第19話 鐘がなるその日まで
結婚式、ってこんなに大変なものだったっけ?
いや、わたし、異世界転生者だから、こっちの式のことなんて一ミリも知らなかったけれど、それにしても――ちょっと、いや、だいぶ、派手すぎやしませんか??
「リーヴェ様! ドレスのお直し、三着目が仕上がりましたわ!」
「ついに黒い花嫁馬車が完成しましたぞ!」
「髪飾りは、やはり黒曜石をベースにしたほうが“らしさ”が出ると思うのですが!」
「メイクはですね、普段の優しげな印象からギャップを狙ってですね!」
ぐるぐると侍女や使用人さんに取り囲まれて、わたしはというとほとんどされるがまま。目の前がくるくる回って、ちょっとだけ逃げ出したくなったりもする。
……ああ、やっぱり、地味婚がよかったなあ。ふたりきりで、こっそり誓いを立てるだけで、よかったのになあ。
黒の館全体が、まるでお祭りのように浮き足立っていて、正直いって居心地が悪い。
こんなに目立つのは苦手だ。わたしはただの元・乳母なのに。
でも――
「……リーヴェ、疲れましたか?」
仮縫い状態の黒のお披露目ドレスを着せられて、髪の結われてぐらぐらしているわたし。
その前にひょこりと現れ、顔を覗き込んできたマルクト。
まるで子犬のような顔で心配してくる。その顔を見て、疲れも、ため息も、少しだけどこかへ飛んでいった。
「ううん、ちょっとバタバタしてただけ」
嘘じゃない。本当。心の奥は、なんだかほんのりあたたかい。
あんなに冷たく不遜で、他人に対しては遠慮のかけらもないマルクトが、今は心から嬉しそうに、あれこれと準備をしている。
白と黒の花を選んだり、招待状の文面を考えたり、音楽の曲調までこだわっていたり。
どうやら彼は、私との「正式な始まり」を、世界中に知らしめたいらしい。
「大丈夫ですか、と言っても……式はやりますけど」
くすりと笑って、彼が小さく首をかしげる。
それはどこか、「それでも聞きたいんです」と言っているようだった。
「大丈夫、大丈夫。やろう、結婚式」
わたしは笑って、彼の袖を小さく引いた。
「でも、ちょっとだけ、昔を思い出してたの」
「昔?」
「うん。……あの頃、マルクトが『結婚する』って言ってたの覚えてる?」
「……もちろん」
マルクトは、ゆっくりと目を細めた。懐かしむような、胸を痛めるような、そんな表情。
「あのときも思ったんだよ。……こんなに真っ直ぐに向けられる気持ちに、わたしは応えてあげられるのかなって」
声が、少しだけ震える。
でも、今だから言える。ずっと抱えていた、小さな罪悪感と、温かな愛しさ。
「でも、わたしもね、あの時すごく、すごく嬉しかったんだ。自分が選ばれたことが」
「……リーヴェ」
「?」
「つまり俺たちは昔から両想いだった、ということですね」
マルクトの手が、そっとわたしの頬に触れる。
それは自信満々の言葉尻やいつもの強引さとは違う、どこまでも優しい手つきだった。
「それは、そう……ふふ、どうしたの、急に? 何かついてた?」
「いや、君が……どこかに行ってしまいそうな気がして」
ぽつりと、彼が言った。それは、きっと昔の不安。長い眠りの中で、彼を一人きりにしてしまった、あの20年が今も彼の中で影を落としているんだろう。
「どこにも行かないよ、大丈夫」
わたしは、笑って言った。
言葉にしないと届かないなら、何度でも言おう。
「わたしは、ここにいるよ。ちゃんと、マルクトのそばに」
黒のドレスの仮縫いが、ふわりと揺れた。
もうすぐ、ふたりのための特別な日がやってくる。
それが派手でも、注目を浴びても、どんなに緊張しても。
彼が隣にいてくれるのなら、わたしは――大丈夫。
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