第18話 これからのこと
今日はひとりで街へ出た。
理由は、ちょっとだけ頭を冷やしたかったからだ。
結婚式――マルクトとの。
それが現実になろうとしていることに、まだ心が追いついていない。
今更ああだこうだ言って「やらない」とか「やりたくない」とか「そもそも結婚しない」、なんていう気はないよ?
ただやっぱり、大きな決断だったから、自分の判断を迷ってしまって。
(やっぱり――緊張するよ。大々的に式なんて、やらない方がいいんじゃないのかなぁ……)
そんな時、通りかかった小道の影で通りすがりの会話が耳に入った。
「灰の魔術師って」
マルクトの噂だ。思わず耳が大きくなる。
「マジすごいけど、性格終わってるって噂だよな」
「噂じゃねーよ、ガチだろ? 部下にもだいぶキツいらしいぜ」
「偉そうなんだよな。あの目つき! なんかもう、孤高のオレ様って感じ?」
「仕方ねえよ、エリート中のエリートだろ? 一般人の感覚なんざわかんねーのよ」
「黒も白も使えるってチートだよなぁ」
ああもう……!!!
イライラしてきたけど、面と向かって否定できないのも辛い。実際えらそうなのは確かだし……。
でもでも! 別にチートでも何でもない、ただの努力家なだけ!!
「確かに、マルクトはそういうとこあるけどさ……」
つい、ぶつぶつ言葉が漏れちゃう。
ああ見えて誰より繊細な子なんだから!
「……わたしがそばにいてなんとかしてあげなきゃ。元乳母として」
わたしは思わず、ぽつりと独り言をこぼしていた。
「そうですよね。だから結婚するしかないんですよ、リーヴェ」
「ひゃっ!?」
突然、背後から抱きしめられた。
誰かと思ったけれど、この柔らかい声と、見慣れない黒髪。……って、黒髪!?
「マ、マルクト!? その髪どうしたの!? 変装!?」
「はい。今日はちょっとお忍びで。街に不穏な動きがないか見てたら、ちょうどあなたを見つけまして」
全然隠しきれてない笑顔。
でもその瞳の奥には、わずかに揺れるような不安があるのもわかる。
もしかしたら、わたしがまたどこかに行ってしまったのかと思って探しにきてくれたのかもしれない。
「結構、噂されてるんだね」
「そうなんです。ね? 心配でしょう? 君が大事に育てた子がこんな風に噂されて。これはもう結婚して、ちゃんとそばで見ていてもらわないと」
「……もう、マルクトったら」
わたしはくすっと笑って、ふいに真顔になった。
そして言った。
「うん、絶対、結婚しよう」
「……そうですよ、……えっ?」
マルクトの目がまるくなる。
まさかわたしから言われるとは思っていなかったのか、動揺が隠せていない。
「……え、えっ? 冗談、ですか?」
わたしは首を振った。
「本気だよ。誤解されちゃうマルクトのこと、わたしが元乳母としてなんとかするから! 固まったよ、決意! 絶対結婚しようね!」
マルクトが、ぎょっとした顔になる。
「そ、そんな理由ですか!?」
「だって、可哀想じゃない。ほんとは優しいのに、誰にも伝わらなくて……。だってマルクトって、本当はすごく優しくて、真面目で、努力家で、寂しがり屋で――」
「ちょ、ちょっと待ってください、そんなに暴露しないでください……!」
「でも、本当のことでしょう?」
耳まで真っ赤になったマルクトを見て、私は笑ってしまった。
マルクトは、一度深く息を吸って、そして静かに微笑む。
「……わかりました。では、今度こそ俺からも」
彼はわたしの手を取って、そっと額に唇を落とした。
「――どうか、俺と結婚してください、リーヴェ。そしてこれからもずっと俺を見守ってくださいね」
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