おすわり出来ない使い魔の君と
魔女、それは恐れられる存在。
厚かましく、喧しく、怪しげな呪文を繰り出しては、邪悪な行いをする。
大抵は老婆だ。
でもこの国では少し違う。
魔女はれっきとした職業だ。
確かに怪しげな呪文を唱えるが、人に危害を加えるわけではない。
魔女は、その身に宿る魔力が多い者が魔女となる。
ちなみに男性でも、魔女という。
これは、始祖の魔女と称えられている人が女性であることから、敬意を表すためにそう呼ばれている。
コクは赤ちゃんの頃から恐れられていた。
コクの魔力は強大で、泣けば家具の様々なものが倒れた。
12才の今日まで生きられたのは、ただ両親がコクの育成に奔走したからだった。
しかし、そんな両親もコクに疲れ果ててしまった。
両親はまだ早いが、どうせ遅いか早いかの違いだと、魔女にコクを預けようとした。
しかし魔女たちはみんなコクを拒否した。
才能の塊であるコクが、自分を越えるのを本能で拒絶した。
結局コクが今の師匠に会うまで、転々と両親と魔女たちの元へ渡り歩いた。
唯一、受け入れてくれたのが今の師匠だ。
字名は、薬草の魔女。
その名の通り、薬を作るのを得意とする魔女だ。
両親は師匠にお金を渡すと、コクを抱きしめた。
母親が言う。
「いい?魔女さんの言う通りにするのよ。手紙を書くからね。返事をちょうだい」
「うん、ママ」
「元気でね」
そうして、馬車が地平線に消えるまで、コクはずっとそこに佇んでいた。
師匠の元で研鑽を積む日々。
残念ながら、コクはあまり薬を作るのが得意ではなかったが、師匠は見捨てず、丁寧に教えた。
「コク、こういうのは根気が大事だよ」
「はい、師匠」
ある日師匠に、使い魔を選ぶように言いつけられる。
師匠の使い魔は、カエルだ。
とても毒々しい、巨大なカエル。
薬が上手くつくれないコクをよく馬鹿にしている。
師匠と違ってとても、陰険なやつだとコクは思っていた。
その他にも魔女の使い魔には、フクロウや猫などの魔女との相性の良い動物が選ばれる。
コクは使い魔を探す為に森に入った。
師匠の家の近くにある、鬱蒼とした森だ。
コクはまず、狐を見つけた。
狐はコクを見るなり一目散に逃げた。
栗鼠を見つけた。
栗鼠はコクを見るなり気絶した。
烏を見つけた。
烏はコクの姿を見ず気配だけで去っていった。
小さい生き物がダメなら、大きい生き物はどうだろう。
熊を見つけた。
熊は後退りして逃げた。
猪を見つけた。
猪は木にぶつかりながら逃げた。
鹿を見つけた。
鹿は恐慌に駆られ転げ落ちるように逃げた。
何日も何日も森に通い詰めたが、使い魔になってくれそうな動物を見つけることができなかった。
ある日、コクがどうにもならずぼうっと空を見上げていると、近くの繁みがガサガサ揺れた。
途端、弾丸のように何かの物体がコクをめがけて襲ってきた。
咄嗟に受け身を取って、コクは何かの物体を抱きかかえる。
キャン。
鳴き声がした。
よく見ると、何かの物体は犬だった。
少し土にまみれているが、それほど汚くない。
もしかしたら、捨てられて直ぐの犬なのかもしれない。
多分雑種。茶色の毛の犬は、尻尾を振りながら、コクの顔を嘗め回した。
「ちょ、ちょっと」
最後まで言えない。なぜなら嘗め回されているから。
コクは犬の身体を恐る恐る撫でた。
とてもあたたかい。
コクはそのまま犬を抱きしめて、師匠の家に帰った。
犬を見た師匠は一瞬驚いたが、コクに、「選んだんじゃなくて、選ばれたんだねぇ」と言った。
そしてその犬に、ロクシード(勇気ある者)と名付けた。
数日たって気が付いた。
ロクシードは勇気があったんじゃない。
ただおバカなだけだと。
ところ構わず、突っ込むし、トイレの場所を覚えない。
最初は身体が少し小さいから、室内飼いを検討したけど、師匠が使う樽をぶっ壊して、容赦なく外飼いになった。
おすわりも出来ない。餌にはすぐに食らいつくし、こちらの声は届かない。
待ても出来ない。
ありとあらゆる指示が通らないため、使い魔契約がちゃんとされているか確認したほどだ。
ちゃんとされていた。
ただおバカだからよく分かってないだけだ。
コクは途方に暮れた。
師匠はそんなコクを見て、微笑むだけだった。
ロクに振り回されるそんなある日、コクはロクの朝の散歩に出かけていた。
ロクは朝も夕も散歩しないと気が済まない質だった。
しかも散歩に連れて行ってもらえると信じ切った瞳でこちらを見つめてくる。
尻尾もブンブン振る。
だからコクは仕方なく朝早く起きてロクの散歩に行かなきゃならなかった。
森の外縁を気長に散歩していると、鳥たちが突然羽ばたいた。
違和感を覚える間もなく、額に角を生やした猪みたいな魔物が姿を現した。
魔物は一気呵成に、コクに向かって火炎を放つ。
障壁を貼る前に、ロクがコクの前に躍り出た。
「ロク!」
「バウッ、ウゥ〜、バウ!」
低く唸り声をあげるロクに、コクは呆気に取られる。
そのままロクの前に障壁を放ち、なんとか攻撃を防いだ。
ロクはまだ、コクの前に出たまま。
魔物が次の攻撃に出る前に、氷結で倒す。
倒れ伏す魔物を前に、コクはロクの瞳を見た。
ロクは嬉しそうにワンと吠える。
「そうだね。ずっと、ロクは私を選んでくれていたね」
コクはロクを強く抱きしめ、撫でた。
ロクの尻尾がブンブン振っている。
ロクがコクの顔を舐める。
「うわっ。ちょちょ、ハハハ」
青空の下、少女と一匹は楽しそうに寄り添っていた。




