表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/43

正面から来るなんて聞いてない

「うちに来られるんですか?」


笛レポーターが?

まじか。


父か誇らしげに胸を張って言う。


「実雅様の家の古い書状の相談を受けてね。内裏で詳しい話もできないから、我が家でということになったんだ。どうやら何代か前の御代の……」


呆然としている私に気付かず、父の古文書トークが始まった。


(どこから父の古文書オタク情報を嗅ぎつけて……?)


「——というわけだからお前もそのつもりでな」

「え?」

「何度も文を交わしているんだろう。実雅様がお前に挨拶をとおっしゃっていてね」

「いやいや父様、それは……」


(古文書で売られた――)


父はご機嫌で、顎を撫でながら言う。


「なに、私もいるし御簾越しに少し挨拶するだけだ。お会いするとわかるが、なかなか良い男だよ」

「……」


もうすでに"お会い”して扇も交換しましたなんて言えるわけない。


「明日は私の部屋でな。私の資料も見ていただくから。いかん、少し整理しないと。ではな小霧。忘れぬように」


まさか敵が真昼間の正面玄関から堂々とやってくるとは。文を5文字で打ち返し続けて安心しきっていた。


(甘かった――)


え、ピンチじゃない?父込みで昼間に会うってどうなの。物語でそんなサンプルケースあった気が……?て、アレひどい結末のやつ。いやいや、でも挨拶だけだしね。レポート送信停止のためのヘンテコ姫認定作業かもよ。いけるよ。流してこ!


瞬時に結論を出して、考えないことにした。

考えるとお腹が痛過ぎる。




「姫様、早くなさってください」

「えー、でもお腹痛いし。ひょっとしてアレかも。ほら、もの的な。大変」

「何を今さら」


("今さら”ってどゆこと?)


私は、父のところへ行くよう呼びに来た女房と戦っていた。

御帳台(ベッド)でゴロゴロするが、我ながら言い訳に信憑性がなさすぎる。だって約束をすっかり忘れて朝餉(あさげ)をペロッと食べたうえ、さっきまで笛吹いてたんだから。


「ほら、お見えですよ」


門の方からざわざわと来客の気配がする。

女房の気配がこわくなってきたので諦めてのろのろと用意した。




「よくぞお越しくださいました」


父がにこにこと出迎えているところに滑り込んだ。


(しまった悪目立ち――)


これなら岩みたいに初めからじっとスタンバイしとくんだった。考えても後の祭りってやつだ。


いつもの文のいい匂いがする。

実雅様がこちらに向かって言う。


「姫君にも同席いただいて光栄です」

「……こちらこそありがとうございます」


彼の声が笑いを含んだ。


「楽しみにしてたんです」


(声までいいとか――)


実雅様は、あの夜と同じ心地良い低音で言う。にこやかなのに圧があって、底知れない恐ろしさを感じる。

お腹の奥が重苦しい。


「そうそう、姫は古今東西の珍しい知識をお持ちとか……」


何のことだろうと顔を上げると、ジャブが入った。


「尚継殿の鳩の話が興味深くて」

「……!」

「鳩?どんな話だい?小霧」


不思議そうに父が尋ねる。


(この男――!わかってやってる)


じっとこちらを見る気配がする。

緊張で指先が冷えてきた。


「鳥には人にない能力があるって、ただそれだけの話です!父様」


力ずくでこの話題を終わらせようと乱暴に答えた。

実雅様はおかしそうにクスクスと笑っている。


「この話題はお気に召しませんでしたか」


(わざとらしい!)


「そのうち詳しく聞かせてくれると嬉しいな」

「……」

「小霧、お前――」


つんけんした態度を見かねた父が私を窘めようとした。


「そうそう、古今東西といえば、我が家の書物を整理していましてね――」


実雅様が新しい話題をふった。さらりと空気を変え、父の関心をすんなり奪う。

もうその後は、彼が私に話しかけることはなかった。


一言挨拶し、父の部屋を後にする。

手のひらは汗びっしょりだ。


(なんなのこの敗北感は――)



一人翻弄された自分が悔しすぎて、思わずこぶしを握りしめた。



挑発に乗せられて、もうこの時点で勝敗なんてついていたのに。

ちっとも気付かず私はまだ抗おうとしていたんだ。







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ