第 五章 嫉妬 - 前篇
3月が終わろうとしていた頃、ドタキャンのケンを除いた5人でのキャンプから戻った香奈絵は、もやもやとした気持ちで荷造りをしていた。4月から日本の大学に復学するため帰国しなければならない。使い慣れたものを黙々と段ボールやスーツケースに押し込んでいると、どうしても空っぽの頭に嫌な思い出が蘇る。
『脚に巻いてる布取ったら?』とか、完全に嫌がらせでしょ。ちょっと脚が細くて長いからって、自慢したいの見え見え。何であんなに性格悪いのケンもアーサーも好きになったの?私の方が、絶対女子力高いし、発音いいし、ジャックのためにいつも料理だって頑張ってるし、自分磨きしてるのに。私がかわいく居るために頑張って脚隠しながらつま先立ちで歩いて、化粧落ちないように絶対顔濡らさないで気をつけてたのも絶対バカにして見てたし。ちょっとアーサーの話しただけで、すぐソフィと研究の話し始めちゃったから全然しゃべれなかったし。
キャンプの2日目にアーサーが立て替えてた場所代や食費みんなで割り勘して払ったのに、出そうとしてた茉莉亜からは断ってた。茉莉亜にはいつも絶対払わせないって笑ってたし。アーサーより3つも上のジャックは絶対いつも割り勘なんだけど。てかさ、この中で1番給料いいんだから恋路が上手くいくように助けてあげたかわいい女のコの分くらい払って当然じゃない?せめて、私の分もジャックに請求するくらいの気づかいしろっての。アーサーって、ホントダメ。
どうして、パパが居なくたってお化粧もおしゃれも英語も頑張ってるけなげな私に声かけてきたのがジャックだけで、日本に大して興味ないケンとアーサーが2人とも何の努力もしない石頭の茉莉亜なの?あんなクリスマスケーキ大安売り女のどこがいいの?ケンが、ホントは仕事の都合じゃなくてアーサーに茉莉亜取られて悔しかったから来なかったの知ってるんだから。どうしたら挽回できるかって相談されたし。てか、このせいであの2人ずっと仲悪いし。
「あぁっ、ムカつく!」
香奈絵は、ジャックからプレゼントされたネックレスを壁に投げつけた。
どうして、こんなマーケットのテントで売ってる安物しか買ってくれないの?茉莉亜のこと我慢して、ケンやアーサーが茉莉亜はスタイルいいとか頭いいとか、ガイジンの金髪と青い目の方が絶対すごいに決まってるのにあの真っ黒で気持ち悪い髪と目がきれいだとか聞くの笑って我慢して助けてあげたのに。全部、ジャックの親友だからなのに。本当は、感謝でいっぱいですぐにプロポーズしたいに決まってるのに、どうしていつもそれをはっきり言わないの?これが、世界で1番愛してるフィアンセに対する態度?
香奈絵とジャックの会話はだいたいいつもこんな感じだ。
香奈絵「ねぇ、香奈絵の事愛してる?」
ジャック「愛してるよ。」
「永遠に?」
「…うん。」
「世界中の誰よりも?」
「彼女だからね。」
「じゃあ、世界中の誰よりも永遠に香奈絵を愛してるってはっきり言って!」
「…愛してるよ。」
目をまっすぐに見て懇願する香奈絵を見て、始めのうちは「こんなに俺を愛してくれるコは人生で初めてだ。しかも、ずっと憧れてた日本人!」と有頂天になって応えていたジャックだったが、香奈絵の対外的な仲良しカップルアピールに疑問を抱き始めた頃から歯切れが悪くなってきた。いつもの質問に目をそらしながら曖昧に答えたジャックを見て、レストランの料理が運ばれてくる前に香奈絵は怒って立ち去った。香奈絵とジャックが初めて出会って1年近くが経っていた。
ジャックって、シャイすぎて私の事愛してるってちゃんと表現してくれない。こないだだって、ご飯食べに行ってソースが口についてたから舐めてあげようとしたのにレストランじゃ無理って断られて出来なかったし、せっかくキスしてるラブラブ写真あったからフェイスブックでみんなに見せてあげたのにジャックのからは外されてたし。どうして、いつも私達の幸せをみんなに分けてあげたいっていう私のやさしさが分からないんだろう?
ママに相談したら、結婚まではキレないで我慢してあげなさいって言われた。ジャックがいつも必ず私を怒らせるのが原因なのにって思うけど、そうだよね。ジャックがいつでもみんなの前で私への愛を素直に表現できるようになるためには、私が結婚してあげてアメリカに住んであげなきゃいけない。愛するジャックが大事な私を失わないようにしてあげるためには私が我慢してあげるのが一番だよね。やっぱり、ママは頼りになる。愛する私のかわいい我儘を叶えることが絶対いつもジャックの幸せなんだってこと早く分からせたい。
私がこんなに苦しんでる間に、何にも頑張らない茉莉亜がアーサーに大事にされて研究も充実してるなんて絶対許せない。いつも、私が入れない研究の話ケンやソフィとするの自慢のつもり?女のコは明るくて元気いっぱいで、私みたいにほんのちょっとだけおバカで幼くて守ってあげたくなるようなコがいいって絶対決まってて、難しい事とかしたらかえってマイナスって事にいつも気付かないレベルに女子力低いってこと。そんなの見せられても何とも思わないし。
全然かわいくない科学者なんて聞いたら、絶対みんなもう終わってるって普通思うでしょ。ガリ勉で女子力ゼロの科学者は、いつもボロボロの服に頭爆発って絶対決まってるんだから。スカートはく権利なんてないし、ピアスとか絶対着ける身分じゃないから。前、レストラン一緒に行った時、わざと短いスカートはいてきたの私に見せつけるため?髪半分おろしてたのだって、まっすぐなの私に自慢するため?そんなことホントは絶対しちゃいけなくて、やったってどうせ似合わないってことに気付かない茉莉亜ってどうしよもない。
私は4月から大学に戻るために帰国しなきゃいけないのに、茉莉亜はあと半年もアーサーと居られるとか不公平すぎる。
「神様、どうか私が心から愛するジャックが結婚したい気持ちを素直に表現できますように。香奈絵みたいな素敵な女のコはもう二度とジャックの前には現れません。
それから、ガリ勉石頭で自分磨きもしない茉莉亜が地獄に落ちますように。今までかわいい香奈絵に嫌がらせした分、せめて不幸になって楽しませてくれないとけなげな香奈絵ちゃんが可哀そうです。
アーメン。」
香奈絵はジャックのまねをしてお祈りを終えると、交互に組んでいた指をほどいた。一向に片付かない部屋を見てジャックに電話をかけたが出なかった。すぐに反応しないジャックにイラつきながらも留守電を残した。
「ジャックゥ、あのねっ、お洋服とお化粧の道具が全然片付かないのぉっ。女のコだから仕方ないよねっ。今すぐ来て手伝って欲しいなぁっ。ジャックなら、私のもの触っても怒らないであげるっ。恋しくて、すごく会いたい!」
反応のない携帯をイライラして握りしめながら、香奈絵は語学留学の日本人が溜まるすし屋に出かけた。
ワーホリっぽい店員の日本人に「私も日本人なんですぅ~。」って言って仲良くなった後、ガイジンと超早口でしゃべってるの見せつけてやった。道聞いただけだけど、ワーホリや語学留学なんて底辺の日本人には何話してたか聞き取れなかったでしょ。またいつもみたいに妬まれたって視線で分かるけど、英語できないみじめな人達が羨ましがってるだけだと思って許してあげる。あの態度、接客業としてどうなのって思うけど相手が私じゃ仕方ないから。ソーシャルクラブのメンバー呼び出してストレス解消しても良かったけど、万が一ジャックに見つかったら大変だしね。
散らかったままの部屋に戻って多少気分が滅入ったものの、自分を妬む日本人たちを思い出して何とか気持ちを立て直した。ちょうどジャックからの着信音も鳴った。
繋がった直後に、香奈絵のヒステリックな声が響く。
「愛してるなら、すぐに会いに来てって言ったでしょ!」
またいつもみたいに、ジャックは私を怒らせた。
平日の昼間に言われてもすぐ抜けられないって何?私はあなたの全てでしょ。夜なら会えるって、夜は私が1日中荷物詰めてて疲れてるってことが分からないの?絶対すぐ来るって信じてたから化粧やり直したのに。どんだけ時間と手間がかかると思ってるの?ムカつくからすぐ切った。ホントは、あと3日しかこっちに居られない私のために仕事休んでずっと一緒に居たいくせに、どうしてそうしないの?どうして、いつも私が絶対言って欲しい事すぐに言ってくれないの?今日は、ジャックのせいでこれ以上やる気が起こらない。せっかく気晴らし行ったのに、全部無駄になっちゃった。
ママ、いつもこんなにひどいことされてたら、やっぱり怒って当然だよね?