第2話 地に根ざし、いずれ埋没するもの達
外は黒い影と沈黙で満ちていた。
重なり合う影の明暗は夜に包まれた街を彩り、いずれ訪れる朝を待ち侘びる。
騒がしい日常とは対比であるかのようだが、もうすぐ日常に変わるであろう微かな命の鼓動が感じられる。
時間が早いだけでこんなにも変わるものだ。
想定より長く居続けられるかもしれない。
もう少し眺めていてもいいが、とりあえず足を動始める。
「念の為、学校側には行かない方がいいよな?」
入れないとはいえ、わざわざ近づくのは止めるべきだろう。部隊の人に注意されるかもしれないし。
「こっちの道、めっちゃ久しぶりじゃないか?前行ったのいつだっけな…」
そういえば、学校も買い出しに行く店も東側にある。
この道を行くのなら、今の時間では無かったとしても新鮮な気分を味わえるはずだ。
だからといって、今から戻ってまた暇になりに行く気も無い。この機会に少しでも風景を覚えておけば、いずれ役に立つこともあるだろう。
しかし、立ち並ぶ家屋の中に後々利用しそうな店舗は見当たらなかった。これまで全然来なかった訳だ。
最初こそ浮かれてはいたが、結局はただの住宅街。
自宅を中心に分けたところで、都合よく両方に特色があるわけが無かったのだ。
先程からほとんど変わらない景色に飽き始めていたのか、無意識に視界が上がっていく。
視界が空に支配され、自分が遠ざかっていく。
「…!」
すぐさま地面まで視界を逃がす。
しまった。空なんて見たところで気分が良くなる訳が無いのに。
俺達を見下ろす空は、この世界で最も深い暗闇だ。
昼も夜もずっと同じ。
産まれてから今日まで、何一つ変わらない黒。
街がどれだけ照らされていても。
全ての光を呑み込み、ドス黒い闇のまま佇んでいる。
俺はそんな空が嫌いだ。
何気ない日常の中で、何となく視線が向かったとき。
現実から目を背けたくて、視界を動かしたとき。
その度に俺の意識は黒で上塗りされ、どん底のような気持ちにされる。
この悪癖は人類共通のものだ。
誰もがふと空を見上げ、目を背ける。
そして、前を向いて歩き出す。
人類は、そうして大地で発展してきたのだろう。
俺もまた前を向いて、もう一度歩き出す。
これからも、変わることは無い。
また立ち並ぶ家屋に目を向ける。
今度は目の動く余地の無いように、注意深く。
自分でも過剰だとは思うが、空を見た後はいつもこうだ。絶対にもう一度空を目に入れたく無いのだ。
それからどれ程経ったのか。数分は経った気がするのだが、景色は相変わらずだ。時間が昼だったなら少しは鮮やかなのかもしれないが、今は全て灰色として扱われるような色になっている。家から出てすぐ程頭は回っておらず、白黒映画の中にでもいる気分だった。
そう思っていると、ずっと並んでいた家屋が一部途切れているのが目に入る。曲がり角だ。
先程まで無かったことの方が珍しいのだが、思考を放棄して歩き続けていた俺は、ただただ新鮮な気持ちで
その横道に入った。
さっきまでの道とは明らかに違った。
その路地は一際静かで、家屋も暗い色をしている。
昼間でも、ここだけは今と変わらず、夜の影を纏っているような気がした。
そして、最も異様なのは1番奥。
鉄の塀。 2階建ての家の屋根に立ったとしてもその先は見えないだろう。塀の上には、鳥よけには明らかに過剰な設備が見えた。近くまで登ったところで、越える気にはならないだろう。
そして扉。 近づいて見るとその扉に鍵穴は無く、他に
何かが付いてもいない。それどころか取っ手を捻って開くという仕掛けでさえ無く、ただ人を通すだけの扉だった。
2つ。それを構成するのは2つだけ。
しかし、その矛盾はそれを異様にするには十分だった。俺が住んでいる地域にこんな場所があったとは。
いや、違う。俺はここの存在を知っていた。
訪れたのは今日が初めてだが、地図の中のこの場所は記憶に残るような異様さだった。
まるで存在しないような、
でも存在しているであろう場所。
俺は、ここを「空白」と呼んでいた。