(12)
今回で「第一章」がおしまいです
そしてライヴは実は終わってなかった。
「塔乃森先生! 乗ってください!」
琴さんは具現化している「Aces High」に向かって走り出す。僕を招く。
まるでいつか読んだラノベだ――少女が少年を、非日常へといざなう。圧倒的な「怪異」が日常を壊し、少年は夢幻にして無限の戦いへと……そして少年は大人になる……
琴さんがさしのべてくれた手をとり、僕は戦闘機に飛び乗った。戦闘機は低空をホバリングしていて、羽翼にひょいと乗る琴さんの後を追っていく。琴さんにとって、これに乗るのは、バイクに乗るのとほとんど同じなんか。
そして飛行機は再び飛翔し、トップスピード。
やがて音楽は、ラストのギターフレーズを弾く。……っておいおい、こんな状況っつか、飛行機乗ったままギター弾けるんかい。……っておいおい、僕ら操縦席に乗れないのかい。機体にしがみついているんかい。
あーきーらーかーに、物理法則でいったら振り落とされる状態なのに、それでも僕らがバイク感覚で飛行機を駆ることができるのも、またこれが「妄想の具現化」だからだ。ようするにファンタジー。うーん、ご都合主義万歳。
しかし。
「あのー、琴さん?」
もんのすげえ暴風に包まれているのに、ご都合主義によって、自然と声は通る。
「はい?」
「これって、聞くまでもなく、編集部に向かってるんですよね?」
「はいっ!」
いーい返事だ。Cagayake! Girls! しかし僕は、ひとつの疑念を呈さずにはいられない。知ってるから……この曲が……あ、ヘビメタさんのほうですよ。
「どんなにそのギターをアドリブ入れても、あと1分しか、曲続きませんよね?」
「……はいっ」
悪くない返事だ。
「魔曲って、終わったら、具現化の異能は、きれいさっぱりなくなってしまいますよね?」
「……」
「ここ、都心の上空ですよね?」
「……」
「……返事をしろやぁーっ! クラァ!」
お話にならない。
いくらこれがご都合主義の産物とはいえ、落ちたら落ちたで死ぬのだ。異能の終結は、日常への回帰であり、極めてつまらないリアリティワールドの復帰である。
「だ、大丈夫です。間に合います! ……たぶん」
「最後のひとことが余計じゃあっ!」
ああ、ノリで乗ってしまったこの飛行機は死のフライトだったのか。こんなアホなノリで、ラノベ作家にもなれずに死ぬ……ハハッワロス。誰が死んでたまるかっつの。
って、ああっ!
ギターのメインメロディーがほんとのラストに!
「琴さーん! 急げーっ!」
「え、もっと早弾きしなきゃですか?」
「逆じゃあっ! 引き延ばせというとろうに!」
「でもダラダラ手癖ソロは嫌われるんですよ?」
「どうでもええわ! そういう話じゃねえわ!」
「というかさっきまでの礼儀正しい少年作家はどこにいきましたか?」
「ええいどうしてロッカーは土壇場になると強いんだ!」
そうこうしているうちに、東京都心の上空を猛スピードで駆けていくスピットファイアと我々ふたり。エアロバティックス、エアショーというより、テロというか、第三次世界大戦というか。
やがて、ビルが……HPで空庭社の企業説明ページを確認したときに見て覚えている、妙に近代的なビルが見えてきた。空庭社本社ビルである。間に合った……
……いや、違う!
屋上に降り立つと思っていたが、この速度と、リードギターの状況からして、違う!
これは突っ込む体勢だ!
琴さん、最後の超ロングトーンをギターで響かせて、ジャッ、と掻き慣らし、演奏を終える。
反射的に僕は拳を突き出しメロイックサインを掲げ、ミュージシャンをリスペクト!
「うお――――――っ!」
「センキュー! Love you Madly!」
デューク・エリントンかよ! 今時の若いのの誰がスウィング・ジャズの王を知ってるねん。
ってか。
ぱっ、と、飛行機は、消えた。音が虚空に吸い込まれたら。
「ああああああああぁぁぁぁ――ーっ!」
「き、きゃあぁぁぁああぁあぁ!」
慣性の法則によって、僕と琴さんは、飛行機の推進方向へと投げ飛ばされる。僕は琴さんを抱え、ビルに突っ込んでいく。
どんがらがっしゃーん!
一面の窓ガラスを突き破り、オフィスの中へ突撃である。受け身なんてとれるはずがなく、せめて琴さんをかばおうと抱きしめ、床に打ちつけられ、ごろごろとその場を転がる。
ぐほぁ……い、痛い……でも、死んでない……生きててよかった……。
ああ、琴さんも無事だ。魂抜けた放心状態で気を失ってるけど、けがひとつない。
ふと気づく。僕ら、誰か下敷きにしてる。
「塔乃森……佑、だな」
威厳と威圧感に満ちた、中年男性の声は、僕らがヒキガエルのように押しつぶした、ミスタ・下敷きから聞こえてくる。
この感じ、ただ者じゃない。
「あなたは……」
「編集長で、お前の担当だ」
死んだ。作家として。
ね、年内になんとか第一章が終わらせられました……
次章からは、地味なパート……世界観とか設定とか、あと変なオッサンとかが出てきます。
なお……
「手癖ソロ」→「最近のイングウェイ」
「エリントンかよ!」→「全盛期エリントン楽団のライヴ」
「Cagayake!」→けいおん第一期
あたりで御調べいただければわかるかと。