12月24日(32)最終話:姉のいた場所
目を覚ますと、私は先ほどと同じ病室のベッドに横たわっていた。
気づけば、真一が傍らでこちらを覗き込んでいる。
その穏やかな眼差しに、ようやく危険が去ったのだと気づき、胸の奥の緊張がほどけていった。
「大丈夫かい……?」
「うん、少しだけ、ウトウトしていたみたい。」
だが、安堵したはずの心の裏側に、ひっかかったままの疑問がどうしても残る。
「……『5th Report』の、真の中身って何だったのだろう……。」
真一は、少し言い淀んでから口を開いた。
「CD-Rを解析してみたんだけど、中身は何も無かったんだ。」
「えっ??!!」
「あったのは、研究室の過去の罪を告発する文章だけだった。」
「そ、そんな……それじゃあ、阿久田たちが追い求めていた“究極研究”は……?」
「上条明日美自身が破棄したか……元から存在しなかったのかもしれない。」
私は息を呑んだ。
しかし──それはあまりにも不自然に思えた。
「……本当に“無かった”のだとしたら、おかしい気がするの。」
阿久田たちは血眼になって5th Reportを探し、破棄することすら恐れていた。
ただの告発文のために、命を懸けるはずがない。
「実在したからこそ、彼らは消し去れなかった。そう思えてならないの。」
真一は静かに頷く。
「元の明日美さんは、生粋の科学者だった。虚構は似合わない。僕も、何らかの研究は実在したと思う。」
たしかに、天才研究者が“何も遺さない”など、むしろ不自然だ。
ただ──。
事実として、ディスクには「何も無かった」。
二人はしばらく、言葉もなく思索を巡らせた。
少しして、真一がぽつりと言う。
「これは当てにならない話だけど……僕、少しだけ聞いたことがあるんだ。」
「え?! 誰から?」
「上条明日美さん本人から。研究内容について。」
「本当なの?!」
「ああ。ただ、冗談のように話していたけどね。」
真一の声は、どこか夢を見るような響きを帯びていた。
「彼女が言っていた“究極の研究”は……魂の回帰だよ。」
「魂の回帰……?」
「霊魂の研究さ。死んだ後もこの世に魂だけが留まる方法──そんなことをね。」
「……。」
「フフフ……もちろん、冗談だよ。死んだ人間は土に還るだけだ。霊魂なんて、科学的には存在しない。」
真一はあえて笑うように言った。
その笑いの裏に、どこかでは信じたくない“真実”が潜んでいるように感じられた。
だが、胸の奥ではもうひとつ、どうしても忘れられない違和感がくすぶり続けていた。
──姉の痕跡はすべて佳織の作ったもの。
そう理解している。
だが、あの瞬間だけは説明がつかなかった。
神子塚教授室で途方に暮れたとき、
確かに“誰か”が私を導いた。
あの声がなければ、IDカードも見つけられなかった。
それが上条明日美──本物の彼女だったのではないか、と。
「気のせいだったのかな……精神的に不安定だったし……。」
そう言い聞かせようとした瞬間、真一が何気なく言った。
「優秀な科学者ほど、晩年に霊性研究に走るんだ。不思議だよね。フフフ……」
心の奥底のざわめきが、深くゆっくりとかき立てられる。
神子塚教授が残した言葉の端々──
あれは、私以外の“誰か”にも向けられていたのではないか。
気のせい。
そう思えば片づく話だ。
そう思おうとしたそのとき。
病室の扉が、かすかに開いた。
小さな女の子が入ってきた。
入院している隣のベッドの子だろう。
その子は、私を見て首をかしげている。
「こんにちは。」
「こ……こんにちは。」
「どうしたの? 私の顔に何かついている?」
「ううん。でも……さっき、この部屋に入ろうとした時……お姉ちゃんが中から出てきたの。」
私は思わず息を呑んだ。
「私が入ったら……部屋の中にもお姉ちゃんがいたから、不思議だなぁって。」
真一は軽く笑った。
「フフフ……子供は面白いことを言うね。」
「………」
私は空を見上げた。
胸の奥に暖かな思いがこみあげる。
そのとき、病室を吹き抜けるかすかな風の中に──
誰かの声が聞こえたような気がした。
『明日美、幸せにね。』




