第 一章 崩壊 - 前篇
完ぺきだった。私の人生は、あの糸川茉莉亜が現れるまで完ぺきだった。
柄仲香奈絵の頭を、再び茉莉亜に対する憎悪が支配した。
香奈絵は4歳から小学校3年生まで、父親の仕事の関係でアメリカに住んでいた。両親は、欲しいものを何でも買ってくれた。問題が起きれば、事情を聴く前から香奈絵は悪くないと教師や相手の親から守ってくれた。女の子は、いつも笑顔でかわいらしくしていればみんな味方してくれると教えてくれた。かわいくなるために、化粧と洋服とヘアスタイルにいつも気を使った。その後両親が離婚して、小学校4年生で母親と東京に戻ってもそれは変わらなかった。寧ろ片親になった香奈絵に負い目を感じたのか、母親はより一層我儘を許すようになり、たまに会う父親は欲しい洋服や化粧品を何でも買い与え、夏休みは毎年アメリカに滞在させた。
中学生の時、英語の授業が大好きだった。教師よりもきれいな発音をクラスメートたちに見せつけるのが快感だった。悔しそうな教師の顔を見るのも、「すっっごーい!ホンモノのアメリカ人みたい!」って言われて目立てるのもうれしかった。私を教科書の音読で当てなくなった教師や、帰国子女だからって調子に乗ってるって言ってくる奴らの言いがかりからは、友達が守ってくれた。いつも笑顔で明るく、そして何よりもかわいく居ることが1番大切だって分かってた。結婚式場でずっと働いてるママは、私がかわいくなるためにメークやヘアやおしゃれの事を何でも協力してくれた。風紀だとか言って、私のやることにケチをつけるうるさい教師には親としてきちんと抗議してくれた。みんなに笑顔で感じよく、ちゃんとかわいくなる努力をした私はクラスの人気者だった。みんなが私に注目して、私を羨ましがるのが楽しくて仕方なかった。親が離婚して可哀そうな境遇に居る私がみんなの中心になれるのは、頑張ったからだって思った。
基本的にみんな親友だし大好きだけど、私がコンプレックスに思ってる太くて短い脚や、ほっといたらアフロみたいになっちゃう強烈な天パじゃなくて、何の努力もしないできれいなコ、化粧しないで学校来ても全然大丈夫なかわいいコは嫌いだった。私は太くて曲った脚を隠すために男子の前ではスカートの下にジャージはいて隠さなきゃいけないのに、ガイジンじゃないくせに堂々と長くて細い脚を自慢するなんて感じ悪かった。美容院だって、パパやママにお金ちょうだいって頼んで2カ月に1回はストパーかけなきゃ普通のかわいいは保てなかった。もちろん、すごく傷むからヘアケアにだってすごくお金と時間をかけた。生まれつきのストレートヘアで当たり前みたいな顔してる子も気に障った。いつもかわいく居るために、体育のあとダッシュで戻って化粧が崩れてないかチェックしたり、水泳を毎回サボる私はすっごくえらい。それなのに、頑張ってないくせに、私よりもかわいくてキレイで幸せなんて許せなかった。私の家にはパパがいなくて、それだけだってずっと大変で可哀そうなのに。それでも負けないで、かわいくなれるように頑張ってたのに。私が1番じゃなきゃおかしくて、私よりかわいくて幸せなのだけは許せない。だからほめてるふりしてわざと意地悪言って、ちょっとずつ精神的に追い詰めた。
頑張ってないのに隣に並びたくない位かわいいコ、成績が良くって私より目立つコ、両親が揃ってて幸せ自慢全開のコ、頑張ってないくせに私より目立って恵まれてるコを見ると、すごくイライラした。他のコが教師や友達にほめられるのも、何で私じゃないの?っていつも思った。友達に彼氏ができると、何で私じゃなくてその友達を選んだのか全然納得いかなかった。私の方が、かわいいしすごいのにって。ママは、そう思うのは香奈絵がかわいい女のコな証拠だって言ってくれた。だから、見下せないほど恵まれてるコがいたら、近づいて情報収集して、みんなに私とそのコが仲いいってしっかり見せつけた後で、そのコがいつも悪口言ってるって他の友達に吹き込みまくって孤立させた。もちろん、その間はそのコに天然のふりして散々嫌み言ってやったんだけど。引きずりおろさなきゃ絶対気が済まなかった。ファミレスでご飯おごれば、私と2人っきりでもみんな簡単に話聞きについてきたし、普段からかわいく、みんなに親切にしてれば信じてもらえた。私がウソの噂なんて絶対流すわけないって。もし、間違って言ったとしてもわざとじゃないって。だからいつもそのコが悪くって、私の勘違いでも私は絶対悪くないって。
友達に彼氏が出来たら、レベルの低い興味ない男子でも絶対横取りした。上目遣いでボディタッチしまくって、そのコが彼氏に変なことするなって怒ってきた時がチャンス。教室のまだみんなが居るところで泣いて、そのコの彼氏の方から迫ってきたのに勝手に嫉妬されていじめられたって言えばそのコが絶対悪者になってその後彼氏とすごいぎくしゃくしてた。無理だった場合は、浮気してるって噂立てて絶対けんか別れするように仕向けた。上手くいった瞬間は、いつもすごく気持ちよくて幸せだった。だって、私より格下の女子が、私のよりかっこいい彼氏がいて私より幸せなんて絶対おかしいから。2人の仲を壊して、私が1番幸せな、当たり前の状態に戻すだけ。ターゲットが不幸になるのが私の幸せだった。
高校に入って、最初の進路調査で大学の英文科って書いた。ここだったら絶対日本で育ったダサい友達を見下せるし、目立てるから。パパもママも賛成して喜んでお金出すって約束してくれた。高校でも、私より目立ったり幸せそうなコは許せなくて、中学の時と同じことした。私が苦労してるのに、私より明らかに下のコがもっと幸せとかありえなかった。背が伸びなくなってこの短くて太くて曲った脚は一生このままなんだって思うと、脚のきれいなコを見て前よりイライラするようになった。許せない友達の噂を流すたび、友達と彼氏を盗って2人の関係を壊すたび、私を妬むコが増えていった。自分に魅力がないから彼氏が私になびいたんだってこと無視して私を睨んでくるブス、ざまぁ見ろっていつも思ってた。使えない人に嫌われたって、私は全然困らなかったけど。卒業するころには、受験で忙しいとか、就職先がどうこう言って友達はほとんど私としゃべらなくなった。実はちゃんと遊んでたくせに。みんな、英語の成績抜群でさっさと推薦入学決めた私を妬んでただけ。でも、私はみんなを許してあげたんだ。みんな、私は優秀だから受験や就活よりもっと有効に時間を使えるってこと改めて思い出させてくれた。自然に顔がにやけてくるのは、いつも私が1番かわいくて幸せだから。