失踪事件
時折、風に乗って桜の花びらがこちらに押し寄せてくる。その花びらは、まるで同族だとでも言いたげに、今現在期間限定で発売している桜餅の上にきれいに乗っかった。
その桜餅を天辺に乗っけている桜餅の山隣を少し危うい雰囲気を放つイレーナが、店の人から受け取る。
「はぁ……何なのよ本当」
そうイレーナが、愚痴をこぼして、もちを食べ進める。
「そうですね。」
その言葉に、黒影も同調する。
前回の日乃村は、楽しい場所や面白い場所がたくさんあったが、今回は夜半村に行けなかった挙げ句、散々歩き回って疲れるだけだった。
そこまでならまだマシだが、牛頭と馬頭との一件がイレーナの一線を越えたらしく、もちを食べるまでは、あの恐ろしい雰囲気を放ったなままだった。
本当に、勘弁してほしいところだ。
「大体、私達は関係ないって言ってるのに入れない時点で論外なのよ。」
「あの、関係無いって何と……?」
「うん?ああ。最近起きた、失踪事件とよ。」
「失踪事件?」
「ここ最近、人間も、妖怪も、誰彼構わずに失踪することが起きているの。ほら、あれ。」
イレーナが指した方向には、『目撃証言集めてます!!』という看板とともに、その看板に付属されている地図上に赤色のバツ印がいくつも記されていた。
「見れば分かる通り、失踪場所がバラバラに分かれてるでしょ?しかも、変な場所にまであるじゃない?だから、何で失踪したのかわかっていないらしいわ。けど――」
イレーナがため息を付く。
「日乃村の人間が、拐っているんじゃないかと言われているの。」
「ああ。日乃村の人たちは、妖怪のことが嫌いですもんね。」
「ええ。でも、嫌いって言ってもある程度限度があるし、発生した場所的にも無理があるわ。」
そう考えると、辻褄が合う。
夜半の村に入れなかったのは、人間に対して疑心暗鬼になっているからだろう。それなら、人間は入っては駄目という理由にもつながる。
ただ、イレーナが言っているようにあそこからでは無理な気もする。それに、一部は夜山と重なっている。
「それに、あいつらも、私に対して限度があるはずよ。」
イレーナが、もちをバクバクと食べる。
その速度は、とても早く以前かき氷を食べるときに見せた清潔感など一切ない。
いわゆる、ヤケ食いという物だ。
「そういえば、イレーナさんは牛頭と馬頭とどんな関係なんですか?」
「別に、大した関係じゃないわ。ただの、親友同士よ。」
「え?親友……ですか?」
「ええ。そうよ。」
本当だろうか?本当に親友であるならば、2人からあそこまで恐怖されるのだろうか?
それに、親友というよりは、主従関係に近いもののような感じがした。
不意に見たイレーナの顔は、ニコニコと出会った頃から変わらない笑顔をしている。
しかし、それがどこか不気味であり、逆に恐怖心を増大させてくる。
「えっと……じゃあ、あの時イレーナさんが言っていた、掟って何ですか?」
「……それは、秘密。」
イレーナは、そう言って口元に指を当てた。
彼女の仮面のような顔は、不思議と少しだけ欠けたような気がした。
「教えてくれないんですか?」
「今は無理だけど、時期が来たら教えてあげる。」
そう告げられた黒影は、少しムズムズとした気持ちを抱えながらも、余りのもちを口の中に放り込む。
すると、それを見越していたかのようにちょうどイレーナも食べ終えた。イレーナは、食べ終えると懐から少し錆びついている懐中時計を取り出す。
「……そろそろ戻ったほうがいい時間ね。」
「戻るってどこにですか?」
「公金寺に決まってるでしょ。」
「え!?また戻るんですか!?しかも今から!?」
「そうに決まってるでしょ。今行かないと、真夜中に鳴っちゃうし、あそこでの宿泊期間は終わってないわ。それに君子と姫子に色々とお話を聞かせてあげなきゃいけないんだから。ほら、ぼさっとしてないで早くいくわよ。」
まだ、足が辛い。
それに、ここから歩くとなると、先程登り上がりしてきた夜山と同じぐらい時間がかかってしまう。
「……はい。」
ただ、一人で帰ろうにもどう変えれば良いのかわからないし、イレーナを不機嫌にしたくないので、頷くしかない。
そのまま、この少しの休息の後、悠々自適なイレーナとは反対に、黒影は足が麻痺して何も感じないほど満身創痍の状態で歩かされる。




