【番外:尚継 Side】姉と鷹と伝書鳩
「姉さん――何言ってるかわかってる?」
そんなことしたらまた母に怒られる。
「連れてくわけないでしょ」
こっそりよその宴に紛れ込むなんて、そんなことできるわけない。
姉は一瞬黙って、次の瞬間真っ黒な目をギラリと光らせた。
(これヤバいやつだ)
姉がこの目をする時ってだいたい何かが起きる。
鳥を呼ぶ草笛の術、紐の先に虫を結んで鳥を釣る虫餌の術、木登りして巣を覗く雛見の術……。
いっつも丸め込まれて一緒になって楽しんで。
でもなぜか最後は僕が怒られる。
ゴクリと喉がなる。
そうは言ってもちょっとワクワクしてしまう。
この時点でもう負けてるのはわかってる。でも姉が繰り出す術の虜になっちゃうんだ。
「尚、これ」
姉は、女房に持ってこさせた小さな袋から、白く細いものを取り出した。
すべすべした表面に、小さな穴が並んでる。
(笛……?)
嫌な予感と、沸き立つ好奇心がごちゃまぜになって、姉の手元から目が離せない。
彼女がそっと息を吹き込んだ瞬間、よく知ってる鳥の声がした。
鶯の谷渡りだ……。
羽ばたきの音まで聞こえてきそうな――。
鳥籠の鳥がバタバタと反応する。
思わず中腰になって、姉の持つ笛をじっと見る。
「ちょ……姉さん、今のもっかい――」
次はほととぎすの鳴き声が聞こえた。ちょっと尻下がりで若鳥っぽい鳴き方だ。
「え、そんな……」
呆然と姉を見ると、得意げな顔でにっこり笑った。
目がらんらんと光ってる。
いつも僕が負ける瞬間に見る顔――。
「尚が喜ぶかなって思ってね。叔父さんに作ってもらったの」
ふふんと笑って僕に言う。
姉と叔父がきゃっきゃ言いながら笛で遊んでるのが目に浮かんだ。
「吹き方を書いた指南書付きだよ! これあげる。鶯とほととぎす、鳴かせ放題・聞き放題。どう? 」
世間ではたぶん”常識外れ”って言われる姉の願いを、僕はこうやってまた受け入れた。
数日後――。
鶯もほととぎすもちっとも鳴かせられないまま、宴の日はやって来た。
姉には珍しく、すっごくお洒落してる。
きれいな着物を着て、お化粧もきちんとして。
”姫”を連れてくわけにいかないから僕の女房ってことにしたんだけど。
(大丈夫かな)
「ねえさ……水無月。あまり御簾に寄っちゃだめだよ」
姉は御簾のぎりぎりまで近寄って庭を眺めていた。
僕と同じ真っ黒な目をキラキラさせて。
(まぁ、女の人は気軽に出歩けないし、気の毒だよね)
子どもの頃は二人一緒にしょっちゅう邸を抜け出したりしてたんだけど。
「大納言様のところへご挨拶に行ってくるね」
すぐ戻るつもりだったのに、次の鳥合わせの話でつい長くなってしまった。
急いで姉のところに戻ったら――。
(あの人――姉さんに声かけてる?)
姉のいる御簾の前に男の人がいる。
近付いて見ると、ここに来る前、宴に来るのかと姉が気にしてた人だ。
実雅様――?なんで?
知らない邸の御簾の中でじっとしてて、どうして見つかっちゃったんだろう。
でも姉っていっつもそうだ。
よくわかんないけど何か特別な才能があるんじゃないかな。
(えーっと……)
こういう時どうしたらいいんだろ?
僕、声かけていいのかな。
うん。”僕の女房”だしね。ほっとけないよね。
「その者に何か不手際がありましたか?」
おそるおそる声をかけると、実雅様が振り返った。
「――尚継殿」
(僕のこと知ってるの?)
すごい。なんでだろ。
”できる男”って噂だけど、こういうことなのかな。
「――実雅様、来られてたんですね」
実雅様っていろんな噂聞くけど、雲の上の人過ぎて、あんまりよく知らない。
なんかオーラがあってちょっと怖いような……。
「おいでにならないと聞いてましたが――」
実雅様が来るかどうかは、姉にしつこく確認されて調べてて。
今日は来ないって話だったんだけど。
「ええ、ちょっと紫陽花が見たくなって」
(紫陽花?花が好きなのかな?)
「尚継殿はこちらへはよく?」
「はい、小鳥合わせに加えていただいてまして」
「なるほど」
実雅様は少し考えて、姉に目を向けて言った。
「――お知り合いの女房殿が?」
僕が大納言邸の女房を気にするなんて、そりゃ意外だよね。
実雅様が僕に聞いた。
「我が家の女房を連れてきてまして」
「女房殿を?」
「はい、笛が得意なもので」
「笛が……」
実雅様は、何か不思議なものでも見るみたいな顔をした。
まあそうだよね。僕も笛吹く女の人なんて、姉しか知らない。
「……確かに素晴らしい音でしたね」
(え。笛吹いてたの?なんで?)
知らないところでなんで笛吹いちゃったんだろう。
それって楽器をやる人は普通のこと?
それとも御簾の中で誰かとそんな話でもしたとか?
彼が話しかけてるのに、姉は返事をしない。
「水無月……」
「……恐れ入ります」
声をかけると、震える声で小さく答えた。
「はは。あんなに楽しそうに吹いてらしたのに。それほど硬くならなくても」
実雅様はなぜだかうれしそうに見える。
あちこちの女の人と親しいって、ほんとなんだろうな。
(姉さんはさっきから声がぶるぶるしてるけど)
実雅様が呼ばれて行ってしまうと、姉は思いつめたみたいな声で言った。
「尚、帰ろう」
「え、うん。いいの?」
「うん、帰ろう」
あんな勢いで連れてきてって言ってたのに。
実雅様が怖かったのかな。
姉だって、女の人だ。
突然男の人に声かけられたらびっくりしちゃうかもね。
そんなことを考えながら牛車に乗ろうと姉の手を取ったところで、彼女の扇が落ちた。
「尚ちょっと待って、扇落とした」
「水無月殿――」
その声に、姉の体がびくっと震える。
え。
実雅様?
(どうして追いかけてきたんだろう)
こういう時ってどうしたらいいんだろう。
姉にご用だよね。
僕、先に牛車に乗ってるべき?
これって見ちゃ悪い気がするし。
しかも身内のそういうのって見たくないしね。
うん。先に乗ってよ。
姉さんは一応大人だし。大丈夫。
僕は牛車の中で待つことにした。
ほんの短い間だったと思う。
二人が何を話してるのかは聞こえない。
「……っ結構です!!!」
突然、大声が聞こえて、姉が牛車に乗り込んできた。
薄暗くってよく見えないけど、なんだか様子が変だ。
行きの牛車では、ペラペラとずっとお喋りしてたのに。
帰りの牛車で姉は一言も話さなかった。
僕に夢の招待があったのは、それからほんの数日後だ。
内裏で雀にこっそり餌やりしてたら実雅様に声をかけられた。
「小さい頃、雛を見つけてね――」
彼は雀の雛を世話したことがあるらしい。
うらやましい。
雀ってどこでもよく見るけど、雛は見たことないんだよね。
どんな感じなんだろ。生まれたてだったのかな。
思わず根掘り葉掘り聞いてるうち、いつの間にか姉の話になってて――。
「で、姉っていっつもそんな感じなんです」
実雅様は、くすくす笑いながらじっと話を聞いてくれる。
僕の鳥の話を聞きながら、間にさりげなく色んな事を教えてくれた。
鳥の話と一緒に教えてくれるから、すっごくわかりやすい。
実雅様っていい人だ。
「今も僕、姉の伝書鳩みたいです」
「――伝書鳩?」
実雅様が不思議そうに聞き返した。
(そうだった。これ姉さんが教えてくれたやつ――)
「そういう鳩がいるらしいんです。鳥の帰巣本能を使って文を届けるって。姉さんが昔教えてくれて」
「へえ?物知りなんだね」
「”物知り”……?うーん。姉はたぶん変わった人なんだと思います」
人より大きい「だちょう」とか、飛ばない「ぺんぎん」とか、昔から幻の鳥の話を聞かせてくれた。
でも他の誰に聞いてもそんな鳥なんて知らなくって。ほんとかどうかはわからない。
姉の鳥の話をふと思い出していると、実雅様が言った。
「そうそう、今度鷹狩に行くんだけど」
「え……」
「一緒にどう?」
それは夢のような時間だった。
羽を広げた大きな影が、音もなくすべるように近付いてくる。
次の瞬間腕にふわっと重みがかかり、あんなに大きかった翼はきちんと折りたたまれてる。
早さも高さも軌跡も、何もかもが自由自在で、最初の羽ばたきで次の瞬間、風に乗ってどこまでも飛んでいく。
実雅様は、また一緒に来ようって言ってくれた。
僕はその後何度も鷹の夢を見た。
でも、鷹狩の日から2・3日後の夜だったと思う。
姉が脱走しようとしたのは。
晩ご飯の後、物音がした気がして覗いてみたら――
簀子で大きな風呂敷包みが歩いていた。
違った。
巨大な風呂敷包みを背負った姉だ。
(え。あれなんだろう)
「姉さん何やってるの――」
「ちっ――」
姉が舌打ちしてふり返った。
「見たからには、生かしておけないわね……」
真っ黒な瞳に月が映ってギラリと光る。
「え……」
なに、こわい。どういうこと?
「隙あり!」
「あ……っ」
一瞬怯んだ瞬間、ドンッと突き飛ばされた。
姉は風呂敷包みを背負ったまま簀子を滑るように駆け出す。
「ズルい!姉さん!」
なんて卑怯なんだ!
慌てて姉の着物の端を掴んで引き留める。
「どこ行くの?!」
「おっきい声出さないで!尚」
そっか。おっきい声出したらいいんだ。
「姉さんっっ!!」
「こらーーーーっ」
慌てて僕の口を塞ごうとする。
揉み合ってたら、大きな風呂敷包みが弾けた。
「え……」
大きな音を立てて、ごちゃまぜに詰められていた荷物が散らばる。
楽器、紙、文箱におやつに……。
(僕の鳥の絵もある……?)
これ、何の荷物だろう。
いつものお出かけなら僕を誘うはず。
誰かに何か頼まれた?……違うな?
……謎。
「尚、お願い逃がして!」
「何言ってるのさ」
姉が何から逃げようとしてるのかさっぱりわからない。
こんな夜遅くに出かけるなんて、よっぽど危険じゃないか。
大きな音を聞きつけて家の者がやってくる。
「姫様――!」
姉の目から光が消えた。
諦めたのか、ぜんぜん動かない。
「お二人とも!どうされたんですか?」
「尚のバカ」
姉は唇を噛んでうつむいた。
(え、泣いてる?)
「どうしたの?!」
「どうしたのじゃないよ!」
姉は真っ黒な目に涙をためて僕を睨んだ。
――僕、何かダメだった?
その夜は、姉がどっかに行かないよう、家の者が見張ることになった。
(なんで泣いてたんだろう)
姉が泣くなんて珍しい。
最後に泣いてるのを見たのっていつだったかな。
確かご飯も食べずに楽器触ってて、禁止って言われた時……?
何か禁止って言われたとか?
こないだこっそり出かけたのがバレた時はめっちゃ怒られてたけど。
(女の子が泣く時ってどんな時かな?)
――余計にわからない。
次の日、実雅様がやってきて。
二人は結婚した。
実雅様が、姉と結婚するためにあれこれ用意してたのは知ってた。
僕の鷹狩も、邸の人間への手土産も、全部”外堀”だって誰かが言ってたし。
家族全員のこと調べて、結婚の準備してくれるなんてすごい。
姉はちょっとヘンテコだけど、実雅様なら安心だと思う。
結婚しても、姉は何にも変わらない。
毎日笛ばっかり吹いてる。
「尚、この木の実どう?」
「尚、お前が言ってたやつこないだうちの鶉に――」
あの紫陽花の宴で知り合った秋成様と親房様も、変わらず姉に会いに僕を訪ねてくる。
二人ともすっごく親切だ。
特に秋成様は動物好きで、僕の鳥のために木の実を持ってきてくれる。
「尚、お土産だよ」
実雅様も僕に時々お土産を持って、毎晩姉のところにやってくる。
これはちょっとすごいことなんじゃないかなって、僕はこっそり思ってるんだけど。
だって実雅様って北の方がいるし、仲のいい女の人が他にもいっぱいいるって聞いてたから。
「実雅殿は最近熱心に通われてる姫がいるとか……」
「ああ、芳継殿のところの――」
「実雅様ったら、最近声をかけてもお相手してくれないのよ」
内裏で聞く実雅様の噂も、前とはちょっと違う。
そんな時って、僕がちょっと恥ずかしくなるんだよね。なんでだろ。
あの晩、姉がどうして泣いてたかはわからないままだ。
でも今の姉は楽しそうだし、問題ないんだと思う。
「そうだ!出立前に送別会、出立の宴をしましょう!」
相変わらず僕は彼女の思いつきに振り回されてるんだけどね。
<完>
読んでいただきありがとうございました!
第3話、4話、10-11話の裏側でした!
読み比べてみてくださいね~。
あっきーとちかの番外編と比べると、実雅様がいい人ですよね。
リアクション・感想いただけると嬉しいです。
番外編、いくつかネタがあるので、そのうちまた。




