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後日譚③ 声と愛と呪いの本②

 黒の館ではエルナド様までが喉に効くという薬草の資料を引っ張り出しては、ノルンさんに指示を飛ばしていた。うう……本当に申し訳ない……みんな忙しいのにね。

 リビングにはいつの間にか「喉に良い」とされるものがずらりと並び、館中が妙に甘い香りに包まれている。


 マルクト特製の蜂蜜とミルクのリンゴ煮込み、ノルンさんが育てていた薬草の蒸気吸入、シア様お手製の白魔術符……。

 でも、どれも決定的な効果はなかった。


 マルクトは日中の仕事も最小限に抑えて、ずっとわたしのそばにいてくれた。

 無理に話しかけず、必要なときだけ、筆談やジェスチャーで言葉を交わす。けれどその静けさが、時折、胸にじくじくと沁みてくる。


 ――やっぱり、声って、なくなると寂しいんだな。


 いつも何気なくしていたことができない。それだけで、こんなにも不便で、こんなにも不安になる。

 でも、わたしが不安になればなるほど、マルクトが沈んでしまうのがわかるから、わたしは笑う。

 笑って、頷いて、なるべく明るく振る舞った。


 館の中は、日に日に静けさを増しているような気がする。わたしのために皆が一生懸命なのはわかっている。けれど、それでも、時間が経つほどに重苦しい空気が漂うようになっていった。

 なんだかめちゃくちゃに申し訳がない。


 何をやっても決め手にならなかった。声帯に物理的な傷はない。魔術でも反応しない。炎症も、熱も、腫れもない。喉のどこにも「異常」は見当たらないのに、「声」だけが出ないまま。


「リーヴェさんに呪われる理由がないことと、ほら、以前眠ってしまった時。魔力のないリーヴェさんには、呪詛がきかなかったわよね。だから除外していたけれど……これは、やっぱり……呪いではないかしら?」


 そう呟いたのは、毎日わたしを見舞ってくれているシア様だった。

 わたしは目を見開いて、シア様を見る。マルクトもわたしの隣で眉を寄せた。


「呪い……ですか、母上」

「ええ。回復しない、というより、"封じられている" 感じがするの。治すことじゃなくて、"解く" べきものかもしれない。魔力のないリーヴェさんにも利く呪いなのかもしれないわ」


 マルクトはすぐさまその線で動き始めた。



 そう。

 確かに以前、わたしは刺客におそわれたマルクトを助けた。

 そしてその時に呪詛――つまり呪いを受けたんだけど、魔力がないからそれが適応されなくて、死なずに済んだんだよね。

 だからまぁ、わたしには呪いなんて効かないぜ!ってわたしも思ってたしみんなもそう思ってたけど、そうではないみたい……?


 マルクトはものすごい勢いで過去にあった似た症例を調べ、ノルンさんと一緒に館中の物品を調べ始めた。

 わたしの部屋にあるもの、最近手に取ったもの、身に着けたもの……。正直わたしは覚えていなかったけど(普通自分の服装とかしっかり覚えて無くない……?)、ここでマルクトの有能さが光った。

 有能というよりも、わたしへの愛というか。


 数時間後。


「ここ2週間のリーヴェの身に着けたもの、手に取ったものを洗い出しました。おそらく、これかと」

「まぁ! 早いわね、マルクト」

「リーヴェのことなら、すぐにわかりますから。身に着けていたアクセサリー、衣服ももちろん忘れようはずがありません」

「あらあら。じゃあ先週の火曜日は?」

「先週の火曜日は、水色のワンピースドレスでしたね、髪の装飾は俺の送った花のバレッタです。たしかネックレスもつけていた……青い石の、たしか母上が送ったものを」

「……そ、そう……。さすがね、マルクト」

「……」


 マルクトの優秀な頭脳がわたしのために変な方向に使われていることを知ってしまったわたしは、思わずシア様と顔を見合わせたけれど、その後『エルもわたしの忘れていたわたしのことを良く知っているのよ。やっぱり親子ね』とほほ笑まれたのでわたしも気にしないことにした。

 親子ね、じゃあないんだよ!




 ともかくともかく。

 有能なマルクトが見つけてきたそれは、先週わたしが仕事のために借りてきた一冊の古書だった。

 小ぶりな革装丁のその本は、古い魔法文字で綴られていて表紙には確かに「禁本」と書かれている。

 でも古書に「禁本」表記はよくあることで、そんなことを気にしていたら仕事なんかできない。

 だからわたしは何にも気にせず、家に持ち帰ったのだった――。





 その本にシア様が手を触れた瞬間、紫の瞳がぴくりと揺れた。


「……そうね、これだわ」

「母上、解呪は」

「ええ、この程度なら大丈夫、出来るわ。でも、完全に解呪するには、媒体を"壊す"必要がある。つまり……この本は、もう二度と読めなくなってしまうけれど」

「……」


 そっと机に置かれるその本。

 わたしは一瞬、少しだけ躊躇った。

 古書は、世界のどこかでたった一つの知のかけら。読めば誰かの思考に触れられる。

 それが魔術であっても、古い記録であっても、きっと誰かが残した意味があるもの――でも、そんなことを言っても、声が出ないのは困る!!


「何を迷う必要があるんですか。そんなもの、木っ端微塵にしなければ」

「マルクト!」


 なんかわたしでもわかるくらいのすごい光が集まって、


 本が、すごい勢いで爆ぜた。

 それはもう、すごい勢いで。


「っ!!!」


 あらあら、と言う顔つきのシア様と、唖然としているわたし。

 そして本を「こんなに悪い顔できるんだ」と思うほどの目つきでにらみつけているマルクト。



「……解呪、こんな方法でいいんですか?」


 あっ、声が出た。あっけなく。そしてわたしの声は震えていた。

 そりゃそうだよ、こんな至近距離で国家魔術師筆頭様の攻撃魔術をみせていただいたんですからね!

 正直、めちゃめちゃ怖かった。


「そうね……本当はもう少しちゃんとした儀式があるのだけれど……、まぁ壊すことで解呪されることに変わりはないから……」


 ほら、シア様呆れてるじゃん!とマルクトに言おうとしたその時だった。


「リーヴェ!!!」

「うわっぷ」


 いきなり抱きしめられて目を白黒させるわたし。

 ちょっと待ってほしい。っていうか苦しい。腕で締めないで、首締まる!!


「……もう絶対、何も触れさせませんから。呪いなんて、二度と……」

「何にも触れないのは無理でしょ……マル、ありがとうね」


 わたしは笑って、その背にそっと腕をまわす。

 とりあえず、よかったよかった、と思いつつ、呪いの本なんて本当にあるんだ(ダジャレではない)とあらためて仕事への意識を考え直す。

 気を付けないと。シア様が相変わらずのほののんとした口調で「呪われると、身体全体に呪詛が巻かれて動けなくなっちゃう呪いとか、激しい痛みが走るものもあるのよ~」と言ってるのが聞こえる。

 うう怖い。


「でもマル。あんなに勢いよく木っ端微塵にしなくてもよかったんじゃ……」


 ぼやくように呟くと、マルクトはわたしの額に唇を寄せてから、ため息まじりに言った。


「あれでも手加減しましたよ?」

「……」


 最高で最強の旦那様は、今日もわたしに優しいのだった。


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