第12話 不遜の天才魔術師
王宮の広間での宣誓を終えて、わたしとマルクトのための祝宴が始まってから、わたしは心の中ですでに10回目のため息をついていた。
金と紫を基調とした王宮の祝宴の広間は、絢爛豪華という言葉そのもの。
天井のシャンデリアは星のように煌めき、楽師たちの奏でる調べは優雅に場を包んでいる。
わたしは黒のあのピッチリしたドレスの正装のまま、マルクトの隣に立たされていた。
そう、“立たされていた”という表現がぴったりだ。
用意された食事や飲み物を、食べてもいいのか、飲んでもいいのか、そもそも口を開いていいのかもわからない。そんな中、周囲にはマルクトに祝意を述べにきた貴族や王宮魔術師たちが絶え間なくやってくる。
大体はおめでとうございます、っていうあたりさわりのない祝辞。そして残りは「なんでこんな女?」みたいな言葉にしないけどぶしつけな視線。
(だいぶ慣れてきたけど……まだ終わんないのかな……)
向こうにあるローストビーフみたいなお肉、ちょっと食べたいな……なんて思っていた矢先だった。
「偉大なる”灰の魔術師様”にご挨拶さしあげますわ」
あいさつに来た王宮付きなんだろう、マルクトと同じマントを纏った女性魔術師が、わたしに一瞥をくれてわざとらしく唇を歪める。キラキラしていて、すっごい美人。まばたきするたびにまつ毛からばっしばし音がしそう。あと谷間がすごい。
「まさかマルクト様がこんな平民の方をお選びになるとは」
小さな声でそう言われて、ビクリとした。
でも本当だしなぁと思ってわたしはへらりと笑って返した、その時。
「何て?」
「へ? ……マルクト?」
空気が、ぴきりと凍った。
マルクトの唇が、静かに伸びる。
笑っていた。
笑っているのに――その黒の瞳は、氷より冷たかった。
「……何か、聞こえましたが。なんとおっしゃいましたか? もう一度、俺によく聞かせてください」
低く、静かな声。まるで囁きのようだったのに、広間全体に響いたように感じた
目の前にいる女性魔術師の顔色がさっと青ざめる。
「い、いえ、その……ご祝福を……っ」
ガタガタと手が震え、彼女の杖が床に落ちた。
そしてもちろん、わたしもビビり散らかしていた。
「リーヴェ。あなたはそんな顔をしなくていいんですよ」
さっきまでの冷えた瞳とは真逆の、蕩けそうな瞳でわたしを見て、マルクトはニコニコとほほ笑んでいた。それでも動揺の波は続く。
「灰の魔術師様には帝国の皇女を、という案もありましたがな……」
「そうでした! 同盟の強化を」
「ええ、あの話はどうなる」
「まさか、平民とは……」
どこからともなく聞こえたその声に、ぴくりとマルクトが眉を動かした、次の瞬間。
パキンッ!!
話していた男たちの武器――魔力を帯びた杖や短剣が、まるで中から弾けたように、鋭く音を立てて砕け散った。その破片が、床に鈍い音を立てて転がる。
わたしは、また「ひぇっ」と情けない声を出して、思わず数歩後ろへ下がった。
「……余計なことを、リーヴェに聞かせるな。祝言の日に無礼であろう」
マルクトの声は冷たく、それでいてひどく静かだった。
広間の空気が完全に凍る。
祝宴じゃなくて、これじゃお葬式だよ……。
「今日も灰の魔術師様はお元気ですな……」と、遠巻きに見ていた年配の魔術師さんが漏らしたのが聞こえた。
――え? 今日“も”??
「……ふ、普段もこんなことしてるの……? ねえ、みなさんの武器は大丈夫なの……? マルクト、そんなにポンポン壊しちゃだめだよ」
わたしが恐る恐る囁くと、マルクトは、わたしの耳元に顔を寄せて穏やかに笑った。
「そうですね、普段はもう少し元気かもしれません。今日はリーヴェがいるからおとなしくしてまして」
「もう少し、元気……????」
「父上と違って、俺は“権力と力を誇示していく”タイプなので」
「そ、それはちょっと…! そこは当主様見習いましょう!?」
とんでもなかった。
あの優しくて、時々甘えたような笑みを浮かべていた坊ちゃんは――今や国の顔であり、王も一目置く、異能の存在たる『灰の魔術師様』だったのだ。
「別にいいんですよ。そもそも俺に敵う相手などこの国にいないのですから」
ちょっと前までしっとりと涙流して抱きしめてくれた人と、同一人物とは到底思えなかった。
その横顔は、冷たくて、美しくて、恐ろしいほどに強くて。
そしてそんな人物は、わたしの手を、離すまいとしっかりと握っていたのだった。
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