表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/6

第5話 不老の記憶

昔々、あるところに、1人の男がいた。


…どうした。話し方が気になるのか?

御伽噺みたいなもんだ。これでもいいだろう?

…そうか。じゃ、「私」にするか。


その時の私は二十歳になって一ヶ月。

家族は父と母、兄と妹、そして私の5人。当時の妹は学校の寮で過ごしていたから、家では4人で暮らしていた。


その日は休日。私に外に出る用事も無い。

そんな日はいつも家にいた私だが、その日は何の気まぐれか、散歩に出かけることにした。


健康を気にしてたのか、何かの気晴らしか、それとも本当にただの気まぐれか、目的地も決めず歩きたいと思った。


家族も驚いていた。母についでの買い出しは頼まれたがね。


その日の外は、何だか不思議な感じだった。なんというか、寒色だったんだ。


ああ、それは(あお)だ。


それは暗さでは無かった。

でも、寒さを感じないのが不思議なくらいに。

壁も、地面も、人も、光も。

まるで、フィルムを通して見ているかのように。

うっすらと、でも、確実に。


全てが、(あお)かった。


だが、その時は全く気にしていなかった。気にしても仕方が無かったからな。(あお)みがかった店員から商品を受け取った後は、見慣れていたはずの街をぶらぶらと彷徨っていた。



「ここで、少し別の話をしよう。」

突然、本が閉じられる。

「話が気になるとこだったよな?それを切ってまで話すことなのか?」

「まあ、そうだ。これ以上は遅いと思ってな。それより、楽しんでくれて何よりだ。」

男の微かな微笑みは、次の言葉の前には消えていた。


「君は…死についてどう思う?」

男の声が、一際重く感じられた。


「…誰か、死んだのか?」

「いいや。ただ、必要な話ってだけだ。」

男の目が、濁って見えた。

「…分からないとしか言えないな。というか、あまり考えたいことじゃ無い。」


「そうか。それなら、不死に関しての物語を読んだことはあるか?」

当たり前かのように、次の質問が飛んできた。

「ああ。俺が読んだやつの不死は、牢屋の中で狂って自傷して終わったな。」

「そうか。」

声が震えている割に、男は酷く安定しているように見えた。

「まあ、そうだろう。不死になったやつは大体、死なないことに絶望して終わるんだ。」


「私は、死ぬのが怖かった。」

俺に向けての言葉では無かった。ただ、心の内をさらけ出していた。


「死は救いだとは思えなかった。自己犠牲もあり得ないと思った。寿命や死因なんてもの、から目を背けた。私が死んだ後の世界、私が残したものの未来に私がいないということ、それがたまらなく怖かった。」


「それが、私だった。そして、今の私になった。」

「…なんというか、隠す気が無いな。」

「それは言っていただろう。だから話している訳だしな。それでは、物語を再開しよう。」


再び、本が開かれる。


しばらく彷徨った後も、変わらず街は(あお)かった。濃くも薄くもならず、ずっとそうだったとでもいうかのように。


いつの間にか、自分が何処にいるのか分からなくなっていた。間違いなく正気で、建物の詳細も分かるのに、自分が進む先に何があるのか分からなかった。


思いも寄らない出来事は、突然起こるものだ。

私は扉を開けた。当たり前のように。家のものでは無く、どこだったかも思い出せない。もしかしたら、何の前触れも無く目の前に現れたかもしれないその扉を。


中は部屋だった。RPGなら5×5マス程度にしかならなそうな大きさを、当時も珍しかった煉瓦の壁で囲っていた。

天井は素材が分からない程に暗いのに、光源で部屋を覆っているかのように、壁の隙間から(あお)い光が漏れていた。


その中に、何かがいた。人型だった。人では無かった。(あお)かった。


(あお)いスーツに身を包んでいた。

顔は…思い出せない。顔では無い、いや、固体では無かったはずだ。普通なら零れ落ち、霧散するであろう物質が、人の身体の上に乗っていた。


『ようこそ』


それは話しかけてきた。1人の人間の確かな声が、部屋から響いてきた。


「な、なんだ?誰だ!」


私はその言葉がその人型から発されたと思わなかった。

「ここはどこだ」と言わなかったのは、奇妙な街に毒されていたのかもしれない。


『それは重要な事ではありません。私は重要な存在ではありません。』

言葉に合わせて、人型の顔のパーツが動いていた。


「…お前が喋ってるのか?」

『はい。ここに来たあなたは、手に入れる事ができます。』

「どうすればいい。どうすればここから出られる?」

『手に入れても、手に入れずとも、あなたの後ろの扉を開けば、あなたの知っている街に帰ります。』


後ろを振り向くと、雰囲気に合わない木の扉があった。

通ったら消えているような扉では無かったようだ。


「そうか…手に入れるってのは、何のことだ?」

帰れると知って警戒が解けたのか、割と非科学的なものに興味があったからか、すぐさま扉を開けて逃げるという考えにはならなかった。


人型の方を向くと、人型の手には杯があった。

透明な杯の中には、(あお)色の液体が入っていた。


『不老不死』


ああ、葛藤したよ。5分くらい突っ立ってずっと悩んでいた。不老不死をテーマにした物語もいくつか読んでいたし、家族の事も大事だった。そもそも信憑性すら無いに等しい。正反対の効能でさえあるかもしれない。


それでも、それらの不安を無視できる程に、私は死に恐怖していた。そして、未来を判断材料にできる程、私は賢く無かった。何よりも、この機会を逃せば、それはもう二度と訪れないと思った。


「…これを飲めばいいのか?」

杯に手を触れ、持ち上げる。


『全て飲まなければいけない訳ではありません。重要なのは、望んで飲んだという事実です。』

「…そりゃどうも。」

案外寛容だと思いながら、杯を口に付けた。そして、


(あお)い液体を飲み干した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ