第15話 重ねあう思い
わたしは――。
言葉に詰まってしまったわたし。
マルクトは、そんなわたしを見て、ほんの少しだけ顔を伏せた。
長い睫毛が影を落とし、その奥の黒い瞳は、まるで夜の海のように静かで深かった。
それから、肩を抑えていた力をゆっくりと抜き、わたしを見つめる。
「……リーヴェ。俺が君を選び続けた理由は、たったひとつだよ」
言葉の余韻が、部屋の静けさに吸い込まれていく。
「君が、君だからだよ。魔力がないとか、平民だとか、そんなの関係ない。君の声、手、笑い方、全部、俺の中でたったひとつだけ。ひとつだけの、大切なひとだから」
わたしの胸がきゅう、と痛くなった。
彼の言葉はどこまでもまっすぐで、そのせいで痛い。
「でも……わたしは、あなたを守れなかったよ……。それに……20年も、あなたをずっとわたしに縛り付けた」
わたしの声が震えていた。泣きたくなんてなかったのに、罪悪感が込み上げて、どうしようもなかった。ボロボロと涙がこぼれてくる。
そんなわたしの頬を、彼の手がそっと包んだ。
指先は温かくて、でも繊細で、まるで壊れ物に触れるようだった。
「違います。守ってくれたでしょう、あの時」
「……」
「俺を庇って、君は命を賭けた。そして言ってくれたじゃないですか、『結婚しよう』って。……わかってましたよ、本気じゃないって。俺のための言葉で、口約束だって――それにすがって、こんな風にして、君があきれてるってこともわかってます……でもそれは、どんな言葉よりも俺を強くしてくれた。俺が、生きてこの国を守れたのは、君がそこにいたからです」
そのまま、マルクトはわたしをそっと抱きしめた。
包むように、くるむように。
「ねえ、リーヴェ……俺は、君を愛してるんです。ずっとずっと前から、たぶん最初に出会った時からずっと」
彼の声が、耳元でやさしく響いた。
そのまま、彼はわたしの額に唇を押し当てた。
柔らかく、深く、祈るように。
「君を守るためなら、俺は世界中を敵に回しても構わないと思ってる。君のために、俺は生きます……いえ、生きていきたい」
その言葉に、また新しい涙があふれた。
「マルクト……」
彼がわたしの名前を呼ぶと、胸がいっぱいになって、もう何も言えなかった。
静かに、彼の腕がわたしの背に回される。
抱きしめられた。優しく、でも逃がさないように、確かに。
「ずっと……ずっと、君だけです。俺の花嫁は、リーヴェ、あなただけです」
言葉のひとつひとつが心の奥に染み込んで、あたたかい涙がぽろぽろと零れた。
わたしも、彼の胸元に手を置いた。
彼の鼓動が、手のひらに伝わる。
こんなにも強くて、あたたかい命が、わたしを、20年も待ってくれていた。
「……ごめんね、マルクト」
ようやく絞り出した言葉に、彼は微笑んだ。
「謝らないで。俺こそ――ずるくて、ごめん」
わたしはもう、こらえきれなかった。彼の首に腕を回して、自分から唇を寄せた。
ほんの少しだけ触れ合っただけのキスは、思った以上に熱くて、愛おしかった。
わたしは、彼の胸に顔を埋めながら、震える声で言った。
「……マルクト、大好きよ」
その瞬間、彼の腕がきゅっと強くなった。
「俺も……何度でも言う、リーヴェ。愛してる。ずっと、ずっと」
わたしたちは、そのまましばらく動かなかった。
どこかで灯るランプの火が揺れていた。静かな封印の間に、ただふたりの鼓動だけが響いていた。
ようやく、わたしは観念した。
――もう、逃げられない。
けど、それは少しも苦しくなかった。
こんなふうに愛されることが、わたしの幸せだと、ようやく思えたから。
抱きしめられながら、ふと、彼の胸のぬくもりを吸い込むように深呼吸する。
この先のことなんてわからない。
でも、きっとこの人となら、大丈夫だ。
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