少年になる。(12)
その切っ先がジャックの鼻を掠める寸前、身体を後ろにそらし、そのまま飛んで距離を取る。逆手に握ったナイフを握る手に力を籠め、顔の前に構えて地面を蹴る。フェラリルとすれ違いざま後ろ足の付け根あたりに傷をつける。銀の毛がはらりと舞う。
(クソッ、腱のあたりを狙ったのに少しずれた。)
俊敏な相手と一対一で対峙するのならまずは動きを遅くするのは定石だ。だからといって相手の体力が切れるのを待つまでに、こちらがへたってしまうだろう。しかも今回は子どもの方にも気を配らなければならない。そう考えて足を狙ったが、フェラリルがこちらと距離を取ろうとして、横に飛んだため狙いがずれてしまった。フェラリルは尾に魔力を籠め、そこから氷の粒のようなものが現れる。尾を包む毛が広がり、氷の粒が弾丸の様に襲いかかってくる。ジャックは近くにあった木の後ろへと飛び退き、攻撃をかわす。しかし、ミシミシと木が割れるような音が背後から聞こえる。すぐに近くの茂みに身を伏せる。危なかった。
フェラリルはしばらくこちらの様子をうかがうようにゆっくりとこちらに距離を詰めている。ジャックはポーチに手を伸ばし、「あるもの」が入っていることを確認する。
(よし、いける。)
ジャックは地面を蹴り、木の上に飛び乗る。それに気づいたフェラリルは地面を蹴ってこちらへ襲いかかろうとする。そこでジャックは先ほどの「あるもの」をフェラリルに向かって投げつける。それは小さなゴルフボール大の球のようなものだ。フェラリルはそれに気づいたようだが、よけることはしない。ただの小石か木の実だとでも思ったのだろう。ジャックはニヤリと口をゆがませ、自らの腕で目を覆いながらその身を後ろに倒し、空に投げる。瞬間辺り一面に光が広がる。ジャックは地面に着地するとすぐさま、光で目をやられ、かぶりを振っているフェラリルのすねのあたりを切り裂き、尾を付け根から切り落とす。根先ほど投げたのは、光るキノコの胞子を入れたいわば光玉だ。某忍者漫画を念頭に、オタク心を踊らせながら作成した渾身の一球。
これでもう動けないだろう。そう一息ついていると、ジャックの隙を突くように火の球が飛んでくる。油断していたジャックの顔をそれが掠める。後ろに退くと、ジャックと親のフェラリルの間に子どものフェラリルが飛び込んできた。傷ついた親を守るように、こちらを威嚇するように、牙を剥く。尾の先端には先ほど放ったであろう火の球が浮かんでいた。フェラリルが使える魔法は各個体につき基本は1属性。どうやら百年も生きる個体であればいくつかの属性が使えるようになるともフィルに教えてもらった。しかし、使える魔法は基本的に親からの遺伝であるはずだ。ジャックが腱と尾を切ったあのフェラリルは確かに年かさとはいえ百年は生きていないように思える。
(こいつら親子じゃないのか。)
基本的に自分の子ども以外に関心を持たないはずのフェラリルがどうして目の前の、この、家族を傷つけたジャックに今、正に噛みつこうする、若きフェラリルを育てたのか。
角の小さなフェラリルがこちらに爪を伸ばして襲いかかる。先ほどのフェラリルととてもよく似た動きだ。しかし、地面を蹴るその足では身体を満足な速さには動かさない。避けるまでもない。ジャックはナイフを逆手に構え、地面を蹴る。眼下を通り過ぎるフェラリルの首元にナイフを滑らせる。わずかに血が舞い、静かに首が落ちた。
ジャックは自然と親のフェラリルに目が行った。こちらを静かに見つめるフェラリルはその眼光でジャックを射殺さんばかりであった。胸の中がざわめく。これは狩りなのだからそういうものだ。命を狩るものなのだ。これまでにもイノシシや、鹿の親子を狩ったことは何度もある。しかし、親子以上の二頭の関係に気づいてしまったからには、罪悪感のような後味の悪いものがジャックの中に生まれ、心を覆い尽くさんばかりに蔓延る。
先ほどとは異なり、親のフェラリルがこちらに襲いかかってくることはない。しかし、その威圧感で足がすくむ。ジャックは一歩いっぽ、のろのろと近づいていく。ようやくフェラリルと間近で相対すると、腰に下げていたもう一本のナイフを握る。今手にしているこの小さなナイフではこの親は狩れそうにない。フェラリルはこちらを見つめたまま視線を外すことはない。身じろぎひとつしない。子を討たれ覚悟を決めている、そんな意志を感じた。




