第1話 停滞、進展
いつかの早朝。
その少年は、どの光よりも早く目を覚ました。
ベッドから離れ、扉を開ける。
暗闇に少年の足を掬う気は無い。
その日最初の光が、ダイニングルームに満ちた。
そこからは、いつも通り。
軽い朝食。
歯磨き、洗顔。
服は地味でも不格好では無いものを。
それらが異常な時間に行われたことに気づいたのは、
習慣に付随する家事を終え、
自室に戻ってからだった。
「はぁ…」
思わずため息が漏れる。
時計の短針は未だに右上から動く気は無いようだ。
「なんでこんな早くに目が覚めたんだ俺…」
これだけ頭を抱えているのには、理由がある。
4日前、G−2地区高等学校の近くで住民3名が襲撃を受けた。2週間前まで俺が通っていた高校だ。
ただの傷害事件だと誰もが思っていた。
いつもと違ったのは犯人に対する被害者の証言。
身長は自分の下半身程度。
黒いビニールシートのような物を被っている。
体は青色だった。
手の刃物で切りつけてきた。
とても人間とは思えない。
特に最後のものは「手に持った」と言うと訂正されたらしい。
政府はこの事件を重く見ており、事件を起こした対象を「害意的造物」と呼称し、辺り一帯の侵入を禁止。
複数の部隊を投入してライフラインを存続しながら、対象の無力化を図っている。
一帯の実質的な封鎖は未だに続いており、状況は完全に停滞している。
事件の内容はともかく、重要なのは学校の休みが延長されたこと。そして始業式までを前提とした俺のスケジュールが大幅に狂ったことだ。
俺自身に趣味はあまり無く、今すぐできるものも無い。友達に勧められた本は面白くはあるが、昨日だけで4回も読んでいて、とてもじゃないが手に取る気にならない。学校からの課題もあったが、始業式があるはずだったのは2日前、今日残っているはずも無い。
言ってしまえば暇だ。やる事が無いのだ。
我ながら不謹慎な悩みだとは思うが、俺が何をしたところで変わることも無い。事件が起きたことを喜んでいる訳でも無いのだから罰も当たらないだろう。
それにしても本当にどうしようか。やる事が無くて早くに寝たとはいえ流石に起きるのが早過ぎる。
ただでさえ10時間以上の空白があるのに1時間増えているのだ。
…本当にどうしよう。
「家にいても何も無いし、いっそ外にでも出るか。」
ふと、言葉が漏れる。深く考えてもいない、直情的な案だった。
「…いや、悪くないな?」
考えてみれば、確かにそうだ。
家でする事が無いのなら、外にでてしまえばいい。
休校だからといって、外出自体は禁止されていない。
それでも時間が早過ぎるのはそうだが、人に会いに行く訳でもないし、むしろいつも見ている景色を新鮮に見る事ができるかもしれない。
一時凌ぎな気はするが、別に1回きりという訳でもない。どうせ家には何も無いのだから、とりあえず外に出てみるだけでもいいだろう。
そうと決まれば、特に準備する必要も無い。
しばらく用無しだった鞄を肩に掛け、自室を離れる。
思えば、買い出し以外での外出はかなり久しぶりだ。
今回外に出ることにした理由には、それも関係していたのだろうか。
そんなことを考えていたら、すでに目の前には玄関の扉があった。暗闇に満ちているのに、いつもより鮮やかな気がした。
扉が開く。
こうして少年は、新たな日常を始めた。
しかし、世界はまだ停滞している。