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人形の傷跡  作者: Child-Dream
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12月22日(21)5th Report(第一章〜第四章)


 この地下研究室の始まりは三十年以上前に遡る。

 日本が高度経済成長の昂揚に浮かれ、人も資金も未来へと惜しみなく注がれていた頃、何者かの手によって――ここは極秘裏に造られた。


 誰が計画し、誰が指揮を執ったのか。

 いまでは詳細を知る者はいない。おそらく当事者はすでに故人だろう。

 だが、痕跡は否応なく残されている。


 当時の価値で十億を超える資金。

 その後も途切れず注ぎ込まれ続けた巨額の予算。

 ――それだけで、この場所が国家規模の「闇」によって養われていたことは、容易に想像がつく。


 表向きの姿は、帝都工業大学の一研究室。

 看板は清潔で、提出される論文は無難、出入りする人間は平凡そのもの。

 だが、地上の静けさとは裏腹に、“地下”ではまったく異なる研究が進められていた。


 神子塚研究室が追い求めたのは、人間という存在の根源――

 “神の手”を待たず、“自分たちの手”で人間を創り、操り、作り替えるための方法論だった。


 認知、行動、発達、生殖、記憶、暗示……

 扱った領域は多岐にわたり、それらを束ねるためにつけられた名は「総合人間構築学」。


 名は壮麗だったが、その歩みは倫理の境界を平然と踏み越えた。

 越境するたび境界を確かめ、「さらに先へ」進んでいった。


 研究の推進には徹底した秘密主義が採用された。

 身寄りの薄い優秀な学生が選抜され、地下へ降りた。

 彼らには帰る場所の名がなく、研究に没頭でき、万一裏切っても――存在を消せばいい。


 しかし誤解してほしくない。

 すべてが軍事目的でも、悪意だけで始まったわけでもない。

 “人間は自分の起源を知りたい生き物だ”。

 その本能は時に、境界の外へ人を導く。


 研究生の落伍者はほとんどいなかった。

 皆、自身の時間も人生も実験台に載せた。

 結果、破滅へ踏み出した者もいた。

 ――私も例外ではない。


 本稿『5th Report』は、その“別の誰か”の罪を、

 この研究室に身を置き、手を汚した私の立場から、事実として明らかにするための記録である。


 これは懺悔ではない。

 告発であり、証言であり、終止符のための序章だ。


---


◆5th Report 第二章:この論文に関する付記


 ここに記すのは、本文に入る前の付記である。


 私は神子塚研究室に在籍していた学生であり、私自身の研究内容については後半で触れる。

 先に結論だけ述べれば、私の成果は既存の常識を反転させるほどのもので、

 “画期的”という陳腐な言葉では足りない。

 世界の前提を一段ずらす手応えがあった。


 そして私は――この成果の提出と同時に、神子塚研究室で行われた殺人を告発する。


 本プログラム『5th Report』およびその格納室の扉は、

 私の“音声パルス”で施錠されている。

 声紋だけでなく、「私自身の積極的意思」を起動条件としている。


 つまり、誰かが無理やり声を発させても、装置は沈黙する。


 もしこのデータを消したい者がいるなら、

 ハードディスクごと物理的に破壊するしかない。

 だがそれは、告発文と同時に研究成果も灰にする行為だ。

 成果を求める者ほど、その選択はしない。


 ゆえに、私が抹消される事態になったとしても、

 『5th Report』は残る。

 私が死んでも、この場所にはまだ――細くとも確かな希望の線が一本、灯り続ける。


---


◆5th Report 第三章:事実を知るに至る過程


 私は、神子塚武寛の娘として育った。

 同時に“修士課程の学生”という外套をまとい、研究室へ配属された。


 一見すれば、親の縁故で進路を決められた娘だ。

 だが真相は違う。

 強いられた以上に――私自身の内側が、それを望んでいた。

 私は、生まれついての研究者だった。


 科学は人を救う。

 だが先端研究はしばしば世論の理解を置き去りにする。

 神子塚研究室の研究も、今でこそ異端と呼ばれるだろうが、

 “必要になってから始めたのでは遅い”。

 そう信じ、私は誇りと使命感を抱いて地下へ降りた。


 ……あの日までは。


 きっかけは偶然だった。

 父のIDカードの所在を知り、軽い好奇心で“学生立入禁止”の扉を開けた。


 幾重にも封印された扉の先――

 そこには、祓いの紙垂に囲まれた、干からびた女性の遺体があった。


 直感した。

 ここでは過去に何かが行われた、と。


 背後の気配に気づき振り返ると、父が立っていた。

 どう取り繕えばよいか分からない顔で。


 私は、最善に近い選択をしたのだろう。

 見たものすべてを肯定し、地下で研究を行うことを申し出た。


 以後、私は自分の研究を進めつつ、過去の洗い出しを始めた。


 代理母・民子。

 彼女は何人もの子を産み、衰え切った体で最後の赤ん坊を産み落として息絶えた。

 胎児や乳児の段階で失われた命は多い。


 だが――生き残った者もいた。


 その一人が真一。

 特殊な受精卵から生まれ、ヴェルゲン症候群を抱えていた。


 私は“最後の赤ん坊”を辿った。

 遺伝子解析は、死去したある天才科学者との一致を示した。


 その赤ん坊につけられた名――


上条明日美。


 それが、私自身の名である。


 私は決めた。

 民子の最期の子として、この『5th Report』を書くと。

 私の裏切りが露見すれば命を落とすだろう。

 外部へ渡す機会を得られぬまま闇に沈むかもしれない。


 だから私は記す。

 事実を。手順を。名を。

 私が消えても、文字が残るように。


---


◆5th Report 第四章:過去の罪状と関わった人物


 背後にいたのは、元文部大臣・阿久田要蔵だった。

 公的立場の影に私財を隠し、“研究”という名の闇へ金を流した。


 受け皿となったのは神子塚武寛――私の父であり、この研究室の長。


 話は二十二年前、私が生まれる頃まで遡る。


 人間のクローンなど、当時の常識では論外。

 だが原理は難解ではなく、必要だったのは“倫理の放棄”と“沈黙を買う資金”だった。


 遺伝子操作を施した受精卵は代理母へ着床され、民子は何人もの子を産んだ。

 生き残ったのは――私と真一、二人だけ。


 男女一系統ずつのクローン。

 その後の足取りは意図的に断たれ、名は塗り潰され、行き先は闇へ沈んだ。


 もう一人、当時助手として深く関わった人物がいた。

 彼もまた事実を知りながら実験に加担した。


 名を刻む。

 代理母・民子。

 幼くして失われた命。

 事故として処理された研究員たち。


 私は彼らの静かな終わりを数え、指が止まらなくなった。


 阿久田要蔵を放置すれば、犠牲は更新され続ける。

 灰原がどこで何を進めているのかは分からない。

 だが、この研究室の“相互不可侵”の規律があろうと、

 光に出さねばならない。


 過去を。

 名を。

 手口を。


 沈黙という装置を、止めるために。



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