第1話「ファンレターが動かした心」
――“たった一通の手紙”が、彼女の人生を変えた。
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■Scene 1:届かないはずの言葉
東京都内・某芸能プロダクションビル。
エレベーターを降りた35歳の女優・綾川玲奈は、黒のキャップにマスク姿で周囲の視線を避けながら自分の個室楽屋に入った。壁に並ぶファンからの手紙の束――それは、年々減ってきていた。
「おはようございます。今日、ファンレター届いてました。ちょっと、珍しいのが一通ありましたよ」
マネージャーの千田が、ひとつだけ丁寧にリボンで留められた封筒を差し出した。
「珍しいって?」
「封筒の中に、手書きの原稿用紙がびっしり。たぶん……本気のやつです」
玲奈は微笑んだように口角を少しだけ動かし、その封筒を手に取った。
白い封筒の裏には丁寧な筆跡で、こう記されていた。
『あなたの芝居に、命を救われた一人の少年より』
その一文に、玲奈の手がふと止まった。
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■Scene 2:綴られていた過去
個室で、原稿用紙を広げる玲奈。
そこに綴られていたのは、ある高校3年生の少年・神谷悠人の物語だった。
彼は、かつて中学生の頃に事故で兄を亡くし、自分も心を閉ざしていた。誰にも話しかけられず、教室では孤立。
そんなある日、テレビの再放送で偶然見たのが、玲奈が主演した映画『君の声が、僕を照らした』だった。
――「君の声がある限り、私は今日を生きる」
そのセリフに、彼は涙を流したという。
そしてそれ以来、玲奈のすべての出演作を見て、演技のノートを書き、独学で映画の勉強を始めた。
「僕はまだ、あなたの前に立つには何も持っていません。
でも、あなたの生き方を見て、僕は生きることを諦めませんでした。
もし願いが叶うなら、一度だけ……言葉を交わしてみたいです。
ただ、それだけです。
僕の命を、ありがとう。
神谷悠人」
玲奈は、いつしかページをめくる手を止めていた。
気づけば、涙が一筋、頬を伝っていた。
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■Scene 3:名もなき手紙の主
「……演技で人の命を救うなんて、大げさよね」
玲奈はそう呟いたが、その声にはどこか震えがあった。
彼女自身もまた、かつて女優という夢に裏切られそうになっていた。
賞を獲っても、恋をすれば叩かれ、年を重ねるごとに“若い女優”と比べられる。
「でも……こんなふうに、誰かが見ていてくれたんだね」
玲奈はそっと手紙を抱きしめた。
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■Scene 4:彼の姿を探して
後日。玲奈は控室で、マネージャーにふと尋ねた。
「あの手紙の子……神谷くんって、どこに住んでるって書いてた?」
千田は驚きながらも答える。「東京都内。高校3年生だそうです」
「……そう」
玲奈は視線を落とし、コーヒーカップに口をつけた。
その瞳の奥には、ほんの少しの光と――
“もう一度、誰かを信じてみようとする”微かな勇気が宿っていた。
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■Scene 5:見上げた先に
数日後、玲奈は映画の撮影準備のため、都心のロケ地を一人で下見に訪れていた。
そこで、すれ違ったひとりの青年が、立ち止まる。
――目が合う。
玲奈も、彼の顔をじっと見つめた。
「……え?」
まるで知っているような、でも初めて見るような不思議な気持ち。
その青年・神谷悠人は、玲奈に向かって小さく頭を下げて、通り過ぎていった。
玲奈の心臓が、トクンと高鳴る。
ふと彼の後ろ姿を見送って、彼女は呟いた。
「……あなたが、あの子?」
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