後日譚⑤ わたしに出来ること④(終)
夫婦の部屋の、例の天蓋付きの大きなベッドで寄り添いながら、マルクトはわたしを膝に抱き上げ、頭をなでる。
プラチナの髪がふわりと揺れ、
その隙間からのぞく漆黒の瞳が、やさしく細められていた。
「……愛してるよ、リーヴェ」
そっと囁かれる。
もう今晩何回目だろう――というぜいたくな悩みは今夜はおいておくことにする。今夜は甘々ラブラブで過ごすとわたしも腹を決めているのだ。
わたしも、そっと彼の頬に手を添えた。肌はすべらかで漆黒の瞳はキラキラと綺麗で、プラチナブロンドの髪がそっと指をくすぐる。
うん、今夜も格好いいです。
「わたしも……愛してる」
ふたりきりの、甘い夜。世界でいちばんあたたかい場所にわたしは、いる。
(――ずっと一緒だよ)
マルクトの胸に頬をすり寄せながら、
何度も何度も、心の中で誓った。
そして、マルクトもきっと、同じ想いでいてくれていると確信していた。
マルクトは、そっとわたしを抱き寄せた。わたしの髪に顔を埋めるようにして、深く息を吸い込んでいる。
「……リーヴェ、いい匂いがする。毎日いい匂いを更新してる」
甘く低い声が、耳元をくすぐった。くすぐったくて身じろぎすると、マルクトはわたしをさらに強く抱きしめる。
別にシャンプーもリンスも……何もかも変えてないけど、マルはわたしのことになるとちょっとおかしくなるらしい。
「別になにも変わってないよ?」
「いや、少し離れていたから……リーヴェが恋しくなってるのかもしれないな」
プラチナブロンドの髪が、ランプの光を柔らかく反射している。
背筋をなぞる彼の指は、震えるほどに優しい。
「恋しい?」
「リーヴェはさみしくなかったんですか? 書庫に行っても君は声をかけてくれないし」
「だ、だって怒ってるかなって……! こんなわたしに、声かけられたくないかなって」
「リーヴェに声をかけられたくない日など永遠に来ませんよ」
出た。でたでた!
なんかこう、このこっぱずかしい直球の言葉。
でも、これをこっぱずかしいじゃなくて「うれしい」って思っちゃうわたしも、大分重症だ。
「マルクト……」
そっと、彼の頬に触れた。肌は少し熱を帯びていて、呼吸も心なしか浅い。
「マル……」
囁いた瞬間、ぎゅう、と彼の腕が、少しだけ強くなる。
そして、低く掠れた声が落ちた。
「……もう、我慢できない」
「???」
その声は、悲鳴みたいに切実だった。
ちょっとまって。今のどこにスイッチ入る要素ありました?????
わたしは、名前呼んだだけ!!
でも次の瞬間、わたしはベッドに押し倒されていた。
「マル??」
驚いて瞬きをすると、マルクトの黒い瞳がすぐ間近にあった。
熱に溶けるみたいな視線。震える指先で、わたしの頬を撫でる。
「……リーヴェ、俺を拒まないで」
そう言いながら、彼はそっとわたしの髪をかきあげ、耳に口づけた。
(――ぴあっ)
あやうく変な声出すとこだった。
あぶないあぶない、びくりと体が跳ねる。
耳朶に落ちた吐息が、くすぐったくて、甘い。
(……っ、ちょっと、待って、欲しい、けど)
今回はわたしが喧嘩をふっかけたようなもんだし、それで寂しい思いもさせたわけだし。
どうしても強く出られない。
「大事に、しますから」
何も言えずにいるわたしに、震えた声で、マルクトは囁いた。
押さえきれない想いが、にじみ出ている。
プラチナブロンドの髪がわたしの頬をくすぐり、黒い瞳が、熱に潤んでわたしを映していた。
彼の長い指が、わたしの寝間着の背中をそっと撫でる。
一枚布越しなのに、火がついたみたいに熱い。
「……リーヴェ、……リーヴェ、俺の最愛の妻」
低く、喉を震わせる声。
わたしの胸に顔を埋め、何度も、何度も、小さなキスを落とす。甘くて、苦しくて、泣きたくなるくらい愛しい。
「マル……」
わたしが名を呼ぶと、彼は顔を上げた。そして、そっと唇を重ねた。
最初は、触れるだけのキスだった。だけどすぐに、マルクトは耐えきれなくなったようにわたしの顎をそっとすくい上げ、深く、強く、口づけてきた。
(ん……っ、マルって顎クイ好きだなぁ……)
そんなことを考えるほどに最初は冷静だったんだけど……。
何度も何度も……そう、何度も、唇を重ねられるたびに次第に息が混ざり合って熱くなって、甘い吐息が零れた。
舌先が触れ合うたび、胸の奥が痺れるみたいになってしまう。
「……好きだ、リーヴェ」
息継ぎの合間に、何度も、何度も、そう囁かれて。
「……愛してる、愛してるんだ……」
堰を切ったように、マルクトの想いがあふれていく。
わたしも、腕を伸ばして、彼の背にそっと触れた。
すらりとした体躯、でも、しっかりとした筋肉の感触。
ドクドクと脈打つ鼓動が、わたしの掌に伝わってくる。
(……こんなにも、わたしを求めてくれるんだ)
嬉しくて、愛しくて、胸がきゅうっと痛んだ。
「……リーヴェ、もう……離さないから」
マルクトは苦しげに呟きながら、わたしの腰に手を沿える。
ゆっくりと、慎重に、まるで壊れ物に触れるみたいに。
「……リーヴェ」
名前を呼ぶ声は、震えていた。
そして、彼はもう一度、わたしを抱きしめた。
強く、強く。
決して離さないと言うように。
二人の体温が、重なり合う。
汗ばんだ肌。
絡み合う指。
息を詰めるほど近くで、
お互いの存在を、確かめ合う。
マルクトは、優しく、でもどこまでも深く、
わたしを求め続けた。
愛おしさが、止まらないみたいに。
まるで――ずっとずっと、溜めこんできた想いを、今、全部伝えようとするみたいに。
夜は長く。
世界は、わたしたち二人だけだった。
どこまでも、甘く。
どこまでも、熱く。
そして、幸せに――。




