第6話 起きたら結婚してまして
――あたたかい。
体を包む何かが、やさしい。
柔らかなシーツの感触。肌に触れる風はほのかに甘く、どこか懐かしい香りがした。
――ここは……どこ?
まぶたが重い。
けれど、それよりも胸の奥がなぜだかずっと苦しくて、わたしはゆっくりと目を開けた。
「やっと目覚めたね、リーヴェ」
優しい声だった。
低くて、甘い。いい声だ。でも、聞き覚えがあるような――心の奥に馴染みのある響きだった。
「????」
ぱちり、と目を開けたわたしの目に、ふわっと映り込んだのは――
きっらきらの世界。
眩しいくらいにきらめく、柔らかなプラチナブロンド。深く吸い込まれそうな漆黒の瞳。
夜空みたい、と思った。星々がきらめくプラネタリウムのなかに迷い込んでしまったみたいに、現実感がふっと消えた。
「……星の王子様……?」
思わず呟くと、そのプラネタリウム――もとい、目の前の王子様は、にっこりとやわらかく微笑んだ。
その手が、わたしの左手をすくい上げる。
指先が触れた瞬間、胸が高鳴った。
な、ななんだこの、めちゃくちゃなイケメン。
「美しい我が妻――もう二度と、離さないよ」
――え? わがつま? なんて?
優しく持ち上げられた手の薬指に、王子様はこともなげに唇を落とした。
キス。とても丁寧に、慈しむようなキス。
ふと見れば、わたしの白い指には光が宿っていた。
細やかな細工のゴールドとシルバーが、絡むように編み込まれた指輪。
知ってる。
これ、知ってるよ。
結婚指輪ってやつーーー!
は??? どうして? 人違い?
でもちょっと待って。さっきこの人、「我が妻」って言ったよね?
え、待って待って、どういうこと????
「あ、あなたは……誰ですか?」
恐る恐る問いかけたわたしに、目の前の王子様は、ひどく哀しそうな表情を浮かべた。
まるで、何か大切なものが砕け落ちたような目で、わたしを見つめている。
あの、そんなに何か失望するようなことありましたっけ……。
「マルクトだよ、リーヴェ。君が呪いを受けて眠って……もう、二十年が経ったんだ」
――マルクト? ……えっ? あの、わたしの知り合いでマルクトって、坊ちゃんしかいませんが……?
あの、わたしのかわいい、10歳だった、ちょっと背伸びした口調が愛らしい坊ちゃん、が?!
この、星の王子様みたいなイケメンに????
脳が処理を拒否したのか、言葉が出てこない。
呆然と彼の顔を見つめてしまう。
けれど、マルクトはとても優しく、そっとわたしの頬を撫でた。
「やっと、目を覚ましてくれたね。リーヴェ。……もう、俺を置いていかないで」
その声には、かつての少年の影が、確かにあった。
ああ、坊ちゃんだ。
どれだけ姿が変わっても、この声、この瞳、この優しさは、ずっと変わらない。
涙が滲んできた。まぶたの奥が熱い。
「マルクト……坊ちゃん……」
「リーヴェ」
重なる声。しっかりと抱きしめられて身動きが取れない。
坊ちゃんを庇って死ぬかと思ったら、二十年が経過していた――身に起きたことが信じられないけれど、これは、確かに現実だった。
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