第6話「交際0日婚」
――“好き”の前に、「夫婦」になった私たち。
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■Scene 1:名前を書く手の震え
都内の区役所、平日の夕方。
窓口が閉まる20分前。人通りの少ない時間帯を選び、玲奈と悠人は裏口からそっと入り込んだ。
マスクと帽子で顔を隠す玲奈の手は、婚姻届の枠に名前を書くたび、わずかに震えていた。
綾川玲奈(35)
神谷悠人(18)
2人分の欄に文字が埋まったとき、玲奈はふっと息を吐いた。
「……ほんとに、出すんだね」
「はい。出したいです。玲奈さんのこと、本気で守っていきたいですから」
受付の担当者が「確認しますね」と言い、婚姻届を持って奥へ消える。
その間、2人は沈黙したまま並んで椅子に座っていた。
玲奈は心の奥でずっと問いかけていた。
(私、本当に結婚するの?
たった18歳の子と?)
でも横を見ると、悠人は不安どころかまっすぐ前を見て、微笑んでいた。
(この目を、信じたいと思ってしまった)
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■Scene 2:誰にも言えない「夫婦」
「婚姻届、受理されました。おめでとうございます」
その言葉は、ごく静かに、そして確かに2人を結んだ。
役所を出た帰り道。
誰も気づかない裏通りで、玲奈はそっと立ち止まり、スマホを手に取る。
「マネージャーには……内緒よね」
「はい。もちろん、誰にも言いません」
「じゃあ……いま、夫婦になったって、誰にも知られてないのね」
「でも、僕は知ってます。玲奈さんが――僕の“妻”になってくれたこと」
玲奈はその言葉に、ふっと頬を染め、少しだけ目を潤ませる。
「……変な気分ね。“好き”って言ってないのに、“夫婦”になっちゃうなんて」
悠人は微笑む。
「じゃあ、“好き”は……これからゆっくり育てていきましょう」
玲奈の心に、静かに灯るものがあった。
それは、不安でも後悔でもなく――あたたかい確信だった。
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■Scene 3:初夜は、離れて眠る
その夜、玲奈は郊外の別荘へ移動していた。
マネージャーには「仕事で数日こもる」とだけ伝えてある。
悠人も、制服を脱ぎ捨て、Tシャツ姿で別荘のダイニングにいた。
テーブルには2人分のコンビニご飯。
玲奈がふと微笑む。
「ねえ、なんか変じゃない? 新婚初夜が、コンビニ弁当って」
「僕には、世界一のごちそうですけどね。玲奈さんと食べるなら」
玲奈はその言葉に、少し照れくさそうに笑って言った。
「……今日は、別々の部屋で寝ましょ。まだその……“準備”ができてないの」
悠人は即座に頭を下げる。
「もちろんです。僕、急ぎません。玲奈さんが“好きって言ってもいい”って思えるまで、何年でも待ちます」
玲奈の目が潤む。
「ほんと、あなた……ズルいくらい、やさしいわね」
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■Scene 4:壁越しの「おやすみ」
夜、隣り合う寝室。
玲奈は毛布にくるまりながら、スマホの画面を見つめていた。
「神谷 悠人――配偶者」
行政情報の通知に、本当に登録された現実がそこにある。
隣室から、小さく声が聞こえた。
「玲奈さん……起きてますか?」
「……起きてる」
「えっと……おやすみなさい」
玲奈は笑って、答える。
「うん。おやすみ、悠人くん。……夫くん」
しばしの沈黙のあと、ふたりは壁越しに眠りについた。
2人だけが知る、誰にも言えない“夫婦”の夜。
恋を交わすより先に、誓いを結んだこの関係が――
やがて深く、激しく、世界の形を変えていく。
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