第9話「母として、女優として」
――私の“未来”には、いくつの名前が必要なんだろう。
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■Scene 1:未来の話をしてもいい夜
春の夜風がそっと吹き抜ける別荘のリビング。
玲奈と悠人は、ソファに毛布をかぶりながら、何気ないテレビを観ていた。
笑い声が漏れる深夜バラエティ。そのなかで、芸能人夫婦の出産報告が特集されていた。
「長男誕生、おめでとうございます」
「家庭を持って、女優としても成長したって感じますね〜」
玲奈はその言葉に、ふとリモコンを手に取り、テレビを消した。
「……私、いつまで女優でいられるんだろう」
悠人が振り返る。
「玲奈さん?」
玲奈は目を伏せたまま、小さく笑った。
「子どもがほしいって、昔は思ってたの。でも、30過ぎてからは……周囲からも“そういう年齢”って見られて、だんだん、そういう夢さえ持たなくなってた」
「玲奈さんは、いまでも夢を見ていい人です」
「でも、現実にはリスクがある。年齢も、仕事も。
それに――私は、あんたの“母親”じゃないし、人生を縛るつもりもない」
悠人はまっすぐに答えた。
「でも、僕は……玲奈さんと、家族になったんです。
“子どもを持つ”って、ただの選択じゃない。
玲奈さんと一緒に、“未来を育てたい”んです」
玲奈は黙っていたが、その目はうっすらと潤んでいた。
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■Scene 2:誰にも言えない本音
翌日、玲奈は千田マネージャーとリモートでミーティングをしていた。
映画の主演契約、次期ドラマの出演オファー、雑誌特集の撮り下ろしスケジュール――女優としての未来は途切れていない。
「……で、玲奈さん。今後のライフプランって、少し考え直す必要あるかもですね。年齢的にも」
画面越しの千田の言葉に、玲奈は一瞬だけ表情を曇らせた。
「……もし、私が“母親になるかもしれない”って言ったら?」
千田は驚いた顔になったが、すぐに真剣な目つきに変わる。
「仕事は、いくらでも守りますよ。あなたが、女優をやめたいって言わない限り。
でも……もし“公にしないまま出産”ってなったら、現場も報道も、地雷だらけです」
玲奈は、ひとつ深く頷く。
「そうよね。でも……言わなきゃ守れない気持ちもあるのよ」
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■Scene 3:私にとっての“女優”とは
その夜。
玲奈はひとりベランダに出て、カーディガンを羽織りながら夜空を見上げていた。
悠人がそっと後ろから現れる。
「……玲奈さん。さっき、マネージャーと話してましたよね」
「聞こえてた?」
「少しだけ。でも……答えは変わりません。
子どもがいても、女優でいても、どんな玲奈さんでも、僕は全部受け止めます」
玲奈はしばらく黙っていたが、小さな声で言った。
「私ね……演じることで自分を守ってきたの。
でも、悠人の前だと、演技ができない。
“嘘がつけない”って、すごく怖いの」
悠人はそっと、玲奈の肩に自分の上着をかける。
「じゃあ……僕がずっとそばで見てます。“演技”じゃなくて、“本当の玲奈さん”を」
その言葉に、玲奈は涙を流した。
「……子ども、産んでみたい。
あなたとの子なら、きっと……愛せると思うから」
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■Scene 4:夜明けの予感
翌朝。
玲奈は、洗面所の引き出しから取り出したひとつの小箱を見つめていた。
そこには、妊娠検査薬。
まだ結果を確かめたわけじゃない。
けれど――女優としてでも、母としてでもない、“綾川玲奈”としての未来を初めて思い描いた朝だった。
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