(5)
……でも。
目の前の女の子は、明らかに緊張している。いや、僕も僕で緊張しているのだけど、「これから新しい仕事をする」というのでは、同じなのだ。
だから、
「あの」
「は、はひっ」
「僕のことを一目でおわかりになられたということは、それだけ作品を読み込んでくださった証左であると、いま自惚れています」
かわいい少女、きょとんとしている。
「本当に……本当に、嬉しいんです。ですから……これから、一緒に、がんばらせてください」
ちょいギミックめいた発言だというのは認識している。だけど、僕はこういうキャラなのだ。なにかいうとしたら、こんな感じ。
そしたらば。
目の前の少女は、目をすっげえきらきらさせてる。
「あ、あのっ!」
つっかえつっかえ編集者少女は言葉を紡ぐ。
「嬉しいです……うれしいですっ。私、塔乃森先生の担当にさせてください、って上司にお願いしてたんです。……とはいっても、まだ私半人前ですから、主任と一緒に担当させていただくことになりますけど、塔乃森先生の原稿お読みして、『やりたい!』ってずっと思っていて……」
なんだよなんだよ、今日僕死ぬんじゃねえの? これ夢なんじゃねえの?
あるいはなんかの詐欺なの? ヤバスヤバスきてるきてる。僕の時代がきてるっ。
「あ、ごめんなさい、あいさつが遅れてました。私、比良野琴っていいます。平らの『ひら』じゃなくて、比較の『ひ』と『良い』で、比良野。琴は和楽器の琴です」
「わかりました、比良野さん」
「あの……できれば、琴、でお願いできますか?」
え?
え?
えええええええええ!?
いいの? いいの? もう名前で呼んじゃっていいの?
「しかしそれはよろしいのですか?」
至って冷静に受け答えする僕だけど、内心は動転しまくりである。
「あの、みんなから琴、琴って呼ばれてるんです。だから……って、って、あ、あ!」
「どうしました?」
「ごめんなさい! 初対面なのに、まだ打ち合わせもしてないのに、こんなになれなれしく! ああ……やっちゃった……」
再びしょぼくれる編集者さん。
だーがこの僕をなめてもらっては困る。僕好みの美少女を名前で呼べるなんて、こんな千載一遇のチャンスを逃してたまるかっつの。
「僕はうれしいですよ? なんてったって、生き血をすするとまで言われている文芸業界で、はじめからこんなに優しく応対してくれるなんて。のっけから『お前には才能がない』云々なんかより、比較になりませんよ……『琴さん』」
その言葉に、ぱっと顔を明るくさせる「琴さん」
「ありがとうございます……これからよろしくお願いしますっ」