、過ぎ去った時間は決して戻ってきてくれない。だからこそ、日常のあらゆる時間が大切なのだ。……なんて力説を、今の今までボーっとしていた人間が心の中でしたところで、空しいだけだった。

 後悔はこのぐらいにして、私は座っていた席から立ち上がる。今日は何より重要なイベントがある。意中の男性こと牧田友行への一世一代の告白だ。一緒に帰ろうと言ってくれてるあたり、和美も舞台となる公園のどこかに隠れて、私の勝負を見守るつもりなのだろう。他の女性はどう思うかわからないけど、私はありがたく感じた。どんなに緊張していても、ひとりじゃないと知っていれば、なんとか頑張れるような気がした。

 学校を出るまで、誰も私を見て笑ったりしなかった。どうやら牧田友行は今日の予定について、他の人間には教えていないみたいだった。気を遣って和美が色々と話しかけてくれるものの、破裂しそうなくらいに心臓をバクバクさせている私はそれどころではなかった。

 告白の際にはどのように切り出すか。どういった言葉を使用するべきか。最初は世間話がいいかな。頭の中に浮かんでくる様々な疑問で、正直パンク寸前だった。

「杏里ちゃん、大丈夫?」

「え、大丈夫よ。それより、どうしたの。急に立ち止まったりして」

 冷静さを装ってみたが、混乱ぶりはすぐに見破られる。和美が特殊なのではなく、私が大きなミスをしてしまったのである。

「どうして……って、ここが待ち合わせ場所の公園じゃない」

 言われてようやく、私は自分が今どこに立っているのか気づいた。頭を悩ませながら歩いているうちに、文字どおり、いつの間にか目的地へ辿り着いていた。

「緊張するのもわかるよ。私だったら、泣いてるかもしれない」

 人を外見で判断する失礼な者には信じられないだろうけど、和美は意外に涙脆い。気も小さい方で、不良に絡まれたりすれば、なす術もなく降伏する。およそ争いごとには向かない人間だった。そんな女性が私を手伝うと力強く宣言し、父親の力を借りたとはいえ、ここまでの舞台を作り上げてくれた。

 結果がどうであろうとも、感謝の念を決して失ったりしない。和美がいなければ、告白する機会さえ与えられなかった。親友へのありがとうも込めて、とにかく牧田友行へ想いだけは告げよう。私はそう心に固く誓った。


 そして約束の時間がやってくる。午後5時――。青空にも夕方の影響が出始めている。すでに和美は、私が立っている位置が見える場所に隠れている。恐らく私と同等か、それ以上に緊張しているかもしれない。日中とは違う独特な色合いに染まる空を見上げ、綺麗だなと心の中で呟く。大きく深呼吸をしながら瞼を閉じれば、カチコチになっている心が少しだけ解れた。

 よし、大丈夫。気合を入れてから、目を開く。すると私の視界に、前方からゆっくりとこちらへ歩いてくる人影が映った。正体を確認するまでもない。

 ひと目見た瞬間に恋をした。理屈ではなく、直感でこの人が好きだと確信した。まさかこの私が、そのような状態になるとは夢にも思っていなかった。奪われた心を取り戻すためという表現が適当かはわからないけれど、後悔だけはしないように私は今日、待ち合わせ場所の公園へやってきた。

 目の前で立ち止まった男性の名前は、牧田友行といった。Tシャツにジーンズというラフな恰好ながらも、良く似合っている。思わず見惚れる私に、相手男性が話しかけてくる。

「俺に用があるって、呼び出したのは君?」

「は、はいっ」

 緊張のあまり、声が裏返る。恥ずかしさなど様々な感情が混じり合って、私の顔面を真っ赤に染める。隠れてみている親友の和美は、今頃「あちゃー」なんて呟いて、手で顔を覆ってるかもしれない。

 惨状と呼ぶほどではなくとも、それに近い状況だった。公園へ来るまでの間、色々とシミュレートしたはずなのに、何ひとつ役に立っていない。というよりも、何かを考えられるような余裕は一切なかった。

「それで、何の用?」

 沈黙が続いたのが気まずかったのか、急かすように牧田友行が尋ねてくる。挨拶もなしに発展した状況に心の準備が追いつかず、とても告白をするどころではない。

「あ、あの……その……ええと……」

 待ち望んだシチュエーションだというのに、私は相手男性の前でもじもじするばかり。言葉を発しようと口を開くも、肝心の越えにならない。

 結果。餌を求める金魚のごとく、口をパクパクさせるだけで終わる。本人はこれでも一生懸命なのだが、傍から見てる人間には、間抜け極まりない光景に思えてるはずだった。きっと今頃、轟和美は私以上にやきもきしてるに違いなかった。

 呼び出された方に用件などなく、こちらが何かを言わない限り、話はまったく進まないのである。それは十二分にわかっている。けれど、人には得手不得手というのがある。私にとって、告白というイベントは苦手ランキングの3位以内にランクインする。

 どのぐらいこの場に立っているのか。胸のドキドキばかりが大きくなって、声は当初と変わらず小さいままだ。しかし、このままで終わらせるわけにはいかない。今回のチャンスは、様々な人たちの協力でもたらされたのだ。意を決した私は、全身に力を込めて声を張り上げる。

「貴方が好きですっ!」


 一世一代。そう言うに相応しいほど、私は頑張った。まだ結果はわからないものの、とりあえず東雲杏里と言う女性――すなわち自分自身を褒めてあげたかった。

 キツく閉じていた瞼を開けて、目の前にいる男性がどのような反応をしてるのか確認する。驚いてる様子はない。むしろ、やっぱりかといった雰囲気が牧田友行の全身を包んでいる。

 相手が口を開くまでの時間が、私には永遠に近く感じられた。実際にはほんの数秒なのかもしれないけど、現在の状況下で冷静な分析などできなかった。そんな私の目の前で、牧田友行がゆっくりと言葉を紡ぐ。

「ごめん」

 わかりきっていた答えが、相手の口から発せられた。予想はしていた。振られる心の準備だけはできていると思っていた。けれど実際に言われると、思いのほかショックは大きかった。

 外はまだ明るいのに、漆黒のカーテンでも降りてきたみたいに視界へ映る景色が暗く感じられる。心の絶望が、そのまま表へ出てきたようだ。しかし、私への試練にはまだ続きがあった。

「俺、結構な面食いなんだよね」

 悪びれもせず、平然とそんな台詞を相手男性が浴びせてくる。牧田友行の瞳はどこか冷めたように澱んだ輝きを放っており、私の気持ちをより沈ませるには十分すぎる威力があった。

「そ、そうなんだ……」

 それだけしか言えない私へ、さらに痛烈な言葉を放り投げてくる。

「スタイルも気にするしね。だから悪いけど、無理だわ」

 初めて会話を交わして知った牧田友行の人となりは、私が想像していた人物像とはまったく違った。想像の世界の牧田友行は人の外見を気にせず、誰にでも分け隔てなく接する男性だった。私の告白に優しく「大事なのは容姿より、性格だよ」と呟いてくれ、恋人関係になるのを了承してくれる。

 何度も何度も、頭の中で繰り返し撮影されたシーンだ。けれど今この瞬間に、ただの夢物語にすぎなかったのだと悟る。すべては都合の良すぎる私の妄想。実現する可能性は、限りなくゼロに近かったのだ。ここまでの展開でも心が折れそうなのに、とどめまでもが私を待ち構えていた。

「あ、そうだ。俺、もう帰るけど、今日のことは誰にも言うなよ。恥ずかしいから」

 何が恥ずかしいのかも教えてくれないまま、もうこの場に留まってるのはうんざりとばかり、牧田友行は足早に公園から去って行った。想っていた男性の背中を見送りながら、最後に聞かされた言葉の意味を考える。答えがふっと頭の中へ浮かび上がってきたのは、牧田友行の姿が見えなくなってからだった。

 ――そっか。私みたいな女の子に、想いを告げられたのが恥ずかしいんだ。理解した瞬間に、両目からボロボロと大粒の涙がこぼれてくる。泣き顔を手で隠すのも忘れ、ひたすらに透明な雫を頬へ伝わせる。

 霞み、歪んだ視界の中に、見知った顔がある。何故か、私と同じく号泣している親友の轟和美だった。


 続く

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