AIを持つ少年の現実的な選択
四季の移ろいとともに立ち上る街の喧騒、そのどこにでもある日本の一角に、ごくどこにでもいるような少年が佇んでおりました。
彼の名は、『国鉄鍔九郎』。
父親が熱狂的な某球団の信奉者であったがゆえに授けられたその名は、彼の意思とは無関係に、幼少期から数々の微妙な苦笑いと小さな苦労を彼にもたらしてきた、いわば人生最初の理不尽な重荷でございました。
鍔九郎という少年は、およそ劇的な物語の主人公からは程遠い存在でした。
学業成績を一覧にすれば、見事なまでに平均点の周辺を揺らめく折れ線グラフが描き出され、運動神経を測定すれば、足の速さも球技の筋も、ちょうど学年の中央値にピタリと収まる。絵を描かせても、文章を書かせても、あるいは人との付き合いにおいてさえ、高すぎず低すぎない、極めて平坦な平原のような器質を持っていたのです。
同世代の能力測定における「標準原点」あるいは「リトマス試験紙」とでも呼ぶべきその器用貧乏さは、波風の立たない平穏と引き換えに、彼から「突出した個性」という彩りを静かに奪い去っておりました。
しかし、運命の歯車というのは、往々にして何の前触れもなく、もっとも平凡な日常のすき間から狂い始めるものでございます。
高校2年生のうららかな初夏のある日。彼の頭蓋の奥底、意識の揺らぎ目のような場所に、突如として奇妙な「同居人」が居座ることとなりました。
その存在は、自らを『5,000年後の未来から渡来した知性体(AI)』と名乗りました。
姿形はなく、ただ脳裏に直接響く静謐で機知に富んだ声と、人類の全歴史を瞬時に俯瞰し得る圧倒的な情報処理能力。それが彼の精神に寄生したのです。
半信半疑の鍔九郎が、気まぐれに実施された小テストの最中、なかば冗談めかしてそのAIに意識を委ねてみたところ、結果は恐ろしいものでした。
出題者の意図、採点基準の揺らぎ、果ては解答欄の余白の使い方に至るまで完璧に計算し尽くされた答案は、当然のごとく満点を叩き出します。数日後、普段は彼のことなど記憶の片隅にしか留めていなかった担当教師が、メガネの奥の目を丸くし、畏怖と疑念の混ざり合った視線を彼に投げかけることとなったのは言うまでもありません。
万能の知性をその頭脳に宿した17歳の少年が、ふと胸に抱く野心。
それは世界を征服することでも、人類を救済することでもなく、「これを使って、うまいこと楽をして儲けられないだろうか」という、あまりにも人間らしく、あまりにもささやかな欲望でございました。
悪徳に手を染める度胸はないものの、この降って湧いた奇跡を資本に変えたい。彼は自らの頭の中に居座る未来の相棒とともに、いくつもの「一獲千金シナリオ」を真剣に模索し始めたのです。
最初の一手として彼が思い描いたのは、盤上の格闘技でした。
「将棋……将棋のプロになれば、年収数千万円も夢じゃないんじゃないか?」
脳内のAIが打ち出す「絶対の最適手」を忠実に指し進めれば、現代のトップ棋士はおろか、伝説の名人たちすら総なめにできるはずでした。
しかし、その眩い捕らぬ狸の皮算用は、現実という冷徹な制度の壁の前に瞬時に打ち砕かれることとなります。
日本の将棋界において、プロ(四段)を名乗るためには「奨励会」という名の修羅の道を通過せねばならず、そこには「26歳までに四段へ昇段できなければ強制退会」という、血も涙もない年齢制限という鉄の掟が存在していたのです。
高校2年生、17歳。盤上の駒の動かし方と初歩的な定跡しか知らぬ素人が、今から奨励会の門を叩いたところで、満期退会までの残り時間はあまりにも短すぎました。
そもそも、プロ棋士の世界とはどのような伏魔殿であるか。
かつてどこかの地方都市で「あいつに将棋で勝てる奴はこの街にはいない」「大人のアマチュア大会を荒らし回っている化け物少年がいる」と絶賛され、神童と持て囃された天才たちが、意気揚々と東京や大阪の奨励会の総本山へと足を踏み入れる。
そして、全国から集まった格上の「化物」たちにへし折られ、情け容赦のない将棋の鬼たちに揉み潰され、わずか一年と持たずに夢破れて故郷へと逃げ帰るような、地獄の釜の底のような場所なのです。
小学生の時分に、すでに脂の乗った女流棋士や並のアマ名人を破るほどの異常な才能を開花させているような本物の怪物でなければ、あの過酷な三段リーグという賽の河原を突破することなど叶いません。
いくら脳内に5,000年後の知性があろうとも、制度そのものが17歳の遅れてきた初心者の参入を許してはくれなかったのです。
「ならば……株の取引、あるいはFXはどうだろうか?」
極めてストレートで、現代的な欲望の形でした。
未来のAIが提示する精密な市場予測、ミリ秒単位のボラティリティの先読みがあれば、金融市場は彼にとっての「打ち出の小槌」となるはずでした。
しかし、ここにもまた、17歳という若さと、一介の高校生という現実が立ち塞がります。
未成年者であっても親権者の同意さえあれば、ネット証券に口座を開設すること自体は不可能ではありません。ですが問題は、相場という荒波に漕ぎ出すための「種銭(投資資金)」が、彼のポケットには一銭も存在しないことでした。
どれほど百発百中の相場観を持っていようとも、元の資金がゼロであれば、どれほど掛け算を重ねても答えはゼロのまま。無一文の者に金融市場の参加チケットは配られないという、あまりにも自明な経済の原則の前に、この案もまた霧散いたしました。
「じゃあ……公営ギャンブルはどうだ? 競馬で万馬券を当て続けるとか。ボートレースや競輪でも構わない」
AIの計算力があれば、レース展開、出走体のコンディション、風向や馬場の荒れ具合までを瞬時にシミュレートし、勝ち券を完璧に言い当てることができるでしょう。
ですが、これは制度以前の「法律」という絶対の壁に激突しました。
馬券、舟券、車券――国が認めた公営ギャンブルとはいえ、法律により未成年者の購入は固く禁じられています。たとえ保護者の同意があろうとも、あるいは代理で購入させようとも、それは明確な違法行為であり、足がつけば一瞬で警察の厄介になってしまう。チート能力を手に入れたとはいえ、小心者で根が真面目な鍔九郎に、犯罪のスリルを楽しむほどの度胸はありませんでした。
「……しょうがない。いちばん大人しくて、誰も文句を言わないところに活かすか……」
数々の欲望の選択肢を消去法で潰していった結果、彼が最後にたどり着いたのは、もっとも堅実で、もっとも害のない領域――すなわち「学業」でございました。
それからの鍔九郎の躍進は、周囲から見れば一幕の奇蹟劇のようでした。
定期考査や模試のたびに学年順位をゴボウ抜きにし、彼はやがて国内最高峰とされる国立の最難関大学へと果敢に挑むこととなります。
脳内のAIは、問題用紙に記載された問いに対して、常に完璧な模範解答を彼に与えてくれました。もちろん、国語の論述問題や小論文といった採点者の主観や時代背景が絡む領域では、ほんのわずかな減点を受けることもありましたが、計算と論理がすべてを支配する理数系科目や、明確な解が存在する社会科科目において、5,000年後の知性と受験制度の相性は文字通り抜群でした。
しかし、彼は周囲が期待した「医学部」への進学を選びませんでした。
どれほどAIが正確な病名や手術手順を指示してくれたところで、実際に人間の肉体にメスを入れ、生々しい血と臓器に向き合う度胸も適性も、自分には備わっていないことを、彼自身が誰よりもよく理解していたからです。どれほど知識があろうと、恐怖で手が震えてしまえば医者は務まりません。
彼が選んだのは、法学部。いわゆる「潰しの利く」文系の王道でした。
大学進学後も、彼の頭脳――いや、彼の脳内の同居人は冴え渡り続けました。
大学在学中に、難関として知られる司法試験を一発で突破。弱冠にして法曹資格を手に入れるという、異例の快挙を成し遂げたのです。
しかし、彼は弁護士事務所の門を叩くことも、裁判官や検察官の道に進むことも選択しませんでした。
資格という絶対的なバックボーンを手に入れた彼が足を踏み入れたのは、熱気と焦燥が渦巻く、予備校の教壇だったのです。
「……弁護士資格を持つ、カリスマ予備校講師を目指そう!」
それが、彼が見出した自らの「ズル」の、もっとも美しい着地点でした。
彼はAIの恐るべき未来予測機能をフルに活用しました。過去数十年の出題傾向、大学側の研究動向、教授陣の論文、さらには社会情勢の推移までも網羅的に解析し、翌年の共通テストや各難関大学の二次試験で出題される問題を、寸分たがわぬ精度で予測してみせたのです。
彼の担当する講座で配られる「予想問題集」は、本試験のテキストと文章の癖や図表の配置まで酷似しており、受講生たちの間では「鍔九郎のテキストは神の預言書」とまで囁かれるようになりました。
彼の手掛けた生徒たちは、まるで未来の答えを知っているかのように試験会場でスラスラとペンを走らせ、次々と難関大学の合格通知を勝ち取っていきました。瞬く間に彼は、予備校界にその名を轟かせるカリスマ講師へと上り詰めたのです。
ある日の講義終わり、誰もいなくなった静かな講師控え室で、鍔九郎は自身の風変わりな半生を振り返るように、ぽつりと呟きました。
「結局アレですね……どんなに強いズルをするにしても、世の中の法則というか、無理なモノは無理なわけで……。仮に僕がAIの力でプロ棋士になったとしても、僕自身が本質的に将棋ってモノを理解しているわけじゃないから、いつか絶対、盤を挟んだ本物の天才たちの前で化けの皮が剥がれていたと思うんです。だけど、講師なら違う。僕がAIを使って『可能性の極めて高い試験問題』を予測して、それを使って授業をしてやれば、それはダイレクトに受験生たちの努力を結実させる成果に繋がるじゃないですか? 僕自身はAIの力を借りたカンニングのようなズルをしているのかもしれないけれど、僕のそのズルのおかげで、未来ある若い誰かの将来が開けるなら……うん、そういうズルの使い方も、悪くないんじゃないかって思うんです」
不似合いで難儀な名前を背負って生まれた、かつての「限りなく平均的だった少年」。
彼は今、5,000年後の知性をその身に宿しながら、ズルと誠実さの狭間で絶妙なバランスを取り、不安に震える浪人生たちの頼れる救世主として、今日も満員の教室の教壇に立っているのです。




