第1章 魔力なし、乳母になります!
この世界では、生まれた瞬間に「光の白」か「闇の黒」、いずれかの魔力を宿すのが常識。
それが、人としての証であり、生きる力。
でも異世界からの転生者だったせいで、わたしにはそもそも魔力そのものがなかった。
「リーヴェ」の両親は白の魔術師だった。
ふたりとも、優しく、あたたかく、わたしに「魔力がなくても人は人だ」と教えてくれて、守ってくれた人たち。
だけど、周囲の目は、そうじゃなかった。
「役立たず」
「劣等」
「欠陥品」
魔力のないわたしは、ただ存在しているだけで、目に見えない悪意の中を生きていた。
だけど、わたしはそれでも幸せだったの。
お父さんとお母さんが、たとえどれだけ他人に何を言われようと、わたしを大事にしてくれたから。
だからこそ、お父さんが倒れたって聞いたとき、何をしたって両親を支えなきゃ! って思ったんだ。
「リーヴェ……父さんが……!」
15歳になったある日のこと。
魔力が使えない私は、色々な店の雑用を引き受けて生活している。
掃除、事務仕事、針仕事に代わりの買い出し……色々な店を回って仕事を終えて家に帰った私を出迎えたのは、お母さんの震える声だった。そして、病に蝕まれたお父さんの姿。
その回復には高位の白魔術の儀式と大量の献金が必要だと聞いたとき、頭の中が真っ白になった。
魔力のないわたしにできることなんて、たかが知れている。
でも、それでも何かしたい。
役に立ちたい――せめて、お金を稼がなきゃ。
街の中心にある大理石造りのギルド本部は、常に活気にあふれていた。
魔術師たちが次々と依頼を確認し、受付前には人の列ができている。煌びやかなローブをまとい、光を纏う美しい女性魔術師や、漆黒のマントを翻す無口そうな男の姿もある。
そのすべてが、わたしには遠い存在だった。
「よう、リーヴェ。珍しいな、こんな時間に」
エリオットさん。ギルドの古株の受付員。年季の入った顔つきに鋭い目。だけど、その瞳の奥には温もりがある。わたしの両親のことも知っていて、よく気にかけてくれていた。
「エリオットさん。……今日は、お仕事のことで」
「ああん?仕事? お前、魔力なしだろ? いつもの裁縫手伝いじゃ、足りなくなったってか?」
「……父が倒れたんです。治療にお金が必要で……どうしても、稼がなくちゃいけないんです!」
言葉にすると、喉がひりつくように痛んだ。
でも、目は逸らさなかった。
「なんでも、……本当に、何でもします! 仕事、斡旋してください!!」
エッチなことでも、何でもします!とはさすがに言葉にしなかったけれど、そういう覚悟もできていた。
だって魔力がないんだもん。しょうがないよね。
「……そっか。う~ん……そうだなぁ……」
エリオットさんはしばらく沈黙した後、机の下から一枚の依頼書を取り出して差し出した。
それは、他の紙とは違い、縁に黒い封蝋が押された重苦しい雰囲気のものだった。
どうやらエッチな依頼ではなさそう……?
「これが、唯一、このギルドから魔力なしのお前に渡せる仕事だな。魔力の能力は問わない――とのことだ、命の保証はできねぇがな」
命の保証。その言葉にごくりと喉がなる。
「ど、どんな仕事なんですか?」
「中身は単純、内容は乳母。ガキの世話だ」
一瞬、ギルドの空気が遠くなった。
え? わたし、聞き間違えた?
「何て?」
「だからガキの世話だよ」
「こ、子供の……お世話?」
わたしはきょとんとしながらも、紙を受け取った。
そこに書かれていた依頼人は「黒の館・ニグラード家」。
ニグラード。
白魔術師の両親を持つわたしでも知っている、黒魔術の名門のうちのひとつだ。
「えええ! でもなんで、子供の世話が“命がけ”なんですか……?」
「実際、怪我人が出てるからだよ。今まで給金につられて何人もの魔術師が出向いて、みーんな怪我して帰ってきてんだ」
ゾッとした。
どういうことなの……???
「世話する相手――そいつぁ、普通のガキじゃねえ。触れた魔術師が焼き切れるって噂されてるんだ。魔力が強すぎて、周囲が耐えきれないらしい」
意味が分からない。
焼き切れるって人間に使っていいワードじゃないんじゃ……?
やっぱり異世界って怖い!
「でも、リーヴェ。お前には魔力がないだろ? だからもしかするといけるかもしんねぇと思ってな。 魔力が耐えきれねえってんなら魔力がねぇならイケんじゃねえか?」
エリオットさんの目が、わたしをじっと見つめた。
「……ほかにわたしに回せるお仕事無いんですよね??」
「ない」
「じゃあ、行きます! よろしくお願いします!」
わたしはその視線から逃げず、しっかりと頷いた。
不安がないと言えば嘘になる。
名家、黒魔術師、命の危険。焼き切れる、なんてパワーワード。
だけど、それでも……わたしは両親のためにお金を稼ぎたかった。
それに――
(魔力なしなら、大丈夫かも……なんて、この世界にきてから初めて言われた)
魔力がないことで虐げられてきた自分。
そんな自分のこの手で、誰かの役に立てる可能性があるのなら。
迷う理由なんてひとつもなかった。
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