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後日譚② 仕事がしたい!③(終)

「リーヴェさん。本当に助かった、あの厄介な三巻を読み解けたのは君のおかげだ」


 そう言ってくれたのはこの黒の館の当主にしてマルクトのお父様にあたるエルナド様だった。

 漆黒の瞳と長い黒髪に、冷たい威圧感をまとうお姿。見た目はめちゃくちゃ怖いしとっつきづらいけど、本当はとっても優しい人だ。

 マルクトのお父様――つまり、今はわたしのお義父様ということになる、けど。

 うわぁ言えない! 絶対お父様なんて呼べない……! 

 でも喜んでもらえてよかった―――!


 心の中でガッツポーズをキメる。


 私はその日から、「古語文書の解読」という名目で、黒の館の書庫の一角に机をもらって仕事をすることになった。

 とはいっても、魔術の核心に関わるような極秘文書はもちろん除かれていて、あくまで「研究途中の記録」「封印された過去の魔術道具の来歴」など、割と安全で公開可能な範囲。とはいえ、どれも魔力を持たないと本来読めないもので、解読に使う魔力を考えても解読には本来数年単位かかるもの、らしい。


 なんか特殊技能なのかなぁ~? くらいに思ってたけど、意外とすごいぞ、この能力!!


 あまりにテキパキやりすぎたのでさすがにエルナド様とシア様にもご心配をかけてしまったけれど、仕組みを説明するわけにもいかない。とりあえず無理しない程度に一日にする作業量は調節してもらって事なきを得たけど、それでも十分役に立っているみたい。


「すごいですね、リーヴェ様。本当に全部読めるんですね」


 ノルンさんがそう言って、紅茶をそっと机に置いてくれた。彼女の仕草はいつも優雅で、横に立っているだけで空気が整う感じがする。


「ありがとうございます、でも……こんな感覚、初めてで……」

「?」

「わたし、ずっと……”ない”側だったから。役に立てて、嬉しいです!」


 本当にそう思った。

 魔術が使えない、魔力がない、守られるばかり――そんな自分にずっと引け目があった。だけど、この「読む」ことだけは、誰にも代われない。ちょっとだけ、誇らしかった。


 だからわたしは、毎日、せっせと書庫に通った。

 資料を一冊一冊丁寧に読み解き、内容をノートに書き出して、気になった言い回しや出典元を調べて、時には魔術用語の辞典と首っ引きになりながら。

 エルナド様も喜んでくれた。

 シア様も、ノルンさんも、もちろん喜んでくれた。


 だから―――……忘れていた。

 正直、あたえられた仕事が楽しすぎて……感謝されるのが嬉しすぎて……忘れていたのだ。



 我が最愛の、旦那様(マルクト)の存在を。






「リーヴェ、ちょっといいかな?」


 ある日の夕刻。

 不意に背後から声をかけられ、驚いて振り返ると――そこにいたのは、仕事帰りのマルクトだった。

 久しぶりに会う気がするけれど、確か国家魔術師の遠征とかいってなかったっけ。

 白と黒の織り混ぜられた国家魔術師の制服。

 すらりとした長身、プラチナブロンドの髪に漆黒の瞳。

 いつも通り完璧な彼が、わたしをじっと見ている。


「あっ、マル! おかえりなさい、今日は早かったね」

「うん、早く帰ってきたんですよ……リーヴェに会いたかったからね」


 さらっとそんなことを言うものだから、わたしはとっさに眼鏡の位置を直すふりをして顔をそらしてしまった。

 急にこんなふうに、突然心を撃ち抜くのはやめてほしい。

 でもずっと話せなかったこともあって、わたしは手元の本をもって彼に駆け寄る。


「あのね、あのね、見て見て! 今すごく楽しくて……あのね、この仕事本当にやりがいがあって」


 言いながら手元の資料を見せると、マルクトはうんうんと頷いてくれた。

 けれど、その目の奥には――少しだけ、影が差していた。


「……それは、よかった。うん、ほんとに、よかったんだけど――」

「……ん?」

「父上も母上も、喜んでくれてるんだけど――」

「……うん……?」

「最近、俺のこと、忘れてませんか?」



「……」


「あんまり話せてないから」


 ぼそっとこぼされたその言葉に、わたしは初めて気がついた。

 彼の顔が、ほんの少し寂しそうだってことに。


「あ、あの、ね……あっ、でも今日はこれ整理したら終わりだから、それから――」

「……だめ。ほら、それも貸して」


 マルクトはわたしの眼鏡にそっと手を伸ばして、外してくれた。

 この世界のメガネは特殊な魔術がかけられていて、目の疲れを軽減してくれる道具なのだ。


「え、でもあと10ページくらい――」

「ダメ。俺が寂しかったから、今はこっちの番です」


 いつもどおりの、理屈っぽくて我がままで、けれどひどく甘えた声音だった。

 そうして、彼はわたしの手を引く。

 ……もしかして、ずっと我慢してたんだろうか。


(……かわいい)


 わたしは彼の手をぎゅっと握り返して、笑った。


(坊ちゃん時代を思い出す――なんて言ったら、怒るんだろうな)


「もしかして、ずっと我慢してたの?」

「当たり前でしょう」

「ごめんね、マル?」

「首をかしげてあざとく言えば、俺が許すと思ったら大間違いですよ?」

「あざと……って、そんなこと思ってないよ!!??」

「でも可愛かったので――許します」


 手を引かれるまま、廊下を歩く。

 こんな風に大切にされて、求められて。


「……嬉しいな」


 ぽつりとこぼれてしまった言葉は我ながら身勝手だったけれど、それでも本当の気持ちだった。





お仕事をゲットしたリーヴェのお話でした

異世界転生者って便利そうですよね、語学……


連続話、読んでくださってありがとうございました。


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