(2)
ワナビ童貞を捨てれたはなしです。
「まあいい。いや、よくないんだが、むりやりいいとする。ともあれ、よく来てくれた、塔乃森」
「いえ、こちらこそ、最終選考までご配慮いただき、さらに命まで救っていただき……」
「先行投資だ。気にするな」
「これからのビジネスのために、ですか」
「回転が早くてなによりだ。もっとも、回転の早くない小説家などお役御免だが」
回転が遅い編集者氏というのも同じく意味がなく……という言葉を、僕は飲み込んだ。バカにするのもおちょくるつもりもない。「そんな大人」ばっかりだったからね。僕の人生。
ハリがある……。
「……ふう。お前、本当に高校生か?」
「といいますと?」
「俺がこうして詰問するとだな、大概の作家はガクブルするもんだ。それこそ、お前より歳食った連中がな。アラサー連中でもそうだっつうのに」
「ガクブルしてほしいですか?」
「それだよ、そのふてぶてしさだよ。……まあ、ホネがある奴のほうが、仕事のしがいがあるってものだ」
その物言いがまたワイルドでたまりませんな……じゅる……おっといけない、またボロが出そうだ。
けど、そんな立派なもんじゃないんですけどね、僕。
たしかにもとの性格というのもあるけど、それでも結構緊張しているのだ。信じられないかもしれないけど。だってここは僕が夢見、多くのワナビが門前払いをくらう、編集部内部。そこで、じきじきに編集長と話し合う、という、ワナビなら夢精するレベルのシチュ。さらには僕は認められつつある……まあ、人生の中でも、相当なレベルの緊張度の場である。
が、さっきの琴さん――土壇場のライヴで強くなる――のように、僕も僕で、こうまで追いつめられたら、ハラもくくるってもんだ。そうなって、ガクブルするか、ひょうひょうとするか。僕は後者だった。やけっぱちともいう。
「お世話になります」
ぺこり。
「ああ、こちらも、これからよろしく頼む」
ぺこり。
あまりに素直にあっけなく、お互いが頭をさげる。
話の流れから、疑問に思うむきもあるかもしれない。けど、これが「きちんとした仕事をしたい」という、お互いの心持ちの現れなのだ。
「よろしくお願いします」
琴さんも同じ様に。
よかった。
ラノベ業界……あるいは出版業界、悪い噂というのは、ずいぶん聞く。おもに2ちゃ●ねるで。だまされただのブラックだの礼儀がどうのだの、半ば中傷だ。ワナビのくせに。
でも、ほら、ここにこうして、まっとうに仕事をしようとする編集者たちがいるじゃん……
文芸を、信じようよ。芸術とか、美とか、面白さとか、かっこよさ、そんなものに、一生をささげようとする大馬鹿者たちの集い。すてきじゃない。「出し抜く」なんて、ゲスのする行為さ。
ほころぶ顔。
「どうした」
「いえ別に。ではお話を」
「おう。じゃ、お前の作品について……俺らの思いやら、これからの出版計画について話そうか」
き、
キタ――――――――――――ー!!!!!
プロ作家としてっ! 扱われましたっ! 本としてっ! 僕の作品が出版現実化されますよっ!
童貞卒業の十倍はうれしいぜ! ずっと片思いの告白が成功したくらいうれしいぜ!(さすがにこっちをそんなに低く見積もりたくはない)
全ワナビ待望の瞬間! その際のシチュを、ひょっとしたら小説本編よりも夢想するという! だからお前等はワナビなのだ!
僕はしっかりと主任を見据え、敢然とした面もちで、
「ど、ど、ど、どのように展開していきますか? 原稿どこがよかったんですか? ていうかあれでよかったんですか。これは夢ですか?」
「お前なんでここでキョドるんだよ」
「だって夢が叶い認められたんですから!」
「……ふふっ、やっとお前も、少年っぽい瞳をするようになったじゃねえか」
「なんだと思ってたんです」
「ワナビ版いーち●んみたいな感じ。戯言シリーズの」
「あんな屁理屈魔神と一緒にしないでいただけますか」
「いや、だいたいあってる」
僕は琴さんを憮然とした瞳でみる。
琴さんはにっこりとしたほほえみのままだ。
じーっ。
にこにこ。
じーっ。
にこにこ。
じーっ。
「……………………ぷぷっ」
笑われたよ。
「おい、戯言遣い」
「誰がやねん」
「いっこうに話が進まん。地味な展開を続けるな……まあそれはお前の小説にも通底してるんだが……それはこれを読めばわかるな」
すっ、と差し出された茶封筒。なんか見慣れた厚さだ。こ、これはひょっとして……
「俺と琴で、赤ペンを入れた、お前の原稿だ」
これが……伝説の……
僕はうやうやしく、原稿を受け取る。
「拝見します」
「お前の原稿なんだがな」
とはいってもですねー、こういう状態の拙作、というのは、重みってもんが違いますよ。
見ると、相当にびっしりと書き込まれている。赤ペン、と言われたのに、実際は赤と青の二色だ。
「青は俺、赤は琴のコメントだ」
なるほど。
「まずは改稿……それは琴とともにやってくれ」
「えっ」
琴さんが声をあげた。えっ、て……ちょっと。
「わ、私ひとりですか?」
「そーじゃなきゃお前いつまでたっても成長せんだろ。一通り仕込むだけのことは仕込んだのだから、実戦だ」
すごいキョドってる琴さん。あー、今回の担当は、主任と琴さんの二人三脚体制でやってって、マンツーマンは後のち……みたいに考えてたのか。確かにそっちが順当ではある。
「ゆうせんせいに迷惑かかりますよぉ」
「どうなんだ塔乃森」
「僕に振られても。……なんともいえませんよ。僕もこの仕事、はじめてなんですから」
「そういうことだ」
「どういうことですか?」
「どういうことですか?」
ハモった。
「お前ら二人、新人作家、新人編集者なわけだ。お互いがお互いを育てる、今回のような場合は、それがなによりだと思ってな。もちろん俺が責任を投げたわけじゃない。要所要所でのネジは俺が閉めるし、基本方針の設定は俺に従ってもらう。それが出来るように、琴にも、塔乃森にも、はやくなってもらいたいもんだな。俺は……俺は、こういうやり方が好みだ。あと、箕崎准の『えでぃっと!』でもこんな感じの仕込みメソッドが書かれてた」
すげー無茶振りするなーこの上司、と僕は思った。そんで、それに潰されるような作家・編集者だったら、それまで、といったとこか。
――いいじゃん。やってやろうじゃん。
おどおどしてる琴さんをじっと見つめる。おびえたような目。大丈夫。一緒にやってこう。そう目で伝える。
やがて琴さんも、ふっ、と息をつき、主任を見据え、
「……がんばります」
「よし。……ところで、なんでお前ら会って早々そんなに息が合う。リア充うらや……ごほっ、いや、なんでもない」
今何かつっこんではいけないが実につっこみたい何かがポロリしましたよ主任。ある意味ガ●の使い年末スペシャル「笑ってはいけないシリーズ」に通底するものがある。あるいは、クラブ・オブ・ダチョウ。
「まあいい……いや、よくないんだが、それでもいいとする」
よくないんだ。このおじさまこそリア充の極地と思うたがな。
「俺が告げるのは、お前、塔乃森が、どうして今回、最終審査に受かったか、星辰文庫の戦力として加えよう、ということになったか、だ」
え。
なにそのそもそも論。
まあ確かに気になることではあるけど……
「作品を評価してくださったからでは?」
「まあそれもそうなんだが、ちょいおかしいとは思わんか? 最終選考で、『編集部に招かれる』なんて」
「最近……講談社のラノベチャレンジカップとか、MF文庫Jのとか、最終選考通過者は編集部に招かれて、アドバイスを受けられる、とか聞いていたので」
「なるほどな。まあ、確かに、そういう風潮は、あることはある。が、俺がお前をここに呼んだのは、別だ。……少なくとも、まだ星辰文庫新人賞は、それをしてない。要項にも書いてなかったろう?」
確かに。主任は続ける。
「そしてそもそも、そうだとしたら、お前以外にも、居るって話だ。ワナビが」
「いいんですか、ワナビワナビ言って。出版社編集長が」
「お前には通りがよかろうよ」
「そうなんですけどね」
つまりは、僕は「特別」らしい。どうやら。では、何が……?
「僕の何を買ってくださったんですか?」
将来性? 若さ? ふふふ照れるぜ……いやもっと端的に、超絶的な才能? いやーまいっちゃうなー、夢見てたけど、実際そうかよー、はははー。
「実を言うとだ」
「はい」
「お前がほしいんだ」
ズキュ――――――ーン!
ジョジョ擬音すら出るほどに、震えるぞヒート! マイハートスキトキメキトキス! やっばい……あのバリトンボイスで「お前がほしい」いわれたら……
「ゆ、佑はまだ十七だから」
「おまーは何歳だ」
「じゅ、十七だから」
「そうじゃねえよ、ネタの引っ張りどころだよ」
頭を抱える主任。
「そういう意味じゃ……ていうか、なんでお前はホモォ的な反応を示すんだよ……怖えよ」
「小悪魔的な誘い受けって萌えません?」
「黙れよ」
いいと思うんだけどな……。
「はぁ……俺がだな、お前の何を求めてたか、っつう話だ。えーい話が前に進まん。単刀直入に言う。――お前、『チーム・ガンホー』の中核だったろ?」
――え。
なんで。
バレてるの。
やっと、このヘタレショタがここに呼ばれたか、のお話になってきます。