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秘めた想い

作者: をりふで
掲載日:2026/01/12

 人通りのない、学校の帰り道。

 同級生の友瀬(ともせ)と同じ高校の女子を見かける。

 近づいてはいけない雰囲気を感じた。

 立ち去ることもできたのに、足が動かない。

 物陰に隠れて、向き合う二人を見つめる。

 女子は頬を赤くして話す。

 友瀬は口角を上げて頷く。

 嬉しそうに女子が笑う。

 話し声は聞こえないけれど、内容はわかった。

 二人は手を繋いで歩き出す。

 胸が痛むのを無視して、俺は家に帰った。

 

 教室の窓際の席から、登下校の様子を見下ろせる。

 友瀬が女子と並んで歩いていた。

 二人は手を繋いでいる。

 胸を鋭利な刃物で抉られるような痛みが走った。

 一週間前に失恋したばかりだ。

 社会は多様化しているとはいえ、同性に恋をする人間はまだ少数だろう。

 友瀬と会ったのは、中学校に上がってからだ。

 恋をしたと自覚したのは、いつだったのか覚えていない。

 なにがきっかけで好きになったのかも。

 気づいたら、いつも思い浮かぶのは、考えるのは、会いたくなるのは。

 友瀬だった。

 告白しようとは思わなかった。

 想いを口にして友人を失いたくないし、自分自身も傷つきたくないから。

 友瀬にとって、一人の友人でいる方を俺は選んだ。

 なのに。

 友瀬といる彼女を見て、薄暗い感情を抱く。

 隣にいられるのが羨ましい、妬ましい。

 もし、あそこにいるのが自分だったら。

 頭を振り、湧き上がった考えを追い払う。

 こんなことを思う自分が嫌になる。

 失恋する日が来ると覚悟していたが、想像するよりもしんどい。

 不謹慎にも、友瀬と違うクラスで安心している。

 同じクラスだったら、不登校になっていたかもしれない。

 思わず溜め息が出た。

「また溜め息ついてんのか、浜岡(はまおか)

 頭上から名前を呼ばれた。

 俺は、声をかけてきた男子の方を振り返る。

黒桐(くろきり)帰ってなかったのか?」

「今日は日直だったからな」

「お疲れさん」

「帰らないのか?」

 鞄を片手に持ったまま、黒桐が聞いてきた。

「もう少ししてから帰るよ」

 今帰れば、友瀬と彼女に会う。

 二人を目の前にして、平常でいられる自信がない。

 黒桐は鞄を机の上に置いて、自分の席に座った。

「……やっぱり、俺もまだいる」

「帰るんじゃなかったのか?」

「気が変わった」

「そっか」

 黒桐は口を開いて閉じてを三度繰り返した後、俺の名前を呼んだ。

「……浜岡。来週の日曜日、空いているか?」

「空いているよ」

「ショッピングモールに、行かないか?」

 黒桐から誘われるとは珍しい。

 俺か友瀬が、遊びに誘うことが多かった。

 たまには、気晴らしもいいだろう。

「いいよ。待ち合わせ場所は時計台で、時間は十一時でどうだ?」

 時計台は、ショッピングモールから歩いて十分のところにある。

 待ち合わせ場所に指定する人が多い。

「大丈夫だ」

 黒桐は頷いた。

 表情がいつもより柔らかく見えた気がする。


 翌日、体育の授業はバスケだ。

 球技が苦手な俺は、ボールを追いかけるので精一杯。

 一回もボールを取れやしない。

 黒桐は相手チームからボールを奪い、点数を稼いでいる。

 観戦している女子たちが黄色い声を上げていた。

 注目の的である本人は耳に入っていない様子である。

 バスケは黒桐がいるチームが勝った。

 授業が終わり、体育着から制服に着替える時、ふと気づいた。

「黒桐、体格いいんだな。なにかしてんの?」

「半年前から筋トレしてる」

「えっ、気づかなかった」

「筋トレって、すぐには効果が出ないからな」

 俺は、自分の腕と黒桐の腕を見比べる。

 やっぱり、筋肉のつき方が違う。

「お腹、触ってみていいか?」

「あ、ああ」

 戸惑いながらも、黒桐は承諾してくれた。

 服の上からお腹を触ってみる。

「俺も筋トレしようかな」

「ちょっと失礼するぞ」

 黒桐が、服の上から俺のお腹を触ってくる。

 なんか、くすぐったい。

「筋肉ないの、コンプレックスなんだけど」

「浜岡も俺のお腹触っただろ? おあいこだ」

「違うぞ、黒桐。別物だった」

 黒桐のお腹を触った手には、筋肉の感触が残っている。

 勝負なんてしていないのに、俺は負けたように感じた。

 黒桐は、俺のお腹を触った手を見つめる。

「確かに違うな」


 三日後の昼休み。

 購買部で買ったサンドイッチとあんぱんを手に歩いていると、校舎裏から話し声がした。

「先輩、私と付き合ってください!」

 女子の緊張して上擦った大きい声に驚く。

 言った本人は、恥ずかしいだろうなと想像する。

 告白するのは勇気が必要だ。

 俺は、できなかった。

 告白ができた人たちを凄いと思う。

 嫌な記憶を思い出し、立ち去ろうとした。

「ごめんな。俺、好きな奴がいるから」

 聞き覚えのある声を耳にして足が止まる。

 相手の男子は、黒桐だった。

 恋愛に興味がなさそうに見えるけれど、誰かに想いを寄せていたのか。

 顔立ちは整っている方だし、ミステリアスな雰囲気も漂う。

 女子が放っておく訳がない。

「聞いてくれてありがとうございます。失礼しました」

 黒桐に告白した女子の声がして、足音が遠ざかる。

 なんだろう。

 俺も振られたような気持ちになった。

 肺の中の空気を吐き出す。

 手に持っている昼食を食べれそうにない。

「浜岡?」

 黒桐から話しかけられて、目を逸らしてしまう。

「え、っと……」

「もしかして、さっきの聞いていたのか」

「ごめん。聞いたこと忘れるし、誰にも言わないよ」

「別に怒ってない」

「……そっか」

 気まずい沈黙が流れる。

 なにか言わなければと考えていたら、黒桐が俺の昼食を指差す。

「昼メシ食べないのか?」

「俺は食欲ないから、黒桐食べていいよ」

「それじゃあ体もたないだろ」

「けど……」

 俺は視線を下げる。

「じゃあ、ひとつ貰う。もうひとつの方は食べろよ?」

 黒桐は俺の手からあんぱんを取っていく。

「わかった」

 校舎裏で、俺と黒桐は並んでパンを食べる。

 黒桐はあんぱんを平らげ、俺がサンドイッチを食べ終えるまで待っていてくれた。

 最後の一口を呑み込む。

 直後、午後の予鈴が鳴る。


 黒桐と約束した日曜日。

 時計台のところで待っていると、スーツを着た四十代の男性が歩いていた。

 きちんとした身なりで隙がない。

 思わず目で追ってしまう。

 洋菓子店の箱を手にしている。

 意外な組み合わせだ。

 甘党なのだろうか。

 いや、頼まれて買った可能性もある。

 突然、誰かの手で視界が遮られた。

「どこ見てんだ?」

 拗ねたような声音がして、振り返る。

「黒桐か。誰かと思った」

「待たせたか?」

 黒桐の口調が柔らかくなった。

「俺が早く来ただけだよ」

 その時、懐かしい声が聞こえた。

「あれ? 浜岡と黒桐じゃん。久しぶり」

 俺の想い人である友瀬が近づいてくる。

 そういえば、偶然会うことは想定していなかった。

「久しぶりだな。一人なのか?」

 黒桐が友瀬に聞く。

「俺は彼女と待ち合わせ中。喫茶店のパンケーキを食べたいって言われて来たんだ」

 友瀬から彼女という単語を耳にした途端、俺は胸に痛みを感じた。

 平常を装って、顔に笑みを貼りつける。 

「そっか。デート、楽しめよ」

 嬉しそうに友瀬は笑った。

「ああ。二人とも、またな」

 友瀬は去って行った。

 数分のことなのに、時間が長く感じた。

「浜岡、顔色が悪いぞ。大丈夫か?」

 黒桐が心配そうに俺の顔を覗いてくる。

「大丈夫、だよ」

「本当か?」

 言われて、喉の辺りが詰まるような感覚がする。

 誰かに話せたら気持ちは軽くなるだろうが、まだ心の折り合いをつけられていない。

 上手く話せる自信もなかった。

 失恋って、こんなに引きずるものなのか。

 すぐに傷が癒えるだろうって、どこかで甘く考えていた。

 黒桐に心配をかけたくなくて、俺は無理にでも口角を上げる。

「本当に、平気だよ」

「俺の前では、無理するな」

 そっけない口調だが、黒桐なりの優しさを感じる。

「ありがとう」

 弱い俺は、黒桐にそれしか言えなかった。

「昼メシは、軽く食べれるものでも買うか。でも、どこで食べるかだな」

 黒桐は、俺を無理させないよう考えてくれている。

 失恋したせいだとは、言い出せない。

「俺の家で、お昼食べるのは、どう?」

「平気か?」

 俺は頷いた。


 お弁当を買って、俺の家で食べる。

 父さんも母さんも出かけていて、誰もいなかった。

 空になった弁当の容器を片付ける。

「ごめん、黒桐。せっかく遊びに誘ってくれたのに」

「こっちも悪かった。浜岡、最近元気なかったからな」

「心配させちゃったか」

「昔から浜岡は無理をするからな。そのおかげで俺は助かったけど」

「そんなことあったか?」

 黒桐は頷いた。

「小学生の時、俺が転校して最初に仲良くなったのは、浜岡だったな」

 当時の記憶を手繰り寄せる。


 俺がいたクラスに、黒桐が転校して来た。

 黒髪で顔立ちが整っていたから、女子がかっこいいと騒いでいた。

 一方、男子は気に食わなそうにしているのが数人いた。

 黒桐は勉強もできて、運動もできる。

 それが気に障ったのか、黒桐をいじめる男子が三人いた。

 俺は、黒桐がいじめられているとは知らなかった。

 ある日、体育館の裏で黒桐がうずくまっていた。

「どうしたんだよ。なにかあったのか?」

 俺が近づこうとすると、黒桐は後ずさった。

「こっち来んな!」

「なんだよ。心配しているのに」

 黒桐の袖口から痣が見えた。

「その腕……」

誰にやられたんだと、口にできなかった。

 痣を隠すと、目尻を上げて黒桐が睨んでくる。

「なんだよ。お前には関係ないだろ!」

 涙を流すことなく、懸命に耐えている黒桐を見て、俺は目頭が熱くなった。

「ご、ごめん。お、同じクラスなのに、いやな思い、しているの、気づかなくて……」

 突然泣き出した俺に、黒桐は目を丸くする。

「なんでお前が泣いているんだよ?」

「だって、黒桐が、泣かないから」

「変な奴だなぁ」

 そう言いながら、黒桐は俺の背中を優しくさすってくれた。

 俺も泣きながら黒桐の背中をさする。

 先生が探してくれるまで、俺たちは慰め合っていた。

 その日から俺と黒桐は一緒に行動をするようになった。

 当然、いじめっ子たちの矛先は俺にも向かう。

 俺は力が強い方ではないが、殴られても、蹴られてもめげずに立ち向かった。

 いじめっ子たちは面白くないのか、次第に俺と黒桐に近づかなくなる。

 中学校は、いじめっ子たちと違った。


「浜岡が俺のために泣いてくれた時から、ずっと見ていたんだ」

 なんか、黒桐の雰囲気がいつもと違う。

「えっと……」

 俺はなんて言えばいいのかわからなくて、飲みものを口に含んだ。

「友瀬が好きなのも、わかった」

 危うく口の中のものを吹くところだった。

「あ、悪い。タイミングが悪かったな」

 黒桐に謝まれる。

 呼吸を整えて、飲み込む。

 胸にしまっておいた恋心を、気づかれてしまった。

 顔が熱くなっていくのを感じる。

「……それは、友瀬も、気づいてんのかな?」

「あいつは、他のことで気づいていないだろ」

 黒桐の言う通り、それもそうだった。

「失恋してんのも知られてて、恥ずかしいんだけど」

 穴があったら、すぐに入りたい。

 いや、いっそ誰か穴に埋めてくれ。

 黒桐が呟いた。

「俺しか知らないから、平気だ」

 誰にも言わないでいてくれたのか。

 気づいたのが黒桐でよかった。

「迷惑かけてごめん。時間かかるだろうけど、立ち直るよ」

「それは、いつになるんだ? 俺は、いつまで待てばいい?」

「これ以上、迷惑かけないようにするよ」

 いくら友人でも申し訳ない。

 黒桐は首を横に振る。

「違う。浜岡が失恋しているから、元気になるまで待とうと思っていた。弱っているところにつけ込むのは、いやだったから。でも、もう限界だ」

「黒桐……?」

「ごめんな、浜岡。嫌なら、拒んでくれていいから。話もしなくていい。だけど、俺を受け入れてくれたら、嬉しい」

 黒桐の手が、俺の頬に触れた。

 緊張しているのか、不安なのか、手は震えている。

 嫌だとは、思わない。

 黒桐に触れられているところから、体中に熱が巡る。

 心臓が速く脈を打つ。

 俺は、まぶたを閉じる。

 息を呑む音を耳が拾う。

 数秒後、唇に柔らかい感触がした。

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