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第 四章 飛躍 - 後篇

そんなある日、茉莉亜の家に大きな段ボールとずっしりと重い現金書留が届いた。段ボールには『孫がいつもお世話になっております』という母方の祖母からのメッセージが、現金書留にも同じ差出人が記載されていた。段ボールの中には茉莉亜を育てた父方の祖父母の大好物の缶詰やつくだ煮が、書留封筒の中にはすごい数の1万円札がぎっしり詰まっていた。


大学から帰った茉莉亜は、100枚ごとに細く切った紙でまとめられた札束を生まれて初めて見た。祖父母の様子がおかしいわけである。ビックリして母方の祖母に電話をかけた。


「おばあちゃん、このお金どうしたの?」


「そこはまずお礼を言うところでしょう、まったく。茉莉亜がアメリカの大学院に行けるくらい優秀だって聞いたから、やろうと思っていた投資信託と外貨預金あきらめたの。営業に来た銀行の後輩達には申し訳ないけどいいわ。」


「でも…アメリカじゃなくても他の国も考えているし…これ以上経済的負担かけられないよ。」


「私は、あなたの生活費も学費も今まで出したことないのよ。それに知っているでしょ。昔銀行員だったからそれなりにお金あるの。茉莉亜のひいおじいちゃんだってお医者だったしね。」


「お金があるとかないとかじゃなくて、これ以上私にお金かかるのが嫌なの。他の人は卒業したら就職して社会人になるのに。周りはもうとっくに就活だよ。」


「私は父親が軍人だったから戦争が終わるのと同時に失業して高校で1番だったのに大学に行きたくても行けなかったの。それに、昔は女の子が理系に行くなんてすごく珍しかったし頑張って大学出ても学校の先生位しか職がなかったのよ。だから、茉莉亜が大学院、それもアメリカに行って研究者になれるのは茉莉亜だけの夢じゃないの。寝ないで留学生のために人一倍頑張ったじゃない。行きなさい。」


「え…でも…。」


茉莉亜は戸惑った。


「フィリピンとマレーシアはやめてちょうだい。危ないところに行かれたら心配でしょうがないから。」


「おじいちゃんとおばあちゃんも心配だし、1回就職して暫く働いてからでも…。」


「それだと私が生きている間に終わらないじゃない。あなた、小さい頃から全然かわいくなかったのよね。親がああいう風だったのに、寂しがりも泣きもしないで誰にも頼らないで“全部受け入れているし分かっています”って顔して。ちょっと頭良かったものだから全部1人で解決して。でもね、茉莉亜が生まれた時はあなたの弟が生まれた時よりずっと嬉しかったのよ。初孫だもの。だから、たまには孫らしくババ孝行しなさい。行ってちょうだい。おばあちゃん頑固だからもう決まり。きちんと勉強するのよ。」


「うんっ…」と震えた声でやっと返事をするのには少し時間が必要だった。頬を涙が伝った。


内孫だからとこれまで頑なに資金援助を拒否し続けた祖父は何も言わなかったが嬉しそうだった。



3月に卒業後、程なくして9月入学の正式な許可が降りた。祖父母に報告後それを持って大学へ急いだ。一緒に仕事をしていたアメリカ人の英語の先生に会いに行く。海外に1度も出たことのなかった茉莉亜は、ついでにアメリカの事も聞きたかった。


「私があなたに他の学生よりもずっときつく当たった理由、今は分かるよね?いい?勉強だけじゃなくて、見えること、聞こえること、感じること、吸収できることを全部自分のものにして帰ってきなさい。おめでとう。」


ずっと怖かった恩師が別人のようで、涙が出そうになった。


8月の渡米まで、茉莉亜は留学生の友人達に会うため何度も大学に行った。年老いた祖父母を日本に置いて、始めて行く海外に2年も居ると思うと不安は大きくなるばかりだった。大学院に残った同級生、後輩達が温かく迎えてくれた。


「ねぇねぇ、外国人ってどんな気分?1番不安だった時期っていつ?1番大変だったことは?絶対帰れないのに、どうしても帰りたくなっちゃったらどうしてた?あ、あと日本から何持って行ったらいい?」


「そんなにいっぺんに言われても…。うーん、外国人になるのは最初は楽しいよ。何も分からなくて、子供になった気分。全部新しくて、楽しい。半年くらいは気が張って全然大丈夫。その後が大変。」


「大変だったのは、日本語だよ。漢字!!当たり前。茉莉亜はもう英語できるから大丈夫だよ。」


「写真、持って行った方がいいよ。部屋に飾って寂しくなったら見るの。あと、友達に日本の家族や友達見せてあげる。」


「食べ物もあった方がいい。どうしても帰りたくなったら、国を思い出せるのは食べ物だけだから。食べてる間は寂しくない。」


茉莉亜はこれまで留学生の生活を日本で支えてきたが、すっかり立場が入れ替わった。「日本の事分からなかったら私に聞いて!」と、いつも自信満々で言っていた茉莉亜は見る影もない。不安な気持ちをぶつけるだけの役に立たない自分を助けてくれることが嬉しかった。


「私、日本から出たことない…。」


「私も、1度も海外行ったことなくていきなり4年の留学決めたよ。大丈夫。国で準備してる間が1番不安。行っちゃえば何とかなるよ。」


「茉莉亜は、どこの国の人とも話せる。日本人はガイジンとかハーフってすぐ差別するけど茉莉亜なら平気。」


「スカイプちゃんと動くか、確認してから行った方がいいよ。日本語話せるように。」


「茉莉亜、留学生向いてるよ。みんな助けてくれるから安心して。」


「留学生がそう言ってるから大丈夫。茉莉亜は向いてる。ねっ!」


茉莉亜の訪問は1度では済まなかった。何度も何度も会いに行って、不安そうに同じことをまた聞いた。日を追うごとに大きくなる不安を打ち消そうと必死だった。2年後に戻ったら一体この中の何人がまだ日本に居てくれるだろうかと考えながら、もうこれが最後かもしれないと思いながら友人一人一人と話した。気の置けない仲間と食事にも行った。不安は拭えなかったが、話をしている間は忘れられた。


出発直前、支えてくれた雪菜のために、大学の仲間のために、留学生達のために、先生方のために、育ててお金を出してくれた祖父母のために、経済的理由でアメリカに行けなかった途上国出身の友人のために、どこまでできるだろうか、本当に自分でいいのだろうかと、“自分のために”から脱線していった茉莉亜の緊張は最高潮に達した。自分で決めたことでさえ、周囲の助けがないと何もできないと実感して虚しくなった。


出発当日、新調したスーツケースにぎっしり詰まった荷物を引きずりながら最寄り駅まで見送りに来た祖父母をじっと見た。80を超えた二人が、2年後も元気でいてくれる保証はどこにもなかった。茉莉亜の物心ついた頃からこの日まで、祖父母は少しずつ出来ないことの数を増やしてきた。その上、病気になったらきっと進学を後悔する。2年。途方もない時間に思えた。電子パスを解約した茉莉亜のために、祖父が切符を買った。毎日通る改札を初めて怖いと思った。背を向けたら、もう会えない気がした。


「飛行機に乗り遅れたら大変だから、行きなさい。」


小さくうなずいた後、茉莉亜は背を向けて歩きだした。最後に、1度だけ振り返った。





『半日も飛ぶのに、夕方出発して着くのも夕方か。時差があるってどんな気分だろう?』


茉莉亜は空港で待ちながら、もう1度だけ家族や友人達と話したくてたまらなかった。携帯は既に解約済みで公衆電話も遠かった。最後は1人きりだ。だから、必死にアメリカでの生活や現地での手続き、楽しみにしていることなどを考えた。


『海がきれいだろうな~。』


飛行機が離陸してやっと、もう逃げられないと覚悟ができた。滑走路に敷かれた無数のライトの後に現れた街並みが小さくなっていく。完全に諦めがついてから、これまでの恵まれた環境、家族、友人、先生方の支えを何一つ無駄にせず全力で頑張ろうと決めた。自分自身のために。



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