詰んでなんかいません
「姉さん、聞いて!」
弟が、転がり込むようにやって来た。
「鷹狩!実雅様に連れてってもらったよ!」
(え、社交辞令じゃなかったの……?)
真っ黒な瞳がキラキラして、興奮してるせいか頬が赤い。
遠くに緑と汗のにおいがする。
「バサッて羽ばたいたらね、風がぶわってなって。僕の腕に乗るんだよ。ずっしりしてて――」
弟から届く草いきれが、眩しい太陽と風のにおいを連れてくる。
(やられた――)
こんなんされたら、弟の心はもうヤツのもの同然じゃん。
鷹が最高にかっこよくて美しくって尊い生き物だったってことを、臨場感たっぷりに聞かせてくれた。
「小霧ちゃん、聞いて!」
母が小躍りしそうな勢いでやって来た。
「香木!実雅様に香木をいただいたの!」
(え。なんで母の趣味知ってるの――)
うっとりと、弟と同じ黒い瞳を潤ませて言う。
宝物のように大事そうに木片を握りしめている。
「こんな良い香りの大きいものはめったに手に入らないんですよ。きっと淡路島の伝説の香木です!」
匂いをかげと、乾いた木の枝を鼻先にぐいぐい押し付けてくる。
(なんで――?)
こんなんされたら、もう母は100%実雅派じゃん。
その香木がどんなに高貴で希少で芳しい香りがするかを誇らしげに聞かせてくれた。
「ひめさま、文です!」
下働きの童がニコニコしながらやって来た。
「いちじくを!実雅様がぼくにいちじくくださったんです!」
(いやいやいやいや――)
童の口の周りに何か付いてる。
直前までいちじく食べてたのかも。
「やわらか~くって、あま~くって、ぷちってしてて……。ぼくじんせいで一番おいしくって――」
前世に比べて平安世界って甘いものが少ない。きっと人生一って本当なんだよね。
おのれ。
こんな幼気な子供まで懐柔しおって。
童は、いちじくへの愛とときめきをたっぷり語って聞かせてくれた。
口の周りを拭いてやると嬉しそうに笑う。
あの笛レポーターめ……!
て。これ、まさか詰んでないよねぇ?
夜逃げの用意した方がいいかな……。
▶︎する
▶︎しない