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後日譚② 仕事がしたい!②

「じゃあ次はあちらの棚に移動しますね」

「はーい!!」


 ノルンさんの穏やかな声が、天井の高い書庫にキビキビと響いた。

 わたしもその声に従い、書類をもって移動する。


 ここは黒の館でも特に立ち入りが限られた場所、「記録の間」。

 ちょっぴり埃っぽいここは、当主様が代々管理している魔術関連の古文書や資料がずらりと並ぶ特別な部屋だ。


 日差しの入らない、重たく静かな空気が満ちていて、いつもならちょっと怖くて近づきたくないけれど、今日は話が違う。

 今日はここでお仕事なのだ!!

 ノルンさんに使用人用のエプロンを借り、わたしは書庫整理を手伝っている。

 ご本人の言葉を借りれば、「流石に魔導書で体を傷つけることはありませんでしょうしね」と言うことだ。



「それにしても、この部屋、こんなに本があるとは思いませんでした……」

「半地下もありますからね。まだまだありますよ?」


 思わず漏れた私の呟きに、隣のノルンさんがくすりと笑う。

 年齢不詳の彼女は今日も栗色の髪をきれいに束ね、エプロン姿が様になっていた。仕事のときのノルンさんは、どこか背筋がぴんとしていて、優しいけれど近寄りがたい。でも、そういうところもまた、好き。この黒の館に来た時に最初に迎えてくれたのもノルンさんだったんだよなぁ……と思い出すとしみじみしてしまう。


「それにしても、リーヴェ様は御本が好きなのですね」

「はい! ええと、そんなにたくさん読むわけじゃないですけど……」


 昔の世界では図書委員してました! とか言ってもわかんないだろうな……と思いながら、似たようなことしたことあるので、と笑って見せた。


「お手伝い助かります。では次はこの本を」


 今日の書庫整理はノルンさんが指示してくれた本を探してその中の内容を改めるという単純作業。

 一冊でも紛失があれば大変なことになるみたいだけど、今のところ作業は順調だ。


「この本は……あっ、あそこですね……!」


 あちらこちらに散らばる本を卓上に集めてもう一度整理して並べ直す。役に立っている実感があって、とても楽しい。


(やっぱり労働は大事だよねぇ……!)


「ノルンさん、声かけてくださってありがとうございます! ほんっとうに嬉しいです!!」

「大袈裟ですね、リーヴェ様」

「いえいえいえ! 本当に……」


 額の汗をぬぐう。

 うん、やっぱり労働って大事だ!なんて昔の世界にいたら絶対に思わないことをわたしは思った。



 ■




 午前中の整理が終わり、お昼ご飯をはさんで、午後の作業に入ったときだった。


 わたしの手元に届いたのは、少しばかり変わった装丁の古びた書物だった。革装の背表紙には細かい銀の刻印があり、ページの端には古いインクの染みが残っている。ぱらり、とめくると……そこには、びっしりと見慣れない文体の文章が。



「こちらは古語なので旦那様がお帰りになったら読んでいただきましょうか」


 ――けれど。


(よ、読める……!! )


 わたしにはそれがすぐに読めた。

 ぐにゃりと文字が変形して、その上に別の色で翻訳が浮かんでくる。

 この世界の他の文字と同じだ。


『八年前のこの日、王都にて異変が起きる兆しが見えた。風が止まり、人々は逃げ惑う。わたしはー』


「リーヴェ様?!」

「あの、これ……読めるんです、わたし」

「え? これは……普通の魔術師でも解読に時間がかかる書き方のはずですが」

「なんだか、最初から全部、ひとつの言語に見えるというか……。日本語って、漢字と平仮名とカタカナ混じってても読めたから、そのせいかも?」


 口に出してから、しまった、と思う。

 ここでは「日本語」なんて単語、誰も知らない。

 でも、ノルンさんはただ優しく頷いた。

 何か他言語、ということだけ認識したのだろう。


「魔力がない分、リーヴェさんは勉学に励まれていた、と乳母の時の履歴書にありましたわね。その賜物かもしれません」

「そ、そんな昔のこと……おぼえてるんです!?」


 ノルンさんは当然です! と笑ってうなずいた。


「これは……。リーヴェ様、もしかしたらこの力、使えるかもしれません。解読作業は怪我の心配もありませんし、なにより……マルクト様が“危ない”と判断しにくい分野ですから」

「“判断しにくい”って言い方、ちょっとだけ気になりますけども……!」


 顔を見合わせて、笑いが広がる。

 わたしの力が、こんな風に役に立つなんて思ってもみなかった。

 でも、これなら――。


「これって、お仕事にできますか?」


 私がそう尋ねると、ノルンさんは即座に「問題ないかと思います。古語の解読はかなりの特殊技能ですから」と頷き、当主様やシア様に相談してくれると言った。


 ……なんだか、胸がじんとする。


 魔力がなくたって、ここでできることがある。私にも、ちゃんと、居場所がある。







 その夜、ベッドの中で毛布にくるまりながら、私は嬉しさでふふっと笑ってしまった。


 マルクトは明日まで仕事で不在だ。

 明日、帰還したマルクトに報告したらなんて言うかな。

 きっと、「無理はしないで」とか言いながら、励ましてくれるのかな、それとも……。



 ……うん、明日が楽しみ。

 ホクホクした気持ちで、わたしは眠りについたのだった。




(続)




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