朝食
「黒影、起きなさい。」
イレーナが、大きな塊のような布団をポンポンと叩くと、そこから黒影がもぞもぞとイモムシのように出てくる。
「……なんですか?」
「もう朝よ。」
「そうですか……」
黒影は、そう気だるそうに答えたあと、ため息を付いて、体を起き上がらせて伸ばす。
その間、イレーナは鏡を見ながら髪を整えていた。
「黒影、これが終わったら、朝食に行きましょうか。」
「本当ですか!?」
黒影は、だらけていた体を起こす。
「ええ。」
その言葉は、だらけていた心の中をぱっと起こしてきた。
昨日は、何も食べれなかったので、お腹が空きっぱなしだった。
「早く行きましょうよ!」
「そうね。」
イレーナも、なんだか嬉しそうに見える。
「さ、行きましょうか。」
すると、身支度を終えたイレーナが扉を開ける――
もぐもぐ
パクパク
黒影は、木箱を被ったまま、机に大量に置かれた何皿もの料理を味を噛み締めながら食べる。
逆に、イレーナは食事をすでに終えて、いつも通り手帳を開いている。
「黒影、今日は夜半の村に行きましょう。」
「夜半の村?」
「夜山の頂上近くにある村のことよ。そこには、妖怪が住んでいるの。」
「へー、そんな村が……でも、何でそこに行くんですか?」
「単純な話、あなたが、妖怪だからよ。」
確かに、イレーナからは、『妖怪だ』と元々言われていた。
それなら、その村に行ったほうがなにか見つかるかもしれない。けど……
「でも、何で最初にそこにいかなかったんですか?」
もしそうだとしたら、先に夜半村行くべきだったのではないのだろうか?
日乃村よりも、記憶を取り戻す物がある可能性は高いはずだ。
「えっと……それは……」
「「あっ、イレーナお姉ちゃんだ!!」」
イレーナが答えようとするが、子供の大きな声が急に割り込んできた。
声のしたところには、2人の子供がいた。そして、こちらに向かって走ってきて、イレーナに飛びつく。
「「久しぶり!!イレーナお姉ちゃん!!」」
「あなた達……もしかして、君子に姫子?」
「うん!!」
「え!?随分、大きくなったわね。」
イレーナが、2人の子供の頭を撫でる。
子どもたちは、 撫でられるのが気持ちいいのか、顔が緩んでいっている。
「あの……その子達は誰ですか?」
「この子達は、君子と姫子。日乃村で、窯焼きをしているご夫妻の娘、息子さんよ。」
「「イレーナお姉ちゃん、どうしてここにいるの?」」
2人は、同時に喋っており、息がぴったりと合っている。
言われてみれば、顔付きもよく似ており同一人物とも思えてしまう。
「私は、ここで少しお泊まりしていたのよ。それよりも、あなた達は、どうしてここにいるの?今は、村にいるはずでしょ?」
「「神様に会いに来たんだよ!!」」
君子と姫子は、まるで子犬のように目をキラキラと輝かせながら、嬉しそうに答える。
逆に、イレーナは先ほどとは一変して嬉しくなさそうに見える。
「……え?あなた達、どうして会おうと思ったの?」
「「お父さんとお母さんが、会ってこいって言ったんだ!!」」
イレーナが、その言葉を聞いた途端、眉を細めたような気がした。
「……そう。それは、良かったわね。2人とも、私は、まだ用事が残っているから、あっちに行きなさい。」
「「えー!!でも、あのお話が聞きたい!!」」
「あの話?ああ。紙芝居のこと。それなら、後で、たくさん聞かせてあげるから。」
姫子はぷくーっとかわいらしく顔を膨らませているが、君子はそんな姫子になにか耳打ちをしていた。
「「……うん。わかった。じゃあ、後でたくさん話してね!!」」
すると、何があったのか姫子と君子はイレーナに手を振りながら食堂の外へ出ていった。
イレーナは、2人が過ぎ去った場所を眺め続けている。
「あの……2人の言っていた神様ってのに何かあるんですか?」
「別に、そういうわけではないわ。ただ――いや。あなたには、後で話してあげる。」
神様について説明しようとしていたイレーナが、言葉を紡ぐのをやめた。
神様と呼ばれている者となにがあったのだろうか?こんな風に、態度が急変したのはよほどのことがあるのだろうが……。
そもそも、神様とは、一体何者なのだろうか?名前だけなら、何かの宗教に関する存在だと思える。
「そうだ、そろそろ夜半の村に行った方がいいわね!ほら、黒影、さっさと食事を終わらせて行きましょう!!」
神様について考えていると、イレーナが、声を張り上げて夜半の村に行こうと言ってきた。
その顔は、いつも通りのにこにことした明るい顔になっていた。
しかし――
「……そうですね、行きましょうか。」
そんな笑顔とは裏腹に、まだ薄暗い影が残っているように俺には見える。
俺とイレーナは、公金寺から出た後、夜山に向かった。
そして、日乃村を出て、イレーナと初めてあった場所までたどり着く。
「そういえば、あなた、ここで何があったのか本当に覚えていないの?」
「はい……。」
「些細なことでも?」
「………」
あたりを見回すが、暗い森に包まれているだけで、何も目ぼしいものが見当たらない。
「どう?」
「……何も、思い出せません。」
「そう。うーん……」
イレーナも、同様にあたりを見渡したが、何もなかったのかため息を付いていた。
「まっ、わからないことを考えても仕方ないわね。さっさと、夜半の村に行きましょう。」
そして、ランタンを手に持ったイレーナが、山の入口と思われる場所に進んでいく――




