第14話 きみのいない朝
扉は重く、ぴくりとも動かなかった。
そもそもわたしの腕の力じゃ、鉄製の扉なんて動くはずないよね。
当たり前か。封印の間、だなんて、いかにも魔術的な名前の場所に閉じ込められているんだから。
「ホントにあかない……」
「だから、開きませんよ。俺の封印ですから」
プラチナブロンドの髪が、部屋のランプの灯りで金糸のように輝いている。
深く沈んだ夜のような漆黒の瞳が、まっすぐこちらを見つめていて――逃げようとしていたことか、ものすごく申し訳なくなった。
「なんで、わかったの?」
「君がいない朝を、俺が迎えられると思ったんですか?」
やさしい声音だった。でも、どこか切実な熱がある。わたしは指を組みながら、ひとまず視線をそらした。なにか言い返さなきゃと思ったけれど……言葉が出ない。
静かな間が流れる。「封印の間」は静かだ。
やがて、マルクトが口を開いた。
「――君が、逃げたいのはわかっています」
「……」
「でも、逃げられるなら、とっくに逃げてたはずですよね。でも……リーヴェはずっと俺のそばにいてくれた」
わたしは口を開きかけて、閉じる。
言わなきゃ。でも、言うのが、怖い。
それでも。
ほんのわずかに勇気を出して、わたしは絞り出した。
「……だって、あなたには皇女様との結婚話もあったんでしょう?」
聞こえちゃったもん、と続けるわたしの声は、ひどく小さかった。
でも、マルクトにはしっかり届いたらしい。
彼はわずかに眉を下げて、まるで子どもに話しかけるように、やさしくゆっくりとした声で言った。
「うん、あったよ。他国の皇女様との政略結婚――たしかにあった」
やっぱり、とわたしの胸がずんと重くなる。
「でも、断ったんだ。だからあんなのは『なかった』」
えっ、と視線を上げた。
マルクトは微笑んでいる。少し寂しそうな、でも誇らしげな、強い笑み。
「国を守るために必要な結婚だ、と言われた。俺は『国の象徴』であり、魔術の均衡の『軸』だからって。笑っちゃいますよ、俺にとって国よりも重いものがあるというのに」
……信じられなかった。
いやいやいや。信じたくなかった。
坊ちゃん! とまた頭をはたいてしまいそう。
わたしはただの人間だ。そもそも魔力もない、なにも持たない、たまたまこの世界に転生してきた人間。
「……そんな、大きなマルクトの中心にわたしがいるなんて……そんなの、おかしいよ」
「おかしくありませんよ?」
「おかしい……よ……」
わたしは唇を噛んだ。
マルクトは一歩近づいてきて、もう一歩、そして目の前に立つ。
彼の瞳が、まっすぐにわたしを見つめていた。
「リーヴェ。俺にとって、君は命の恩人だ。でもそれだけじゃない」
言い返そうとしたわたしの口が、開いて、すぐに閉じた。
マルクトはわたしの肩を掴んで強く壁に押し付ける。
絶対に――絶対に、逃がさまいとするように。
「……5年、君と過ごした。初めて俺を長く抱きしめてくれた、ぬくもりをくれた、俺の傍で笑ってくれた。誰も触れられない俺を、君だけが当たり前のようにあたためてくれた……愛して、くれた」
彼の声が震える。
心なしか、瞳も少し潤んでいた。
「20年、君が目覚めるその日を待った。君の手が冷たくならないように、毎日、魔力の熱を送った。誰もが無理だと言った。でも、俺は信じてた。リーヴェは、俺の全てなんだ」
涙が溢れそうになる。
「そんな君が自分を卑下したり、場違いだとか言って逃げようとするのは……つらいよ、リーヴェ。俺の大切な人をそんな風に――言わないでくれ」
彼の声は震えていた。
「……」
言葉が出なかった。
だって――わたしだって、本当は。
好きなんだ。
マルクトが、好き。
坊ちゃんだった彼が、こんな風に大人になってからも、真っ直ぐにわたしの手を離さなかったこと。
それだけで、もう充分深い愛の告白だ。
それでも、わたしはズルくて。自身の「罪悪感」に逃げ込んで、マルクトを拒否していた。
――自分の気持ちに、蓋をして、ごまかして。
ぐっと喉の奥が熱くなった。
わたしは、わたしは――。
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