夜山
夜山の中は、日乃村の裏山よりも暗く、本当の闇のようだ。ここでは、ランタンで照らしたとしても先が見えるどころか、足元すら見えない。
「黒影、足元に気をつけるのよ。」
そのためか時折、イレーナが、足元に気をつけるように言ってくる。
「イレーナさん。あと、どれくらいで夜半の村に着くんですか?」
「さあ?私にもわからないわよ。」
「ええ……」
黒影は、ため息を吐く。
もう、六時間近くはひたすら登り続けている。とてもじゃないが、辛い。
休憩を時々しているとはいえ、辛すぎる。
足は、麻痺したからか痛みすら感じない。それに、汗がびっしょりと服に染み付いており、少しだけ気持ちが悪い。
「しょうがないじゃない。あの村、夜山の頂上にあるんだから。」
黒影は、ため息を付きながらも黙々と歩いていく。
そんな中、闇の中、爛々と光っているものが映り込む。その光は、暗闇を寄せ付けないかのように周りが光り続けていた。
その地点を境に、暗いだけの森の中が明るくなり、色とりどりの飾りが見えてきた。
例えば、植物だ。
それぞれの植物が、羽のような形をしたもの、真っ黒な木にほわほわと明かりが飛び回っているものなど少し不気味な見た目をしており、植物にしては奇妙なものが多い。
「黒影。木箱を脱ぎなさい。」
「え?でも、この箱、被っておいたほうがいいんじゃないんですか?」
「それは、日乃村だからよ。夜半の村は、妖怪が住んでいるんだから、あなたのことを快く歓迎してくれるはずよ。」
黒影は、イレーナに言われた通りに、木箱を脱ぐ。
すると、周りから澄んだような冷たい空気が鼻の中に流れ込んできた。これが言葉で言い表せないほど心地が良く、開放感に満ちていた。
そこから数回ほど大きく深呼吸をしていると、入口と思われる扉が見えてきた。扉は、日乃村のように鉄を使っているように見える。
そして、そこには、馬の頭をした筋骨隆々の者、牛の頭をした筋骨隆々の者が立っていた。あれが、妖怪なのだろう。
「久しぶりね。牛頭、馬頭。」
「はい。」
馬頭の声は、見た目に反して意外と高い声をしている。
「早速だけど、この村に入れさせてもらえない?」
「すみませんが、それはできません。」
「できない?どうして?」
「それが……」
牛頭が、イレーナの近くによって耳元で何かを囁いている。
そのことを聞いたイレーナは、何やらいぶし気な表情になった。
「その件は、私達が関係ないってことはわかってるでしょ?」
「はい。貴方様が、関与していないことは明白ですので。ですが、村の住人達はこの件に関して、人間が関わっているのではと言っておるのです。ですので、今、この村に入ると襲われる可能性があります。それに……」
すると、牛頭の態度が、先程までの威勢の良いものとは違い、何だかよそよそしくなった。
「どうしたの?」
「その、村長の命令でして……」
「は?」
その言葉を聞くと、イレーナの雰囲気が変わった。
声は一段下がって、どすが効いている。しかも、イレーナの周りがなぜだか冷たくなった気がする。
「彼が、こんな事をするほど脳無しではなかったはずなんだけど……」
そう言うと、イレーナは懐から小さな紙を取り出して、胸ポケットにある鉛筆で何かを書いた。
「まあ、いいわ。じゃあ、彼も処罰の対象にしときましょうか。それよりも――」
イレーナの鋭い眼光が、二人を貫く。
「あなた達、こんな命令をおいそれと引き受けたの?」
「えっと、それは……」
「早く答えなさい。」
「「おっしゃるとおりです!!」」
牛頭と馬頭の顔からは、汗がぼたぼたと落ちており、あまり良くない感情なのが目に見てとれる。
「これが、掟に引っかかっているかもしれないと考えずに、引き受けたというの?とんだ馬鹿ね。」
さらに、二人の足はがくぶると震えており、情けない姿となっている。
そんな牛頭と馬頭を見ていたイレーナが、『何で、こんなのを門番にしたんだか』とため息とともに取ろうした。
「今すぐ、その命令を取り消すよう村長に言ってきなさい。」
「「承知しました!」」
「あと、あなた達の降格処分についても話してくること。」
「え……」
「いい?」
「「承知……しました。」」
その二人の残念そうな言葉が、森に吸収され、聞こえなくなると、イレーナは先程の恐ろしい雰囲気とは一転していつも通りの笑顔に戻った。
「黒影。別の場所に行きましょう。これから、忙しくなる人達に迷惑をかけられないわ。」
「あっ、はい。」
黒影は、イレーナに引っ張られるまま、夜半の村には行かずに来た道を戻る。
背後からは牛頭と馬頭の話し声が聞こえてきており、そこからは、ひたすら、イレーナへの恐怖の言葉が連なっていた。




